戦争の悲惨を伝え、平和のための昭和史を書き続けた作家・半藤一利さんが亡くなってからひと月。夫人であるエッセイストの末利子さんが、半藤さんの最晩年の姿と、日本人の良心に訴えたその最期の言葉を明かす。半藤史観を最も深く理解する保阪正康氏の解説とともに――。 「日本人は悪くないんだよ。墨子を読みなさい」 朝、目覚めると8時半だった。隣を見ると夫は例の如(ごと)くに口を開けたまま、すやすやと眠っている。 「かったるいなあー」とため息が出るが、自分を奮い立たせるように服を着替えて、「今日も一日戦いだぞ!」と階下に下りた。 冷や飯をレンジで温めて卵をかけ、醬油(しょうゆ)をたらして口にかき込む。熱い煎茶をゆっくりと啜(すす)る。さ、そろそろ開始しようか、と洗濯機をまわしたり、昨夜散らかしたものを片づけてから、2階に上がった。 夫の顔を入り口から見ると、まだぐっすりと眠っているようである。どうやらもう一