第1回 クマムシ、すべる。

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 クマムシは体長が0.1~1.0ミリ程度の、4対の肢をもつ小さな無脊椎動物である。クマムシは、肉眼でかろうじて小さな粒として認識される程度の大きさだ。この「クマムシ」という名は、歩く様子がクマのように見えところに由来する。もともと英語では水の中の熊という意味でwater bearとよばれていたので、その和訳がクマムシになったわけだ。クマムシはその名に「ムシ」という語を含むが、昆虫ではなく、緩歩(かんぽ)動物とよばれる分類グループに入る。日本人は小さくもぞもぞした動物を虫とよぶ習性があるので、クマムシと名付けたのだろう。

 私が実物のクマムシをはじめて見たのは、大学学部4年生のときだ。当時所属していた研究室のOBが、つかまえてきたクマムシを顕微鏡で見せてくれたのだ。スライドガラスの上に乗せられた、ぶよぶよとまるっこい体によちよちと肢をばたつかせた姿に、愛着がわいた。クマムシは基本的に水生生物であり、水の中でのみ活動できる。だが、泳ぐことはできない。スライドガラスの上のクマムシは、うまく歩けずに仰向けにひっくり返ってもがいていた。自力では起き上がれないその姿に、さらに愛着を感じた。

つづく

堀川大樹

堀川大樹(ほりかわ だいき)

1978年、東京都生まれ。地球環境科学博士。慶応義塾大学SFC研究所上席研究員。2001年からクマムシの研究を始める。これまでにヨコヅナクマムシの飼育系を確立し、同生物の極限環境耐性能力を明らかにしてきた。2008年から2010年まで、NASAエイムズ研究センターおよびNASA宇宙生物学研究所にてヨコヅナクマムシを用いた宇宙生物学研究を実施。2011年から2014年まで博士研究員としてパリ第5大学およびフランス国立衛生医学研究所ユニット1001に所属。『クマムシ博士の「最強生物」学講座――私が愛した生きものたち』(新潮社)、『クマムシ研究日誌 地上最強生物に恋して』(東海大学出版部)の著書がある。Webナショジオ「研究室に行ってみた。」の回はこちら。人気ブログ「むしブロ」および人気メルマガ「むしマガ」を運営。ツイッターアカウントは@horikawad