Location via proxy:   [ UP ]  
[Report a bug]   [Manage cookies]                

よりよい未来の話をしよう

若者が見る“政治のいま”|【荻上チキ×藤井サチ(後編)】混沌としたインターネット時代に、私たちはどう政治と向き合う?

インターネットやSNSを通じて情報が溢れた社会で、いま、若者は政治にどう関わり、政治をどう見ているのだろうかーー。

そんな疑問からはじまった連載「若者が見る“政治のいま”」。選挙権を持つ若者がどのように政治を捉え、関わっているのか、様々な角度から深掘りしていく。

最終回となる今回は、TBSラジオ「荻上チキ・Session」でパーソナリティを務め、2024年10月に編著書『選挙との対話』(2024年、青弓社)を発売した評論家の荻上チキさんと、モデルとして活動しながら、政治への関心も高く報道番組でも活躍する藤井サチさんとの対談を実施。長らく政治について発信してきた荻上さんと、若者当事者で、この数年で政治への関心がぐっと高まったという藤井さんに、若者が政治に対して無関心な理由や、インターネット時代の政治や情報との向き合い方などを伺った。対談は前後編の2回に分けてお届けする。

後編では、現代社会に切り離せなくなったインターネットやSNSとの向き合い方について、さらに一段掘り下げてお話を伺った。

▼前編はこちら

▼連載「若者が見る"政治のいま"」 他の記事はこちら

SNSで情報発信をするときに気をつけていることは?

お2人は政治について発信されることも多いと思いますが、発信する上で意識されていることはありますか。

藤井サチ(以下、藤井):私は政治の専門家ではないので、自分の意見をSNSに載せた際に、事実と異なる情報を伝えてしまう懸念があります。なので、基本的には専門家の方やジャーナリストの方など、信頼できる方が発信しているデータをリポストすることが多いですね。

実際に発信すると、どんな反応が返ってきますか。

藤井:2024年の衆院選のときは、「候補者が多すぎて、誰に投票したら良いか分からない」や「そもそもどうやって投票に行けばいいんだっけ?」のような声があったので、衆院選の候補者をまとめているNHKのサイトを発信しました。そうしたら、「すごい分かりやすかったので、このサイトを見て投票に行きました」と連絡が来て、発信してとても良かったなと思いました。

荻上さんの場合は、SNSだけでなく、ラジオでも政治について発信されていると思います。発信する際はどういうことを意識していますか。

荻上チキ(以下、荻上):それぞれのSNSによって特色があるので、そのプラットフォームごとに発信の仕方を使い分けています。たとえば、実生活でも社交的な場所だったらかしこまった対応をするし、友達とゆっくりする場では自分もくつろぐように、SNS上でもそのSNSの環境に応じて、自分をどう表現するかを使い分けていますよね。

Xに関しては、最近タガが外れたような状態で、とても治安が悪くなっています。そういった状況では、どんな意見を言っても、全てを分断の餌にされてしまうと感じます。

そのためいまは、Xではあまり意味のあることは言わずに、ほぼ告知をするだけにしています。なるべくリポストもしない。その理由は、その投稿をした人の正確性が担保できるか分からないためです。それに、その情報の正確性を確認してからリポストするなら、最初から自分で正確な情報を調べて発信すれば良いですしね。

発信方法としては、ラジオと執筆活動、調査活動を軸にしています。その足場を持ちながら、いまのSNSファーストの状況のなかで、探り探り発信を続けていますね。

私たちは、無意識にSNSに感情を刺激されている

藤井:Xでは何か情報を検索すると、その後も関連する情報がどんどん出てきますよね。見るだけで疲れるのであまり使っていないのですが、アルゴリズムが変わったことも関係しているんですかね?

荻上:そうですね。Xでは自分と似たような意見を見ることも多いですが、逆に自分が怒りたくなるような投稿もよく目にすると思います。

多くの人たちの道徳感情を刺激する、ちょうどよく怒れるものを提示すると、インプレッションを稼げる。みんなが引用リポストで「これは許せない」「なに馬鹿なこと言っているんだ」と言えるような、「ちょうどよい的」が毎日供給される。

対抗する意見をどんどんと可視化することで、対立意見を持つ人々が攻撃し合う構図を作らせるという、分断消費を加速させている印象を持っています。

毎日、SNSのアルゴリズムから「さあ、今日はこれに怒って!」と言われて、まんまとそれに乗り、怒ってしまい、分断を加速させる。「政治に関心を持つ」「怒りは政治への一歩」と言われていたことが、誰かのインプレッションの養分になる。自分のリアクションがどういった効果をもたらすのかを考えた結果、シェアを躊躇する。共有こそネットの強みだったのですが、いまやためらいが生まれています。

藤井:そう考えると、政治に関する情報を見る上では、新聞が一番信用できるんでしょうか?どの媒体を信用していいのだろう、と考えますが、本当に分からないんですよね。

いままでは、リアルな意見を知りたいときはXを見て、Xを見た上で知らないことがあったら、新聞を見るという行動をしていたのですが、最近はすごく悩むようになりました。

荻上:最近とくにSNSの影響力が加速してる感じがしますよね。アメリカ大統領選を経験して、X自体がエスカレートしているとも思います。Xのタイムラインは、昔の掲示板と違って話題ごとにタイムラインが分けられていません。数行ごとに、異なる話題、情報、態度が出てくる。怒る・喜ぶ・びっくりする・かわいがるみたいな様々な感情を、瞬時に刺激され続けます。見ていると、すごく疲れてしまう。

デマを広めないために必要なのは、情報の溝を埋めること

お2人は社会で起きている困りごとに対してアクションするとき、どのようなことを意識して取り組まれていますか。

荻上:私は、ラジオのパーソナリティと物書きに加え、「社会調査支援機構チキラボ」という調査団体の運営をしています。取り上げられていない社会問題に対して、調査団体でファクトとなるデータを集めて問題を可視化し、それをラジオのパーソナリティと執筆活動を通して発信をしています。

調査結果を基に問題を可視化させても、一時的なインターネットの話題として終わってしまうことがあるので、ロビー活動や記者会見なども開いて、市民運動に繋げられるように、いろんな分野にまたがって活動していますね。

藤井:私は報道番組に出る際、自分で調べて考えた上で「いまはこう思っている」と伝えるように気をつけています。発言する上で、極端なことを言った方がバズるし、自分のことも知ってもらえるし、話題になることはよく分かるのですが、自分はその行動を取りたくなくて。

海外の資料も踏まえて、できるだけ多角的に情報を集めた上で、「ウォール・ストリート・ジャーナルではこういう風に書かれていたので、私はこう思いました」のように伝えていますね。

荻上:異なる言語圏の情報を伝えることは、変わらずニーズがあると思います。やっぱり言語が違うと、情報圏が異なるので。ニューヨーク・タイムズで出た内容に対して、誰かがコメントを言い、それに対して異論が出てきたという要約を紹介するだけでも、気になって読む人が多いじゃないですか。

それは「いま何が起こってるのか」という情報の溝を埋めていくことにも繋がるので、重要だと思います。情報の溝を埋めることは、デマやステレオタイプで物事を見てしまう状況をできるだけ減らす意味でも、とても大事な行動です。根拠のない情報やデマによって被害を受ける「情報災害」が頻繁に起きている現代において、正しい情報を伝える橋渡し的な役割は必要だと思います。自動翻訳botなどが加速するなど、「橋渡し役」の質も問われていくと思います。

「投票に行こう」という呼びかけ、それだけでいいんだろうか?

2024年の衆院選でも著名人の多くが、「選挙に行こう」という呼びかけをしていたのを目にして、投票率の低い日本ではとても良いアクションだと思いました。一方で投票結果や選挙期間中の空気感を見ていると、「選挙に行こう」という呼びかけだけで良いのだろうか?と思うことがあります。こちらについてお2人はどう思いますか。

藤井:呼びかけは大事だと思うのですが、最近は分かりやすい、極端な発言を続ける候補者が人気を得るような状況もありますよね…。

荻上:これまで選挙に行かなかった層が選挙に行くということは、そういうことなんだと思います。これまでと異なる投票行動を促すことにもなります。そのため、投票率が上がると、主権者の投票満足度が下がるという研究結果さえある。いまの政治の硬直性を変えるという意味では良い面もありますが、話し合いがしづらいことが今後の課題だと思います。

藤井:「話し合いがしづらい」というのはどういうことですか?

荻上:まず、SNSは「集合」を作ります。「集合」は、「集団」とは異なり代表やコミットメントを欠く、ただ人が集まっている状態です。何かの問題があったとき、着地点を決める合意形成が難しい。

参加している個人は、ときにアルゴリズムに誘導されつつも、自発的に行動していると捉えます。単にスワイプしているだけでもインプレッションになり、単に感想を述べただけでも1つの参加になる。それらが集まって、集合としてのうねりを持ち、影響力を発揮します。しかし、代表を決めたり、ひとまず結論を出したりといったプロセスには不向きです。何かが炎上すると、「どの程度の対応をしてもらうことが妥当か」の調整が難しいんです。署名活動などが始まると、仮の「代表」のように意見集約されることもありますが、それがうまくいくケースばかりではありません。

政治に話を戻すと、私たちは今後、何かの「集合」の一部として投票活動を行うことになり得るでしょう。SNSがその行動を加速させたとき、一時的に、とてもカオスな状態にもなりえます。現世代は、カオスを経験し、その都度パッチを当てつつ、「カオスな21世紀」の教訓を次世代の人類に渡していく役回りなんでしょうね。 

藤井:なるほど。でも、みんながそこまで深く考えて選挙に行くのは難しいですよね。そもそも投票にいくこと自体に高いハードルを感じる人もいると思うので

荻上:そうですね。個人的には投票をゴールにしない方がいいんじゃないか、と思っています。あくまで投票は手段の1つなので、行くのであれば「何を求めて投票に行くのか」というところまで考える必要があると思います。 

藤井:ちなみに、「届けたい声」がない人はどうしたらいいのでしょう?

荻上:たぶん政治を広く捉えれば、届けたい声がない人は、いないと思います。たとえば、「いまのままが良い」という人がいたら、それは「いまのままが良い」という声を、実はずっと届けている人です。現状に困っていないということだと思うので、無意識に安寧の特権を持っている人だとも言えます。

また、投票に行こうという呼びかけを「政治参加だ」と思いすぎないことも大事なんじゃないかと思います。とりあえず「投票に行こう」と言っておけば良いみたいな雰囲気も、最近はよく感じています。

藤井:そうですね。それはいろんなところで感じます。

荻上:自分が応援していた著名人が「投票に行こう!」と呼びかけていても、その人の投票先が自分と異なる候補者だったり、まさかと思う人に投票していた場合に、がっかりしてしまうこともあるじゃないですか。今後もますますそうなるでしょう。

藤井:確かに、ガッガリしてしまうことも増えそうですよね。

それでも、私は政治に関して発信する著名人が増えてほしいなとは思います。やっぱり芸能人などの、一般的に発信力があると言われている人たちが、「選挙に行こう」と呼びかけることで、ファンの人たちも「投票に行こう」という気持ちになったり、政治に興味を持ったりすると思います。良いきっかけにはなると思いますけどね。

みんな間違えるという前提に立ち、政治との向き合い方を考え続ける

真偽が不確かな情報も多く出回っている現代で、どのように情報を集めて、社会にアクションしていくことが必要だと思いますか。

荻上:あえて行動するのを止めても良いとは思います。誤った行動をしてしまうと、自分の過ちを認めることはすごくハードルが高いですし、一度そこで関係性ができてしまうと、もう戻ってくることが難しくなってしまいますし。

藤井:その懸念を踏まえて、たとえば「孤独を感じているな」と思い、どうにかその孤独感を政治で解消してもらいたいと思ったときには、どのように自分の推しの政党や政治家を見つけたらいいんでしょう? 

荻上:孤独を解消したい場合は、いきなり孤独を解消してくれそうな政党を探すより、「どの孤独対策なのか」を整理するのがよいと思います。孤独になると人は、他人への解像度が粗くなるという研究結果さえありますし。

孤独対策は常に間接的な政策しかできません。友人の再分配はできないので。たとえば、よく集まっている公民館が潰されてしまう、1人でよく行く喫茶店がコロナ禍で閉店の危機だ。そのことで、自分の居場所が1つ減りそうだ。こうした困りごとをどうするか、ですよね。

いきなり、どの政党が良さそうかを探る前に、どのような社会がいいかを考えてみることも大事なんでしょうね。

すぐに政治に目を向けるのではなく、まずは自分の身近なところで、社会との接点を増やすということですね。

荻上:政治家のなかには、直接的には若者を支持しているような政策を出していても、高齢者との分断というか、加齢憎悪を刺激するような、将来的には自己責任が加速してしまうような案を出しているところもありますね。政治家や政党の見極めはとても困難で、公約だけを見て自分が求めるものがありそうだと思い飛びついてしまうと、政党の思う壺になってしまうこともあります。

藤井:確かにそうですね。ただ、候補者の言っていることをそのまま信じる方が簡単だし、政治に詳しくない人からしたら、選挙期間中の発言ぐらいでしか差別化ができません。しっかり全てを把握した上で見極めるのは、難しいなとも感じています。

荻上:そうですね。全てを知った上で判断している人って、少ないと思うんですよね。身もふたもないことをいうと、どれだけ考えても間違えるし。「投票に行こう」って周囲に話してもスルーされるし、そもそも大体の人は自分と異なる政党に投票するわけですし。それでも、政治に参加する経験を増やすことは重要だと思います。

前提として「みんな間違えるものだ」と認識しておくことも必要だと思います。過ちからの回復手段があるかどうかですね。これまでも選挙期間中のSNS等での情報戦が、選挙結果に大きく影響した例はありました。それらの経験からその都度自分自身の政治姿勢を見直し、次の選挙ではどうすればいいかを考えていくことが重要だと思います。

藤井:みんな間違えるという前提に立つと、ハードルも下がるかもしれません。自分がどこまで政治について把握できているかは置いておいて、まず選挙期間中は候補者を決めて、選挙に行くということも重要ですね。

選挙イヤーと言われた2024年は、政治に及ぼすインターネットの影響力を感じる年でもあった。政治について考えるなかで、インターネットとどう向き合っていくべきかはいま私たちが切迫している問題でもある。お2人の話を聞くなかで、インターネットだけを情報源とするのではなく、社会と身近な接点を増やしていくことが重要だと感じた。

自分の価値判断をインターネットで得た情報だけにするのではなく、周囲の人と話すことでその事象に対する解像度を多面的に上げていきたい。

 

荻上チキ(おぎうえ・ちき)
1981年生まれ、兵庫県出身。評論家、編集者。メディア論を中心に、政治経済、社会問題、文化現象まで幅広く論じる。NPO法人「ストップいじめ!ナビ」代表、「社会調査支援機構チキラボ」所長。著書『こんな世界でギリギリ生きています みらいめがね3』(暮しの手帖社、2024年)、『社会問題のつくり方 困った世界を直すには?』(翔泳社、2023年)など。
X:@torakare
Instagram: @ogichiki

藤井サチ(ふじい・さち)
1997年生まれ、東京都出身。モデル。これまで『Seventeen』や『ViVi』の専属モデルを務めるほか、報道番組をはじめテレビ・ネット番組等にも多数出演。
X:@sachi_fujii_
Instagram:@sachi_fujii_official

 

▼連載「『わたしと選挙』を考える」はこちら

 

取材・文:前田昌輝
編集:大沼芙実子
写真:服部芽生