本日画像の「おまけ」とした、これは実物を手本に書いた
長岡外史(ながおかがいし)ですが、陸軍大学で秋山好古の同期。
ドラマでは的場浩司が演じていました。
当時陸大の校長であった児玉源太郎の懐刀として参謀次長を務めています。
その特異な髭は、60センチありギネス2番目の記録だそうですが、
この時代、どうやってこの髭を毎日固めていたのか、気になりますね。
さて。
先日来、坂の上の雲についてのいろいろを語っています。
この構造は非常に複雑で、そもそも「坂の上の雲」という歴史小説が、
一人の小説家の頭の中で展開している歴史の流れに則して書かれたストーリーであり、
それがどこから見ても公平な史実に近いものかというと、決してそうではなく、
さらにそれをドラマにするにあたって、さりげなく、というかかなり露骨にNHKが
「わが局の思想」による解釈をその上に盛るという具合に
二重のフィルターが史実に対してかけられた
エンターテインメントでした。
わたし自身もいくつかのエントリで「司馬の創作」「NHKの操作」について
わたしなりにそれを暴き(人聞きが悪いな)それはまだもう少し続いたりするわけですが、
ここである読者から、このドラマについての「ここがヘンだよ」についてのお便りをいただきました。
わたしがあまり述べてこなかった陸軍の部分に詳しいので、ぜひ取り上げさせていただきたく、
ここにまず掲載させていただくことにします。
肥田大尉のダンブライトでございます。お久しぶりです。
これは、エリス中尉とダンブライトさんにだけわかるあいさつで、以前、
肥田真幸大尉について書いたときに、インターネットの掲示板から拾ってくる形で、
肥田大尉へのコメントを紹介させていただいたのですが、後日、その書き込みをされた
ご本人であるダンブライトさんが、当エントリを見つけて、
「あれは私です」
と名乗り出てくださったというご縁です。
ダンブライトさん、お久しぶりです。
また読んでくださって、嬉しく存じます。
以下、ダンブライトさんのコメントを続けてどうぞ。
私がこのドラマで唖然としたのは、戦闘場面、特に陸軍の戦闘の大幅な省略です。
陸軍は三方から上陸し、鴨緑江、南山、得利寺などでロシア軍を破りながら北上しました。
そのうちの第二軍には主人公の秋山好古少将も所属しています。
また、鴨緑江でロシア軍を破った第一軍の黒木司令官は、
戦後アメリカに渡ったときにセオドア・ルーズベルト大統領から英雄扱いを受けます。
また、続く大会戦の遼陽では、第一軍の黒木司令官と
藤井茂太参謀長(秋山の陸大同期生として第1部から登場)の迂回作戦により、
強力なロシア軍を撤退させることにやっとのことで成功します。
黒木司令官、とは黒木為(くろき ためもと)のこと。
いわゆる猪突猛進型の武将で、日露大戦直後の立役者であったと言われています。
しかし、ドラマではその描写は全くありません(遼陽で秋山が走っただけ)。
黒木司令官に扮しているのは清水紘治氏で、
ガイドブックの写真を見ると、さすが「クロキンスキー」
とロシア軍におそれられた猛将を彷彿とさせるかっこよさなのですが、
奉天会戦前に水杯をする場面にしか出てきません。
第二軍司令官の奥大将、第四軍司令官の野津大将も同様です。
さらに、先述したように藤井参謀長は秋山の同期生ですが、
戦争になってからはほとんど全く出てきません。
冒頭の長岡外史も、祝言の席では同期生達と共に、かつての教官メッケルの真似をして
「好古をもって同期全員、全滅」と言ってから一斉に倒れて死んだふりをするとか、
そういう話ばかりで、結局この人が日露戦争で何をしたのかさっぱり、でしたよね。
そして、続く苦戦の末にロシア軍の逆襲を押し返した
沙河の会戦については、それ自体がドラマ中に全く存在しません。
名将として小説中に登場する梅沢少将もです。
まあ、乃木・ステッセルの水私営の会見すら一シーンもなかったドラマですから、
ある意味当然かと・・・・(-_-)
また、黒溝台の戦いでは、さすがに少しはやりましたが、
なぜロシア軍が撤退したのか、説明が不十分で見ている視聴者にはわかりません。
また、この戦いで必死の援軍をした第8師団長の立見尚文も、全く登場しません。
全体的に、「やられるがままにばたばた死んでいく日本兵」だけを必要以上に強調し、
戦闘の流れが全く読めませんでしたよね。
わたしも「どうしてここから勝つことができたのか、わかる人はいるまい」と思って見ていました。
奉天会戦は、10年後の第一次世界大戦まで、世界史上最大の戦力が激突した
日露戦争の天王山です。
当然、ドラマ1回分、できれば2回分でやるべきではありませんか
(実際は黒溝台と奉天で一回分)。
旅順の描写にも問題点がありますが
● 二百三高地が陥落したことは旅順の陥落ではなく、
その後のロシア軍のごたごたの末に開城したこと、
● 敵の主将のステッセル中将が全く登場しないこと、
● 旭川第7師団の大迫中将の印象的なセリフが唐突で、
知らない視聴者には何のことかわからないこと、
● 敵の名称のコンドラチェンコが一カットしかなく、
それも字幕が出ないので誰だかわからないこと
それでもそれなりに満足できる出来だったと思います。
しかし問題は、旅順は支作戦であり、本当の決戦である
北方の満州軍の戦いについて上記のように描いてもいないし、
日露戦争を知らない大半の視聴者にとっても説明不足なことです。
わたしは制作者がその「要点」をつまり理解していないのでは、と思いました。
全体的な流れを重視するあまり、取捨選択が雑になったのでは、と・・・。
海軍側ではお気づきと思いますが、幸運だった黄海海戦は
ただ艦艇配置図を一瞬示しただけで終わり、
名将マカロフも戦死の場面もなくいつの間にか消えていて、
またのちの大敗の伏線になるバルチック艦隊の苦難の航海が、ほとんど全く描写されていません。
はい。そのとおりです。
マカロフ、いつの間にいなくなったの?とわたしも思いましたし、そもそも
ロジェストベンスキーの乗ったフネが拿捕される様子や、前にも書いたように、
ロ少将を見舞う東郷長官の話すらカットしましたからね。
まったく何が描きたくて「坂の上の雲」を放映したのか、って感じです。
第一回の初めで
「この物語は、その小さな国が、ヨーロッパにおける最も古い大国であるロシアと対決、
どのようにふるまったかという物語である」
とはっきり主題を提示しているのにもかかわらず、実態は上記のごとくです。
毎回毎回あのタイトルをしつこくやるのも、DVDで見ている者にとってはうんざりでしたね。
あのタイトルにあれだけ時間をかけるなら、もっと他にやることがあるだろう、と。
尺の長さを見れば一目瞭然で、原作の第3巻途中までに相当する第1部・第2部に2年間をかけ、
第3巻後半から第8巻までをわずか4回でまとめるというおかしな構成です。
(私はこれをはじめに見たときに目を疑い、次には信じないようにしました)。
これでは「リーさんとかアリアズナとか季子とかもう出てくるな、時間がないから」と言いたくなります。
私は第三部を半年くらいの放映で作り直してほしいのですが、いかがでしょうか?
確かに(笑)。
これだけいろんなことを端折って、そのかわりドジョウを捌くの捌かないの、って・・・。
と言いたくなりますね。
もっとも、三角関係や異国の恋を描かないと喰いついてくれない視聴者もいますから、
制作者としては痛し痒しなんだと思いますが・・。
わたしもダンブライトさんと全く同感で、後半はいくらなんでも駆け足過ぎるだろう、と思います。
そもそも、広瀬武夫が準主人公みたいな扱いになっているせいで、
旅順閉塞作戦だけがやたら力が入っているんですよね。
ただ、いわゆる「星雲編」、あれはあれでドラマとして非常に面白く見ることができました。
あれをすっぱり失くしてまで、史実を子細に述べるべきだとは言えませんが、
少なくとも同じくらいの、いやそれ以上の密度で日露戦争を語らないことには、
単なる「秋山真之、好古、そして正岡子規の物語」にすぎない、という気がします。
もしかしたらNHKは膨大なストーリーから、多くを網羅することをあきらめて
「青春バイオグラフィー」の補強としてのみ史実を扱うことにしたのか、といった感さえあります。
それにしても、このような題材を、しかも長期に亘る放映で、
巨額の製作費を投入して制作することができるのは、
残念なことですが今の日本では現実に「NHKしかない」のです。
しかしながらその当事者に、それだけの重責を担っているからには誠実にかつ良心的なものを造ろうという
「使命感」があまり見られないのは、不幸なことだと思います。
NHK自身にとっても、何より我々日本国民にとっても。