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「死ぬくらいなら、その前になぜ仕事を辞めなかったのか?」その疑問に答える「科学的な理由」

近藤 一博

疲労したマウスは脳内炎症を起こした

答えは、非常に身近にありました。

うつ病の直接の原因で、最大のものは過労です。ならば、SITH‐1マウスに、それを負荷してみようとわれわれは考えました。

具体的には、薄く水を張った飼育ケージでSITH‐1マウスを飼うことで、マウスを睡眠不足にしてみました。その結果、疲労したSITH‐1マウスは、脳内炎症を起こしたのです。

火種となったのは、第1章で紹介した、疲労負荷によって誘導された eIF2αリン酸化による炎症性サイトカインでした。つまり、疲労が火種をつくりだしていたのです。

この火種は、SITH‐1がなければコリン作動性抗炎症経路によって消火されていたはずでした。ところが、SITH‐1によってアセチルコリン不足となったために消火活動が追いつかず、脳内炎症を引き起こしたのです。

過労死の原因で最も多いのは、うつ病による自殺だという話を前にしました。

「死ぬくらいなら、その前になぜ仕事を辞めなかったのか?」

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悲しい知らせを聞くたびに私たちはこうした疑問にとらわれますが、うつ病の発症よりも前に、脳内炎症が生じていることを考慮すれば、なぜなのかも理解できるのではないでしょうか。過労による脳内炎症のため、すでに正常な思考ができなくなっているのだと考えられます。

こうしてうつ病患者では、疲労が火種となり、SITH‐1がその消火を阻むことで脳内炎症が引き起こされる、という現象が生じていることが明らかになったのです。これに第3章で説明したSITH‐1によって脳にかかるストレスや、HPA軸の亢進といった現象が重なって、うつ病が発症するのだと考えられます。

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さらに連載記事<じつは「日本」が世界を一歩リードしている「疲労の研究」…「疲労」と「疲労感」はちがう>では、ひきつづき疲労について詳しく解説しています。

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