
芥川賞を受賞した又吉直樹さんの『火花』が話題をさらった一年でしたが、2015年に刊行された小説には、他にもすばらしい作品がたくさんあることをご存知ですか?これまで各紙誌の書評委員を務め、今年は『風と共に去りぬ』の新訳が話題の翻訳家・鴻巣友季子さんに、2015年のベスト12作品を選んでいただきました。いずれも読み逃してはいけない傑作ばかり。ぜひ年末年始の読書の参考にして下さい!
* * *
意識高い系の人々を描いた怖~い作品
2015年の大きな話題作のひとつです。テーマは「管理システム」と「自死」。日本の自殺の多さには、歯止めとなる宗教が無いことや、社会格差の広がりなど原因は幾つも思い当たりますが、『呪文』はさびれゆく小さな商店街と狂った独裁者を描くことで、共同体精神の未熟さと自殺の構造を辛辣に解き明かしています。
本作に特徴的なのは、「意識高い系」の人々。抑制の利いた筆致ながら、鋭利な批評精神が隅々にまで炸裂する。「自由の檻」「ポジティブ・シンキングの枷」に縛られた人々を飲みこんでいく洗脳力の強いカリスマたち。本作もまた日本の前近代的な精神を問い直す一冊です。
コンピュータ・プログラミングと人間の言語の対決です。小説というのは、そもそも嘘くさいもので、日本近代文学が続けてきたその臆面もない「ウソ語り」に対して、円城塔はびしびしツッコミを入れる。「名前はまだない」という、夏目漱石の『吾輩は猫である』をパロディ化した一文で始まる『プロローグ』は、まさに小説が生まれゆく“序章”を描く「自称『私小説』」。語り手がまず言語を習得するところから書こうと言うのだから、そもそも無理というもの。
東大で物理学の博士号を取得後、作家に転身した作者は、小説という創作方法や、漢字仮名混じり文を駆使する日本語の無茶ぶりを、プログラミング理論を用いて描くのだが……部分部分はこんなに精緻に作られているのに、全体の設計がなんでこんなに狂っちゃったんだろう、という痛快さがあります。ものすごくはまる人と、「作者が何を言いたいのか最後までわからなかった。本の代金を返してほしい」とネットレビューに書く人に分かれるような気もします。
ちなみに、円城塔は今年、『エピローグ』(早川書房)という姉妹編のSFミステリも刊行。「オーバー・チューリング・クリーチャ(OTC)が現実宇宙の解像度を上げ始め、人類がこちら側へと退転してからしばらく――。特化採掘大隊の朝戸連と相棒の支援ロボット・アラクネは、OTCの構成物質(スマート・マテリアル)を入手すべく、現実宇宙へ向かう……。」という内容です、ハイ。こちらの方がむしろわかりやすいという人もいるでしょう(たぶん)。
村上春樹がノーベル文学賞をとる、とる、と言われ始めてから、十年ぐらい経ちます。他の「候補者」の中には四、五十年も「待って」いる大御所たちがいますから、どうなるでしょう。『偽詩人の世にも奇妙な栄光』は日本のインチキ詩人が世に認められ、ノーベル文学賞まで……というお話。どうやってインチキをやったかといえば、マイナーな外国の詩の翻訳・翻案を次々に発表してブレイクするのです。翻訳のからくりと、ずばり、世界の成り立ちの根本原理を書いた怖い本。「取り扱い注意」の一冊です。