タンザニアの国の象徴・キリンは狩猟禁止となっている 写真/フォトライブラリー

(髙城 千昭:TBS『世界遺産』元ディレクター・プロデューサー)

11万頭いたゾウが密猟団によって激減

 アフリカ大陸の東部、赤道にほど近い国タンザニア。インド洋に面した港湾都市ダル・エス・サラーム(アラビア語で“平和の家”の意味)から、タザラ鉄道に乗って4時間あまり過ぎると、車窓には熱帯のサバンナが広がり、アカシア林の向こうでキリンが走っている。と、ディーゼル機関車に引っ張られた昭和30年代風のレトロな客車は、突然ガタンと止まった。平原のただ中でプラットホームも何もない。

 ここが、世界遺産「セルー・ゲーム・リザーブ」(登録1982年、自然遺産)の北端をかすめる停車場だ。観光客はスーツケースを窓から投げ下ろし、線路わきに所在なげに佇む。やがて予約したロッジの案内係が、道もない原野を4WDで駆けつけた。

 セルー・ゲーム・リザーブは九州の1.4倍もの広さを誇るアフリカ最大の動物保護区(面積およそ5万平方km)である。21世紀の今、小高い丘陵や森はあるものの南北に300kmという原野が、なぜ人の手が全くおよばず残されているのか? 

 それは、中心を流れる大河ルフィジが、3~5月の雨季になると決まって大洪水を起こす“氾濫原”だからだ。調査や監視をするための道の整備もままならない。しかし逆に、こうした自然環境が、ゾウやキリン・カバの楽園を生み、東アフリカから消えつつあるクロサイやリカオン(野生の犬)の最後の聖域にしている。70万頭以上もの哺乳類が生息するセルーは、太古のアフリカを彷彿とさせるのだ。

毎年雨季に氾濫するルフィジ川 写真/フォトライブラリー

 だが2014年、セルーは「危機にさらされている世界遺産リスト」に登録される。いわゆる危機遺産だ。元々ゾウが保護区内に11万頭も暮らし、ユネスコに“世界最大級の生息地”であることが高く評価されていた。それが、わずか10分の1にまで激減、密猟団が象牙を切り取るために片っ端からゾウを殺しまくったのである。

 古来、印章や楽器などの高級素材として、また漢方薬として重宝されてきた象牙だが、1989年のワシントン条約により国際取引は禁止されている。それでも日本や中国、欧米での需要は高く、密貿易が無くならない。

 2015年にはタイ税関やシンガポール港で、大量の茶葉の中に隠された3トン超の象牙が数度にわたり押収された。時価1000万ドル以上になるという。ケニアの港で積み込まれた組織的な犯行だが、象牙の出所や密輸ルート、実行犯は定かでない。