アメリカの経済学者で国連ミレニアムプロジェクトのディレクターも兼務しているJ.サックス氏(Jeffrey David Sachs、1954- )は、古き時代と現今の「世論形成」の違いを次のように記す。
「かつての放送時代の政治と今日のソーシャルメディア時代の政治との大きな違いは、政治家がもはや広範な国民に向けて話してはいないということだ。政治家たちは今や、自分たちの支持基盤や 「支持基盤に近い人たち 」とのコミュニケーションに終始している。今日、一人ひとりは、個人の選択(どのウェブサイトを訪問するか)、デジタル「フォロワー」のネットワーク、フェイスブック、X、ティックトックなどのプラットフォームのアルゴリズム、そして諜報機関、政府の宣伝担当者、企業、政治工作員を含む隠された力によって共同で構築された、個人化された「ニュース」を受け取っている。その結果、政治家は自分たちの支持層を動員し、やる気を起こさせているのである。」
サックス氏が”諜報機関、政府の宣伝担当者、企業、政治工作員を含む隠された力によって共同で構築されたニュース”と記している事に注目すべきだ。これは”spin doctor”と称される情報操作の技法のことだ。出所は明らかでなくフェイク(虚偽)とも認識できないニュースが、私の面前に日常的にまことしやかに正統的な化粧をして複数の大手メディアやSNSを通して同時に発信されている。しかしそれは権力が(国家が)国家の利益・便宜を目的として発信される”心温まる”ニュースである。市民国民のためを考えて企画された施策であり市民国民はこれを大人しく受け入れるべきだ‥という”善意”に満ちている‥ように見える。だが一旦衣装を剥げば”狼の牙”がのぞく。因みに「マイナンバーカード」と「保険証」の紐づけ企画の全貌を研究してみれば、国のいかがわしき意図が露わになる。
アメリカにおける選挙ではこのような現象は既に日常的なものになっている。2024年秋のアメリカ大統領選挙では全てが情報合戦である。トランプは誇大妄想に近い政策を掲げ反対民主党陣営のバイデンに変わって候補者となったハリス氏への暴露暴言批難をこれでもかこれでもかと続け勝利した。両陣営共に巨額の選挙資金を寄付によって集めた。金満資産家が競って両陣営に巨額を寄付すると党員も個人としてこれに続いた。これら資金はバラエティに富んだ映像制作経費及び媒体のタイプ毎のTV広告費、選挙対策本部の職員雇用、候補者の演説会場経費や移動費用に充当された。数千億円がこれらに費やされた。民主共和の二大政党制で伸展してきたアメリカ政治の集約が大統領選挙である。ここでは政党間の政策の違いよりも候補者の人間としての器量やルッキズム、下劣な人格批難の応酬だった。その醜悪さの度合いが圧倒的に過ぎていたトランプが圧勝した。私はこの空虚空無の宴の後のトランプの圧勝に、アメリカ社会の病根と凋落の兆しを見た。アメリカは”デストピア”の入り口に立った。これからおぞましい暴力と差別と人権無視が公然とアメリカを支配するだろう。これをアメリカ市民国民の多くは変化への期待を込めて喝采するに違いない。
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NHK調査報道新世紀「中国流出文書を追う」(240922)では、中国の公安部門がSNSを駆使して、台湾等諸外国の「世論」を中国に有利にはたらくように誘導している実態を明らかにしていた。例えば台湾の中国観(中国への併合問題)に関する「世論」を24時間365日監視し、中国に不利な情報をSNS上から削除し混乱させ改変して有利な方向へと誘導している実態が明らかにされていた。こうした手法は「認知戦」と称されており、発信するSNS上の情報を操作して人間の認識に変化を起こす技法として古くから存在したものだ。それが今日ではSNS上で行われ、相手の人間の行動様式を変え誘導する局面で用いられており、相手側が誘導されている事実に限りなく気づかされることなく行われている。具体的には著名なインフルエンサーに参画させて”虚偽”情報を発信させ、それが公正な事実であると信じ込ませることも行われる。このようにして知らぬ間に人間の認識がネジ曲げられていく(spin)ことになるわけだ。例えば台湾の中国併合があたかも理想的なものであり、歴史的に見てもそれが不可避な道程であると信じ込ませる事ができる。事実台湾の「世論」は徐々に変化している‥番組ではその事実を明らかにしていた。
しかしこれは何も中国に限った事柄ではなく、「世論操作」はいかなる国でも行われているもので、それがSNS上で公然と実行され「世論」が形成されている。次なる問題は「サイバーセキュリティ」の問題となっていて、「世論」形成に関してイタチごっこが繰り返されているのが現実だ。
このように考えてくると一体「世論」とは何なのだろうか‥という振り出しの問題に行き着くことになる。そして鑑三翁は私の目の前に座り即座に私にこう断言するだろう。「世論は常に神の意思に反するものだよ!」と。
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