これがヘビなら、かみつかれていただろう。
映画制作者で、ナショジオ ワイルドのドキュメンタリー・シリーズ「アンテイムド」(Untamed)のホスト役でもあるフィリペ・デアンドラーデ氏は、その一部始終を見届けた。このシリーズの撮影で、車で何カ月も寝泊まりし、南アフリカでは手を伸ばせば届く距離までライオンに近づき、米フロリダでは卵からかえったばかりのウミガメを追い、クロコダイルと何度も至近距離で出くわした。しかし、この熱心な撮影者をあっと驚かせたのは、1匹のイモムシだった。
デアンドラーデ氏はコスタリカのオサ半島に入り、「昆虫レディー」の別名を持つ生物学者トレーシー・スタイス氏の案内でスズメガを見に出かけていた。(参考記事:「朝からごちそう! ハナグマ「ピソちゃん」」)
正確に言えば、緑色をしたスズメガ科Hemeroplanes triptolemusの幼虫をスタイス氏が先に見つけており、これが一行の目的だった。この幼虫は、驚くとヘビそっくりの生き物にたちまち姿を変えられる。体の前方を膨らませ、隠れている黄色、白、黒の斑点が現れる。目玉のような斑点、爬虫類のうろこをまねた体表、そしてヘビと見まがう曲線の動きで、完璧になりすます。(参考記事:「【動画】双頭のヘビに擬態するイモムシ、瞬きも」)
滞在していたロッジから10分ほど歩いた所で、一行は木の葉にくっついたイモムシを見つけた。ハリウッドでも使われているRED社の6Kデジタルカメラで撮ろうとしてクルーが接近すると、イモムシは素早く察知し、「ヘビ」に変身した。
「初めて見たときは、全く信じられない思いでした」とデアンドラーデ氏は話す。イモムシの姿を目の当たりにして、笑いと叫びが同時に出たという。さらにぎりぎりまで近づくと、ヘビになりきったイモムシは同氏の息を感じ取り、空中に一撃を繰り出した。害はないが、攻撃に驚いたデアンドラーデ氏は大きくのけぞった。
周囲に溶けこむ多彩な擬態テクニック
コスタリカは世界屈指の生物多様性を誇る国であり、50万を超える種を育んでいる。世界中の生物種の4%近くを占める豊富さだ。今回撮影されたHemeroplanes triptolemusを含め、スズメガ科の幼虫は極めて貴重だ。スズメガは10~30日生きられるが、そのうち幼虫の期間はわずか数日しかない。ヘビそっくりに擬態できる期間はとても短いのだと、デアンドラーデ氏は語った。(参考記事:「ぼくが出会ったなかで一番スゴイ擬態昆虫」)
「幼虫に出合うのが珍しいだけではなく、ちょうどいいタイミングでなければいけません」とデアンドラーデ氏。「今回は、訪れた場所も時間もたまたまぴったりでした」
H. triptolemusは、グアテマラ、ベリーズ、コスタリカでしか見られない。もともともっている緑と茶色の模様で熱帯雨林の植物相に完全に溶け込めるが、足を引っ込め、体の前の部分を膨らませてヘビの外見をまねれば、捕食者を追い払うのに役立つ。
恐ろしげな生物、あるいは食べる気の起こらない生物になりすますのは、襲う種・襲われる種がともにもつ生存するためのテクニックだ。このほか、雪景色の中のホッキョクギツネやホッキョクグマのように、背景と一体化する色で自分を隠す者もいる。シマウマ、トラ、ヒョウなどは、見る者を混乱させる模様で全身を覆い、体の輪郭を見えにくくしている。色以外にも、形や質感を周囲に似せて、背景に溶け込む種もいる。(参考記事:「葉脈から朽ち加減まで再現した超擬態昆虫」)
スズメガ科の幼虫はこの擬態テクニックのおかげで、食べようと襲ってくる鳥や、腹を空かせた別のイモムシをだますことができる。もちろん、人の目もこの変装にだまされる。ヘビさながらの攻撃は迫力があり、ぎくりとさせられる。(参考記事:「コノハチョウ擬態の謎、解明か」)
「それが自然の雄大さです」とデアンドラーデ氏。「何一つ予想がつかないのです。一体何に出くわすのか、体がどう反応するのか、自然な生き方というものに対する考えが、それによってどう変わっていくのか。風変わりなイモムシには、ほかの何よりも興奮しました」