9500年前の奇妙な頭蓋骨、顔の復元に成功

最新のデジタル技術により「エリコの頭蓋骨」は40代の男性と判明

2017.01.12
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【動画】エリコの頭蓋骨
9500年前の「エリコの頭蓋骨」の顔を復元するために研究者らがとった手順をたどることができる。

 大英博物館で最も貴重な遺物の1つ、約9500年前の「エリコの頭蓋骨」。祖先崇拝の儀礼のために、一部が切り取られ、しっくいによる装飾がほどこされた骨から、このたび元の男性の顔の復元に成功した。

9500年前の「エリコの頭蓋骨」。頭蓋骨には土が詰められ、顔の特徴を再現するためにしっくいで覆われている。死者の目を表現するのに貝殻が使われている。(PHOTOGRAPH COPYRIGHT THE TRUSTEES OF THE BRITISH MUSEUM)
9500年前の「エリコの頭蓋骨」。頭蓋骨には土が詰められ、顔の特徴を再現するためにしっくいで覆われている。死者の目を表現するのに貝殻が使われている。(PHOTOGRAPH COPYRIGHT THE TRUSTEES OF THE BRITISH MUSEUM)
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「エリコの頭蓋骨」は、同博物館の収蔵品のなかでは最古の肖像だと考えられ、また近年までは最も不可解な収蔵品でもあった。一部が切除された人間の頭蓋骨を、すり減ったしっくいが覆い、眼窩には貝殻がはめ込まれている。

 だが最近、デジタル画像処理と3Dプリント、そして法医学の復元技術を用いて、専門家たちが古代の工程を逆にたどってみた。すると、そこに現れたのは、鼻の骨が折れた40代の男性だった。(参考記事:「2600年前の顔復元、鉄器時代の少女」

しっくいの下の骨に基づいて復元された顔。(PHOTO BY RN-DS PARTNERSHIP/COPYRIGHT TRUSTEES OF THE BRITISH MUSEUM)
しっくいの下の骨に基づいて復元された顔。(PHOTO BY RN-DS PARTNERSHIP/COPYRIGHT TRUSTEES OF THE BRITISH MUSEUM)
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前例のない発見

 しっくいを塗られ装飾された新石器時代の頭蓋骨は7つ存在する。「エリコの頭蓋骨」はその1つだ。1953年、考古学者キャスリーン・ケニヨン氏によって、現在のパレスチナ、ヨルダン川西岸地区、エリコ市に近いテル・エッ・スルタン遺跡で発掘された。同年12月、『ナショナル ジオグラフィック』誌で初めて報じられると大きな反響を呼び、ケニヨン氏は世界的に知られるようになった。

 ケニヨン氏はナショナル ジオグラフィックの読者に向けて、最初の頭蓋骨が見つかった瞬間の様子を「7000年以上前に生き、亡くなった人物の姿を目にしているのだと気付き、私たちは発見の興奮に包まれた」と描写している。「このような芸術品が存在しようとは、どんな考古学者も予想だにしなかった」

 7つの頭蓋骨は細部の違いはあったが、いずれも顔の繊細な骨を支えるために中に土が詰められていた。次いでしっくいが塗られ、耳、頬、鼻といったそれぞれの顔の特徴が作り上げられていた。小さな貝殻で目が表現され、塗料の跡が残っているものもあった。(参考記事:「古代インカの穿頭術、成功率は70%を超えていた」

1953年に『ナショナル ジオグラフィック』誌に掲載された写真。考古学者のキャスリーン・ケニヨン氏(右)と技術者のセシル・ウェスタン氏が、しっくいで覆われた新石器時代の頭蓋骨を調べている。エリコに近いテル・エッ・スルタンで発掘されたばかりの出土品だ。後に大英博物館が収蔵する「エリコの頭蓋骨」も奥に見える。(PHOTOGRAPH BY DAVID BOYER, NATIONAL GEOGRAPHIC)
1953年に『ナショナル ジオグラフィック』誌に掲載された写真。考古学者のキャスリーン・ケニヨン氏(右)と技術者のセシル・ウェスタン氏が、しっくいで覆われた新石器時代の頭蓋骨を調べている。エリコに近いテル・エッ・スルタンで発掘されたばかりの出土品だ。後に大英博物館が収蔵する「エリコの頭蓋骨」も奥に見える。(PHOTOGRAPH BY DAVID BOYER, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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 ケニヨン氏の発見以降、このように装飾された頭蓋骨が、中東からトルコ中央部にわたる新石器時代の遺跡で50個以上見つかった。この出土品が祖先崇拝の初期の形を表しているという点で研究者の意見はおおむね一致しているものの、数千年前に生前の姿を永遠にとどめるために選ばれた人物が誰なのか、またその理由も、ほとんど分かっていない。

 しっくいを施された頭蓋骨のうち数点はデジタル技術で分析されてきたが、3Dプリンターで造形され、法医学の手法で復元されたのは、大英博物館が所蔵する「エリコの頭蓋骨」が初めてだ。

デジタル技術で、骨からしっくいを取り除く

 ケニヨン氏が報告した新石器時代の頭部は、さらなる研究のため世界各地の博物館へ分けられ、「エリコの頭蓋骨」は1954年に大英博物館にもたらされた。しかし、この変わった出土品からより情報を得ようとした初期の試みはうまくいかなかった。

 数千年の経過により、頭蓋骨を覆うしっくいで作り上げられていた顔の特徴は多くが失われ、従来のX線スキャンでは密度の近い骨としっくいを区別できなかった。「感光板に白いぼんやりしたものが写っただけでした」と、大英博物館レイモンド・アンド・ビバリー・サックラー・ギャラリーの学芸員、アレクサンドラ・フレッチャー氏は話す。古代近東が専門のフレッチャー氏は、同博物館による今回の復元プロジェクトを主導した。(参考記事:「アイスマンを解凍せよ」

「エリコの頭蓋骨」3D模型
数千回に及ぶマイクロCTスキャンのデータから作られた、「エリコの頭蓋骨」のインタラクティブ3Dモデル。番号をクリックすると、特徴をさらに深く知ることができる。(説明は英語です)(© The Trustees of the British Museum)

「エリコの頭蓋骨」のしっくいに隠れていた人骨がようやく視覚化されたのは、2009年にマイクロCTスキャンにかけたときだった。スキャンによれば、頭蓋骨は成人のもので、下顎が取り去られており、女性よりも男性である可能性が高い。鼻中隔は損なわれ、奥の臼歯は失われていた。土を詰めるための穴が1つ、後頭部に開けられている。このスキャンで、9500年前の親指の指紋まで見つかった。土を詰め終えた人物が、最後に上質な粘土で穴をふさいだ時に付いたものだ。(参考記事:「8400年前の赤ちゃんを発見、ベルリン近郊」

最古の肖像に新たな顔

 大英博物館は2016年、このCTスキャンで得られたデータを元に、頭蓋骨のデジタル3Dモデルを製作。その結果、「エリコの頭蓋骨」の男性について、さらに多くのことが分かった。例えば、スキャンでは鼻の中が折れていることが示されていたが、3Dモデルによって損傷の大きさが実証された。

 さらに研究を進めようと、フレッチャー氏らのチームは3Dプリンターを使って頭蓋骨の模型を作ることにした。法医学の分野で顔の復元を専門に請け負っている企業、RN-DSパートナーシップから技術協力を得た。

 そして、3Dプリンターで作られた頭蓋骨と、エリコに近い別の新石器時代遺跡から出た男性の下顎骨の模型を使い、法医学の専門家たちが作業を開始。デジタル技術で造形した「エリコの頭蓋骨」の骨の上に、顔の筋肉組織を再現できた。9000年以上前の人々が、故人の骨にしっくいを塗り、頬、耳、唇を形作った過程とまさに同じように。

「まるで新石器時代の工程を逆からたどったようです」フレッチャー氏は、大英博物館最古の肖像がついに新たな顔を得たことを誇らしげに語った。

文=Kristin Romey/訳=高野夏美

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