古ければおよそ2700年前、中国北西部の乾燥地帯で暮らしていたその女性は、まさに馬に乗ろうという装いで、鞍(くら)と一緒に埋葬されていた。獣皮製の外套をまとい、羊毛のズボンと革製の長靴を履いていた。
中国新疆ウイグル自治区のトルファン市近郊にある洋海(ヤンハイ)墓地で出土したこの鞍は、紀元前700年から紀元前400年ものと推定される。これまで発見された鞍の中では最も古く、誰が何の目的で鞍を使っていたかというこれまでの定説に疑問符が付けられた。(参考記事:「2500年前の墓から完全な大麻草13本を発見」)
発見は「驚き」だったと、スイス、チューリッヒ大学の研究者で、学術誌「Archaeological Research in Asia」の2023年9月号に掲載された論文の筆頭筆者であるパトリック・ベルトマン氏は言う。革製の鞍は腐りやすく、出土することは稀だ。手綱やハミなどはしばしば発見されているが、そうした馬具の存在は必ずしも鞍が使用されていたことを示しているわけではない。
世界で最初の鞍なのか
これまで最古の鞍とされていたのは、洋海とトルファンの北で、カザフスタンからロシアにかけて広がるアルタイ山脈を中心に栄えたパジリク文化のものだ。紀元前5世紀ごろのものと推定されているが、パジリク文化で鞍の使用が始まったのは、さらに数世紀前ではないかとベルトマン氏は考えている。(参考記事:「パジリク文化の鞍覆いほか、写真で見る古代の文化と副葬品14選」)
「乗馬はパジリク文化から中国北西部に伝わったと考えられます。鞍も同じように伝えられたのでしょう」とベルトマン氏は言う。しかしそのことを示す鞍が発見されるか、あるいはパジリク文化の鞍が実はもっと古いものであると証明されるまで、洋海で発見された鞍が世界最古の鞍となる。