806年
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/03 03:01 UTC 版)
千年紀: | 1千年紀 |
---|---|
世紀: | 8世紀 - 9世紀 - 10世紀 |
十年紀: | 780年代 790年代 800年代 810年代 820年代 |
年: | 803年 804年 805年 806年 807年 808年 809年 |
806年(806 ねん)は、西暦(ユリウス暦)による、平年。
他の紀年法
カレンダー
できごと
- 4月9日(延暦25年3月17日) - 桓武天皇が崩御し、安殿親王が践祚して第51代天皇・平城天皇となる。
- 5月 - 六道観察使を置く。
- 6月8日(大同元年5月18日) - 平城天皇が即位。
- 6月9日(大同元年5月19日) - 神野親王(後の第52代天皇・嵯峨天皇)が立太子。
- 唐で天台教学を授かり日本に帰国した最澄が天台宗を開く(1月に天台法華宗が公認された)。また空海も同じく唐から帰国し、これ以降、真言密教が日本に広められた(高野山金剛峯寺を修禅の道場として開創したのは816年のことで、真言宗の開宗はその頃とされる)。
- この年の『日本後紀』の記録には、洪水によって資産を失った百姓を救うよう指示する平城天皇の詔が記されており、大規模な風水害があったことが窺える[1]。
誕生
「Category:806年生」も参照
死去
「Category:806年没」も参照
- 1月12日(永貞元年12月15日) - 恵果、唐代の密教僧、空海の師(* 746年)
- 4月9日(延暦25年3月17日) - 桓武天皇、第50代天皇(* 737年)
- 順宗、唐の第13代皇帝(* 761年)
脚注
注釈
出典
関連項目
「806年」の例文・使い方・用例・文例
- ナポレオンがプロシアを決定的に打ち破った1806年の戦い
- 複数のヨーロッパ国家の統治者を出し、1440年から1806年にかけて神聖ローマ帝国の王冠を戴いたドイツの王家
- 英国の詩人で、その夫ロバート・ブラウニングに対して書かれたラブソネットでよく知られる(1806年−1861年)
- 英国の政治家で、アメリカの独立とフランス革命を支持した(1749年−1806年)
- ロココ調絵画が18世紀のフランスの王立高等法院における生活の軽薄さを象徴したフランスのアーティスト(1732年−1806年)
- アメリカの海洋探検家で、2度の地球を周航し、コロンビア川を発見した(1755年−1806年)
- アイルランドの数学者(1806年−1865年)
- 英国の哲学者、経済学者で、経験主義と実利主義の解釈で知られる(1806年−1873年)
- アメリカ革命のリーダーで、独立宣言に署名し、大陸軍のために金を工面した(1734年−1806年)
- スコットランド人のアフリカの探検家(1771年−1806年)
- アメリカ革命のリーダー(アイルランド生まれ)で、憲法制定会議のメンバー(1745年−1806年)
- 英国の政治家で大ピットの子(1759年−1806年)
- 米国の技術者(ドイツ生まれ)で、ブルックリン橋を設計し着工した(1806年−1869年)
- 1806年1月2日に書かれたものだ。
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