音楽業界
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/05 18:49 UTC 版)
出版業界と同様に、音楽業界・特にテレビ番組の主題歌やCM音楽などでゴーストライターの存在が噂される事がある。これについては主に作詞の名義について言われる事が多いが(大黒摩季#ビーイングスタッフ表記問題を参照)、一部には作曲や編曲などでこの種の噂が発生する事もある。ニュースサイトTHE PAGEは「実在のシンガーソングライターでも、実際には別の人物が詩や曲を書くケースは多数存在します」と断定的に語っている。 レコードや書籍のなかった時代、芸術家は作品を大衆に届ける術を持たず、貴族などのパトロンを必要としていた。当時のパトロンは、題材や材料にまで口を出し、その作品を自分の名で発表することすらあったという。たとえばヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの『レクイエム』は、とある貴族が自分の亡くなった妻に捧げるために発注したもので、本来はこの貴族の名で公開されるはずだった曲が、モーツァルトの突然の死により遺作として公表されたものである。これらのゴーストライティングは仕事として普通に存在していた。 名前や顔の売れているタレントや若手アーティストに作詞や作曲をさせる場合には、商品化までにプロデューサーやディレクターやアレンジャーなどの専門家による「手直し」や「修正」が必要になる。それらの修正が多岐にわたり大幅になった場合、結果として修正にかかわった人間がゴーストライター化してしまうことがある。ポピュラー音楽界では、鼻歌や主旋律ていどしか作曲できないアーティストも多いという。音楽関係者によると「歌謡曲で多いのが、有名な作曲家や作詞家が弟子に作品を書かせるケース。アイデアが枯渇しているところに曲の注文がくると“キミ、こんな感じの曲を書いてくれ”と指示。出来上がった曲や歌詞を自分流にアレンジして完成させます。面倒見のいい師匠は、印税の何割かを与える。CDが100万枚売れたので弟子に100万円払ったという話も聞きますよ」という。 作曲家の青島広志は、日本の音楽業界の現状について「ポピュラーでは旋律を書ければ良い方で、時には鼻歌を編曲者が楽譜に起こして編曲し、レコーディングまで持っていく。クラシック畑の作曲家も、ひとたび名が売れてTVドラマや映画音楽の注文が来ると、まず絶対的に一人では楽譜が書けなくなる。初めの内はそれでも頑張っているのだが、締め切りに間に合わなくなるよりはいいので、誰かに助太刀を頼む。依頼主もその先生の名が欲しいので、余程質が落ちない限りは目をつぶるのだ」と書いている。 音大の学生によると、「音大では作曲科専攻の学生が恩師の代わりに作曲することは珍しくない」・「私の後輩は普通に先生のゴーストライターをしていた。1曲あたり5000円で引き受け、先生からアルバイト料をもらっていた。中には一人ではできない大曲もあり、同じ学科の学生が総出で、ゴーストした経験もある」・「実際の作曲者が無名の場合、世に知れた音楽家の名前で曲が売られることはよくある」との証言がある。バッハやモーツァルトのような大作曲家ですら、本人が作曲したことの確証が取れない“偽作疑惑”の曲が多く存在するという。 また、特に1990年代以降のテレビアニメの世界などでは、主役級のキャラクターの声を演じる人気声優が番組主題歌を歌唱し、同時にその主題歌の作詞の担当者としてクレジットされる例が一部に見られる。これらの中にも、「声優に対する報酬確保のため、主題歌の作詞者として声優の名義を設定し、実際には別の作詞家がゴーストとして作詞している」などといった、まことしやかな噂が真偽は別としても発生する事がある。この様な噂が発生する背景には、大半の声優はアニメ出演のギャラの金額決定に際し「ランク制」という声優業界特有の制度が用いられているという事情がある。これにより、人気絶頂の声優であろうが、内外から演技力について高い評価を受けている声優であろうが、一律金額的な上限が存在するため、出演に対してそれ以上の報酬を出す事が必要とされる場合には、主題歌の歌唱担当など以外にもこの様な「ランク制」の影響を受けない別の手段を講じる事が求められる場合がある。 1990年代前半、当時の日本の社会へさまざまな形でコミットしていた、オウム真理教の教祖の麻原彰晃は、自作と称する交響曲や管弦楽曲を多数制作し、教団の専属オーケストラであるキーレーンを自ら指揮して発表した。実際には麻原にはこれらの曲を書く能力は無く、鎌田紳一郎をはじめとする専門的に音楽教育を受けた信者達が共同で制作した、と言われている。 2014年、耳の聞こえない作曲家として売り出していた佐村河内守が、実際は自分で作曲していないこと・また言われるほどの聴覚障害がないことを、彼のゴーストライターである新垣隆が告発し、レコードと本が出荷停止された。この事件は、通常は表に出ないゴーストライターが公になったことでも大きな注目を集めた。作曲家の伊東乾は、この事件の解説で「日本の音楽業界では、映画やテレビドラマなどの『機会音楽』から、オペラのようなものに至るまで、トップの名前で仕事を取ってきて、時間がないためスタッフが手分けして作曲作業し、スタッフには買い取りでギャランティを払っておしまい、クレジットや著作権登録はトップの名前というケースは山のようにあります」としている。また、「ここから先は、すでに人口に膾炙したミュージシャンも多数関わっていることなので、一切の実名を避けてお話しせざるを得ません」と前置きした上で、「アンカーはずっとアンカー、つまり裏方のまま30歳、40歳と年を重ねてしまうこと、また、若い世代に人材が出ると古い人は仕事が減るといった、アシスタント食いつぶしの状況が見られる」と鋭く批判している。 海外においては、1990年にグラミー賞の最優秀新人賞を受賞したアメリカのダンス・ユニット「ミリ・ヴァニリ」が、メンバーの二人が実際には歌っておらず『ゴーストシンガー』に歌わせていたことが発覚するに至った。グラミー賞は剥奪され、レコードも廃盤となった。
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