2025-02-24

他人の『成長』という暴力吐き気がする

私は長年、自分の小さな世界で生きてきた。朝は決まった時間に起き、同じ電車に乗り、同じ道を歩く。この狭い世界は、私にとって何より安全場所だった。

変化なんて必要ない。誰かと深く関わることもない。ただひたすらに同じ日々を重ねることが、私には心地よかった。人から見れば死んだような生活かもしれないが、それでよかった。生きている実感なんて、別に必要いから。

だが先月、幼い頃から唯一の友人だったやつが「海外で働くことになった」と言い出した。その瞬間から、私の胃の中で何かが腐っていくような感覚が始まった。

「新しい環境自分を試したい」

「きっと成長できると思うんだ」

「今までとは全然違う自分になれそう」

吐き気がする。本当に、吐き気がする。

なんなんだろう、この「成長」っていう言葉。まるで今の自分未完成で、劣っているみたいな言い方。今の環境じゃダメだっていう否定。周りの人間踏み台にして、自分だけ高みに登ろうとする、あさましい上昇志向

SNSには毎日のように投稿される準備の進捗。英語勉強風景とか、手続きの報告とか、現地の写真とか。それを見るたびに、胃液が逆流してくる。「いいね」をつける他の知人たちも、同じように気持ち悪い。

検索しても出てくるのは「海外でのサクセスストーリー」とか「人生を変えた体験談」とか、吐瀉物みたいな美談ばかり。違う、そうじゃない。こんな気持ち悪さを共有できる人はいないのか。

今の自分に満足できない人間が、新しい場所に行けば何かが変わるとでも?

所詮、逃避でしかないじゃないか。周りの人間との関係なんて、さっさと切り捨てられる程度のものなのか。

この感情を誰かに話せば、「嫉妬乙」で終わりだろう。でも違う。人間の醜さへの、根源的な嫌悪感なんだ。

吐き気は日に日に激しくなる。友人の出発日が近づくたび、トイレに駆け込む回数が増えた。自分の反応がおかしいことくらい、わかってる。でも、この生理的嫌悪感は止まらない。

私が異常なのは間違いない。でも、この異常な感覚こそが、人間本質を捉えているんじゃないのか。

「成長」という名の自己満足他者踏み台にする上昇志向。それを美談として祝福する社会

気持ち悪い。本当に、心の底から気持ち悪い。

この嫌悪感と共に生きていくしかない私は、今日も静かに吐き気を堪えながら、日常を過ごしている。

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん