2017年にバンディ・リーが編纂した『ドナルド・トランプの危険な兆候 精神科医たちは敢えて告発する』(日本語版2018、岩波書店)では、27人の精神科医や心理学者がトランプの精神状態に関する論文やエッセイを収録。彼ら精神医学者らは異口同音にドナルド・トランプの偏った人格、自己愛性パーソナリティ障害、社会病質問題を指摘した。これらの性格特性が彼の判断力やリーダーシップ能力に悪影響を与える可能性、すなわち公益のための警告として、彼の精神状態がアメリカ国内外の安全保障や民主主義そのものに及ぼす危険性、またポリティカル・コレクトネス(政治的公正さ)をトランプは攻撃しており、性差別や人種差別撤廃や弱者救済などに関する基本原則を侵犯する恐れを警告した。そして2017-21年の4年間トランプは大統領在任中、これら精神医学者らの指摘通りに振る舞った。そして二期目の選挙で敗北し権力をバイデンに譲ろうとする際には選挙結果を認めず2021年1月共和党狂信支持者を扇動して連邦議会を襲撃させた。トランプはバイデン政権の4年間、”復讐”の暗い情念の炎に身を焼いていた。トランプは来る日も来る日も復讐すべき対象者は全て逐一ノートに記していたに違いない。報復の内容も一緒に‥こいつは刑務所行き〇年、ホスト剝奪、身辺警護解除、家族脅迫、種々様々の手の込んだ危害等々、暗殺まであるとの見方もある。そして24年1月魔訶不思議な選挙結果で大勝し、直ちに復讐のための報復作業にとりかかり現在進行形である。大統領就任の公式行事として首都ワシントンの大聖堂を訪れた際、主教から「性的マイノリティーの人たちの中には命の危険におびえている人たちもいる。移民の大多数は犯罪者ではない。いま、おびえている人々に慈悲の心を持って下さい」と諭された。するとトランプは主教に対して不快であると謝罪を求めた。あろうことか連邦議会議事堂襲撃事件で有罪となった襲撃犯1500人ほぼ全員に恩赦を与えた。続々とトランプの復讐のための報復が進行中である。政権中枢にテスラのイーロン・マスクを登用しやりたい放題の乱暴狼藉を働かせようとしている。マスクがナチス式敬礼をすればトランプ支持者が「狂喜乱舞」する映像も見せつけられた。そして連邦憲法改正で大統領三選を目論んでいる。私にはトランプの全ての言動がサタンの指示のように見える。アメリカ国内のみならず各国首脳にまでこのトランプの言動が影響を及ぼし始めている。世界の富豪やトップクラスの経済人がトランプ詣を繰り返している。これらを先述の精神医学者たちはTrump Effectと称した。好ましくはない影響のことだ。そして今やTrump Infection つまりトランプによる悪性感染症があらゆる場でパンデミックを招来しつつある。今やアメリカ国民の半数以上がコントロール喪失感、無力感、トランプががホワイトハウスにいることによる不確実な政治状況についての心配など「トランプ不安障害」ともいえる心理に陥っている。著名な経済学者であるジェフリー・サックス教授は、ドナルド・トランプ政権は「同盟国」と「敵対国」の両方をいじめていると述べた。「私は、このような米国の横暴は終盤戦を迎えていると考えている。しかしそれはとても危険な終盤戦であるが」と。トランプが腰を振ってダンスしながら登場する映像を見ると私は眩暈と吐気を催す。世界に蔓延する邪悪と低劣をこの金髪オヤジが示しているからだ。
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スマートシティ(smart city)構想は、2020年代に日本で導入が検討されている都市計画のことで、政府の「科学技術基本計画」で示された社会像の一環として企画立案されたものだ。これはICT(※Information and Communication Technology、日本語訳:情報通信技術)等の新技術を活用しつつ、マネジメント(計画、整備、管理・運営等)の高度化により、都市や地域の抱える諸課題の解決を行い、新たな価値を創出し続ける、持続可能な都市や地域‥と内閣府で定義している。簡単に言えば新技術を活かして住みやすい都市をつくることである。
構想は机上の作文のような、小学生が画用紙に描く「未来の町」のような、理工学部学生の紙上シミュレーションのようでもある。人間は快適で清潔で便利極まりない生活を営む計画だ。完璧な自動運転の車や交通手段で移動するので交通事故は極小になり、住環境は快適に整備される。人工的な川や池で水遊びはできるがカエルやドジョウは住まない。遺伝子編集されたモミジはアポトーシスで葉を落とすことなく一年中紅葉し吉野桜も一年中花をつける。ここの住民がこれを望むからだ。街路樹は葉を落とすと街路が汚れるので一年中落葉しない遺伝子操作された灌木類が植栽される。AIを使ってビッグデータが個人の犯罪予測をして犯罪は限りなく低下する。構想には記されていないが特定され指名された何者かが厖大な巨額のゼニを懐に入れることになっている。
だがしかし、ここで生活する人間は幸福なのだろうか、幸福感に充たされて生活するのだろうか。サクラやモミジを季語にした俳句や短歌はどのように詠まれるのだろうか。犯罪は本当になくなるのだろうか。病気はなくなることはないだろうが遺伝子治療により治療できる病気は増えるのだろうか。外国からの輸入感染症はなくなるのだろうか。耐性菌は幾何級数的に増大しないだろうか。精神の平衡を保つ人間ばかりになるのだろうか‥人間が人間である限り葛藤は生じるけれど社会の差別や矛盾に抗うことを止めるのだろうか。
人間の生死は、どうなるのだろうか‥死の時は自分で選択する事ができる町になり、遺伝子診断により死の原因やその時が予測できるので安楽な死を選択する者は増え自死者の割合が高くなる。倍賞千恵子が好演した『PLAN75』の世界。死の時が定められているから人間は享楽放縦の人生を選択するに違いない。スマートシティのコストを負担できない者は居住を拒まれて故郷の土地に住めずに周辺に住むようになり、そこは貧民街のようになる。‥‥このような人工的に快適な街づくりなど紙上での構想は容易すぎるほど容易な事だ。しかし私はこんな街に住みたいとは思わない。中国の巨大都市にもみられるような昨日の夫婦生活まで暴かれ個人生活が完璧に情報管理されたスマートシティだ。が、私はそんな時代に生きることなく猥雑さの中で詩を書き下手な短歌を季節ごとに詠んでいける社会で死んで行けることを幸福な事だと思う。私は貧民窟に住みたいと願う。
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2023年3月に亡くなった作曲家音楽プロデューサーの坂本龍一さんは、病床日誌に次のように記している(坂本龍一:ぼくはあと何回 満月を見るだろう、新潮社、2023)。「かつては、人が生まれると周りの人は笑い、人が死ぬと周りの人は泣いたものだ。未来にはますます命と存在が軽んじられるだろう。命はますます操作の対象となろう。そんな世界を見ずに死ぬのは幸せなことだ。(2021年5月12日)」
赤ん坊が生まれると人間は笑い、人間が死ぬと泣いた、ところが遠くもない将来、人間の生命は軽んじられて生死に無感覚となり、箱のような住居空間で人工的に支配された環境の下で人間は生活し、日常生活は国家権力監視下の下で完全にコントロールされルチーン化されて処理されていく。今日の中国はこれを一部実現した‥市民国民の幸福感までもが管理され統制され、人間の生は特定の者たちの価値基準で左右され操作され、人間の死も同じく特定の富者らの価値基準で処理され有無を言わせぬ安楽死は日常となる‥世界は人間は間違いなくこのようになるだろう。そんな世界になる前に自分の死を死ぬることができるのは幸福なことだよ‥坂本さんはそのように言っている。繊細で感性に満ちた生死観だ。坂本さんの言葉は真理をついている。