2馬力選挙とは、選挙において自分以外の候補を応援するために立候補することである。
概要
自分以外の候補への投票を呼びかける目的で立候補することを指す。ある候補とそれを応援する候補の2人が事実上協力して1人の当選を目指すため「2馬力」と呼ばれる。
2024年の兵庫県知事選挙でNHKから国民を守る党(以下、N国)の立花孝志が現職の斎藤元彦を支援するために立候補したことで全国的な注目を集めた。
「問題点」で示すように、こうした選挙運動は違法ではないが選挙の公平性を損なう恐れがある。そのため、国による法規制が検討されている。
問題点
選挙の公平性を確保するため、1人の候補が選挙活動で用いるビラやポスターの枚数は公職選挙法によって厳しく規制されている。候補者ひとりひとりに枚数制限が割り当てられるため、2馬力選挙を行うと供託金を払うだけで一人の候補者が利用できるビラやポスターが単純に倍増する。
また、2024年の兵庫県知事選挙のように、本命候補のクリーンなイメージを保ちつつ、それを応援する候補が対立候補に対して脅迫や誹謗中傷を容易に行うこともできる。もし仮に、応援する側の候補が違法な選挙活動で罪に問われたとしても現行法上、応援される側の候補を罪に問うことは難しい。
2馬力選挙は現行の公職選挙法では違法ではないが、これがまかり通ってしまうと供託金と選挙資金をたくさん出せる候補がより有利になってしまい、規制の意味がなくなって公平な選挙ではなくなってしまう。
実例
2024年東京都知事選挙
厳密な意味での2馬力選挙ではないが、候補者が利用できる資源を目的外に使用する点で特筆すべき前例のため、本稿で取り上げる。
2024年の小池知事の任期満了に伴って実施された東京都知事選挙には、史上最多となる56人の立候補があり、そのうち24人がN国党からの候補者であった。N国の立花孝志は取材に対し、「都知事選は注目度が高く、宣伝効果は数千万円に匹敵する。300万円を支払う価値はある(産経新聞)」と答え、売名行為目的であることを隠さなかった。
N国は大量の候補者から得たポスターの掲示スペースに掲示できる権利を一箇所あたり1万5千円(5千円→1万円と段階的に値上げしていた)で販売し、選挙と無関係なポスターが掲示板に貼られた。中には風俗店のポスターや女性の全裸姿が写ったポスターなど公共の場にはそぐわないものも掲げられ、選挙管理委員会に多くの苦情が寄せられた。
知事選挙の供託金は300万円で、N国のいずれの候補も供託金没収点に達していなかったため、7200万円を没収されている。しかし、仮に一口1万円、ポスター掲示場所1万4千箇所とした場合、1億4千万円の収入があるため、N国としては黒字になった可能性が高い。
また、候補者が乱立したことでポスター枠が足りず、一部の候補者のポスターが枠外のクリアファイルに入れられるという措置が取られ、不公平だという声も上がった。
2024年兵庫県知事選挙
2024年に斎藤知事に対する告発文書問題により県議会の全会一致で不信任決議が可決し、斎藤知事は失職して選挙で民意に問うことを選択した。
この選挙に出馬したN国の立花孝志は自分への投票ではなく斎藤への投票を呼びかけるすることを目的に立候補するという異例の選挙戦を展開した。立花は斎藤にかけられたパワハラ、おねだりの疑惑はデマだと主張し、逆にこれを告発した元局長の自殺についても「不倫がバレるのが怖かったから」と告発者を貶める発言を繰り返した。また、告発文書問題を調査する百条委員会のメンバーに対する脅迫・嫌がらせも行い、中傷された県議の中には選挙後に自殺に至った者も出た。
斎藤陣営は立花との提携を否定していたが、立花の選挙活動に強く否定はせず、斎藤が演説した直後に同じ場所で立花が演説するというようなことも報じられており(TBS)、実質的な協力関係にあったことが指摘されている。
一方で、兵庫県の市長会に属する22人の市長が対立候補の稲村を支持すると表明した件が斎藤支持者から公職選挙法に抵触すると指摘され、刑事告発が受理されている。斎藤支持者らはこれを「23馬力選挙」と呼んで揶揄しているが、兵庫県の選挙管理委員会は取材に対し、「他の公務員や業者らに投票を呼びかけた地位利用ではない」として違法ではないという見解を示している(J-CAST)。
選挙は斎藤が46%の得票で勝利し、県政復帰を果たした。しかし、上記の立花との「2馬力選挙」に対する不満に加え、立花の主張の根拠となった文書の漏洩問題や地元のPR会社に選挙活動の報酬を与えていたのではないかという疑惑が残った。
2025年千葉県知事選挙
斎藤知事への2馬力選挙を成功させた立花は、2025年の熊谷知事の任期満了に伴う千葉県知事選挙に目をつけ、熊谷を応援するために立候補すると表明した。しかし、熊谷は「迷惑だし困惑している」と強く拒否。立花側も「ある人にやめてくれと強く言われた」として2馬力選挙を撤回した。
国の対応
N国による一連の選挙活動は公職選挙法上合法なものであったが、法令が想定しない形で制度を悪用していると与野党から問題視された。石破首相は2月3日の予算委員会で2馬力選挙は「どう考えてもおかしい」と発言している。
2025年2月14日に自民・公明・立憲・維新・国民・共産の6党は選挙ポスターの品位規定を設ける公職選挙法の改正案に合意した。同法案の付則には2馬力選挙についても「必要な措置を講じる」と明記されており、2月20日に国会に提出される見通しである。
ただ、2馬力選挙を実際に規制するのは難しい。そもそも、選挙活動は参政権、言論の自由や表現の自由といった基本的人権の根幹にかかわり、これに規制をかけることに慎重論も予想される。また、2馬力選挙で応援された側のペナルティをどのように与えるかについても十分な議論が行われていない。