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岡村秀典著『夏王朝 王権誕生の考古学』

2004, 史林 = THE SHIRIN or the JOURNAL OF HISTORY

TITLE: <紹介>岡村秀典著『夏王朝 王権誕 生の考古学』 AUTHOR(S): 伊藤, 淳史 CITATION: 伊藤, 淳史. <紹介>岡村秀典著『夏王朝 王権誕生の考古学』. 史林 2004, 87(3): 412-413 ISSUE DATE: 2004-05-01 URL: https://doi.org/10.14989/shirin_87_412 RIGHT: 事象の評価や背景を広い視野から研究でき 人類史に共通の普遍性をもった課題として︑ どの出土遺物が綿密に検証されている︒そ 属施設などの遺構︑玉器・土器・青銅器な それを支えた儀礼という観点で︑建物や付 して︑花粉分析や動・植物の遺存体分析の るのではないか︑と説く︵﹁プロローグ 中国のルーツを求めて扁︶︒ 「岡文化にかけて︑すなわち夏王朝期か 成果を積極的に活用して︑一︸里頭文化から 初の王朝﹁夏﹂にまつわる考古学と文献史 二千年紀前半代とされる︑伝説上の中国最 は︑そのはじまりの部分︑おおむね紀元前 俗に﹁中国四千年の歴史しという︒本書 り得ないという︑順当な結論が下されるわ 記載されたこれら古典籍が決定的な資料足 と史実のはざま﹂︶︒結果︑千年以上を経て 代﹂︑﹁第二章 夏王朝は実在したか−伝説 をふまえて整理する︵﹁第一章伝説の時 記された戦国時代から漢代という時代背景 古典籍にみられる夏王朝の伝承を︑それが するには︑王のありようとともに庶民の日 プロセスで進行していったのかを明らかに のどのレベルまで影響を及ぼし︑いかなる た変化にも言及する︒王権の成立が︑社会 皿形や組み合わせの変遷から食生活に生じ や生業の変化を復元し︑さらには︑食器の らその後の股︵商︶王朝期にかけての環境 題に入り︑まず中国考古学誕生以来の探索 最後に︑二里頭文化の空問的広がりや地 実在した夏王朝﹂︶︒すなわち夏王朝で (412) 126 紹介 岡村秀典著 以下︑その実践を果たす本書前半は︑文 学の成果を軸に据え︑中国における国家形 岡村氏自身も述べるように︑上記工章の部 常生活を含めた総合的検討が欠かせない︒ ﹃夏王朝王権誕生の考古学﹄ 成を論じた書物である︒テーマは堅いが︑ や原典を容易に読みこなせない門外漢にと けであるが︑この種の考証の難解な専門書 献史からみた夏王朝問題の検証で︑おもに 専門外の読者にも理解できるよう平易な文 史が概観される︵﹁第一二章 域間交流の問題が取り上げられ︑二里頭を 的な類書と異なる最もオリジナルで新鮮な ルーツをさぐる国家的な重点課題として取 朝の探索は︑現代の申国にあっては︑国の 探索﹂︶︒その後︑夏の王都と目される河南 れたのち︵﹁第六章中国的世界の形成﹂︶︑ 中心とする放射形のネットワークが想定さ 分が本書の中核であるとともに︑事項羅列 り組まれており︑近年飛躍的に成果が蓄積 省二里頭遺跡の宮殿遺構をはじめとした発 四期に区分された二里頭文化のうちの三期 後半が︑考古学からみた夏王朝という本 されてきている︒しかしながら︑日本も含 化の時期の環境・生業・生活の側面が紹介 掘調査成果︑同遺跡を指標とする一一墨頭文 に王朝が成立したことが確言される︵﹁終 っては︑非常にありがたい部分である︒ めた中国外の研究者は︑王朝問題に慎重で 章 甲骨文と考古資料の双方で裏付けられて 積極的発醤を圓避している︒その実状をふ される︵﹁第四章王権の誕生﹂︑﹁第五章 部分といえよう︒ まえて岡村氏は︑新石器時代から青銅器時 二里頭文化の生活扁︶︒具体的には︑王権と 考古学からの 代へ︑農耕社会から都帯の成立へといった︑ いる股︵商︶王朝に対して︑先行する夏王 章で著された普及書といえる︒ 一〜 後め都︑その六キロ東方の葺師城遺跡は︑ ある︒指標となった二里頭遺跡は夏王朝最 籍の内容にも精通した氏ならではの成果と 中国考古学の該博な知識とあわせて︑古典 した岡村氏の整理はすこぶる明快である︒ なお本書は︑考古資料のとりあつかいも いえよう︒ 発掘成果と古典籍の考証から︑それを攻略 した股湯王の都である︑というのが中国で いに刺激される︒例えば︑いささか複雑だ 示唆的な視点が多く︑対象地域を越えて大 が︑工里頭文化・二里岡文化というのは土 いのはそれだけで︑夏王朝のほとんどの部 の逓説であるという︒もっとも︑確からし 分は伝説の世界の中にとどまっており︑未 土器の変化とが︑レベルが異なっているこ 治的な事象と︑庶民の日常生活を反映する という王朝の交代と︸致しない︒高度に政 器にもとつく区分であって︑夏・段︵商︶ 解決の課題も山積していることがわかる︒ 意外なことに︑二里頭文化の領域は︑王 どにすぎず︑夏王朝は勢力拡大に積極的で 都の二里頭を中心とする半径一〇〇キロほ なかったらしい︒広大な中国大陸からみて 影響を及ぼして変化させていく過程を︑本 との反映なのだが︑やがて前者が後者にも 朝たるべき条件を備えていたわけである︒ に熱心な日本考古学の研究者達にとって︑ 書は非常に具体的に示している︒土器研究 いかにも狭小と感じるのだが︑それでも玉 それは何か?︒﹁礼制﹂である︒有力者の ルーツという点でいえば︑邪馬台国論争が 参照に値する事例だろう︒また︑国家の 権益維持装置としての宮廷儀礼すなわち礼 制の整備をもって︑王朝成立とみるのであ とも多いのだが︑果たしてわたしたちはそ 想起される︒発掘成果が新聞紙上を飾るこ る︒それは︑考古学的には礼器としての玉 空間たる富殿遺構などとして確認される︒ ても活用できているのだろうか︒いささか れらを人類史の普遍的課題の研究資料とし 器の体系や飲酒儀礼に用いる銅酒器︑儀礼 二十世紀の清朝末まで︑歴代王朝に連綿 不安である︒その解決のヒントを本書に探 と継承されたもののはじまりが工里頭三期 二〇〇三年一二月 のこそ礼制であるという︒中国の国家形成 二五〇頁 にあり︑四千年の中国文明を特徴づけるも ︵A5判 すというのも︑有効な活用法と思われる︒ に関して︑このような礼制をキーワードと 講談社 税別一九〇〇円︶ ︵伊藤淳史 京洛大学埋蔵文化財研究センタ⁝助手︶ (413) 127