カリフォルニア州フリーモントのテスラ工場の様子(2016年)。
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こんにちは。パロアルトインサイトCEOの石角友愛です。今回は、アメリカのオハイオ州で2月に起きたノーフォーク・サザン鉄道の貨物列車脱線事故を例に、優秀な人材がソフトウェア産業に流れる中、どのようにアメリカのものづくり産業を建て直すべきかについてお話したいと思います。
日本ではあまり報道されていませんが、アメリカのオハイオ州イーストパレスチナで2023年2月3日、鉄道の脱線事故が起きました。これにより、塩化ビニールを含む危険な化学物質を積んだ38台の列車が脱線し、環境への悪影響が問題視されています。3月14日には、同州司法長官が、オハイオ州が鉄道会社を提訴したと発表しました。同州司法長官は、この事故について「完全に回避可能な問題だった」と述べています。
そして、この事故をきっかけに、意外にもソフトウェア業界からものづくり産業の衰退を嘆く声が上がるようになりました。例えば、元コインベースCTOのバラジ・スリニヴァサンがその一人です。
バラジ氏は、アメリカにおいて、近年では優秀な人材の多くが「権威ある仕事」として金融、法律、医学、政治、あるいはソフトウェア工学といった職に流れており、結果としてものづくり・建築・電気系といったインフラに関わる人材が減少している傾向が見られるという点を指摘しています。
そして、このことが原因で、建築物やインフラのメンテナンスの質が低下したり、インフラそのものが劣化したりしているのだと結論付けています。
優秀な人材が不足することで引き起こされる問題は、単純なインフラ劣化の加速だけではありません。優秀な人材が製造業に流れないことによって、メンテナンスの質自体が低下してしまうことも重大な問題です。
NBCニュースの報道によると、米国の主要な鉄道会社では、利益を追求するために列車の長さを伸ばしているにもかかわらず人員削減が行われており、2011年から2021年にかけて、機器のメンテナンスを担当する労働者は40%近く、列車の運転士は27%近く減少しているといいます。そのため、冒頭でご紹介したノーフォーク・サザン鉄道の脱線事故も、人員不足が原因で引き起こされるヒューマンエラーやメンテナンスが不十分なことなどが原因で引き起こされたと考えることもできるでしょう。
アメリカのものづくり業界の課題
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アメリカのものづくり業界はさまざまな課題を抱えていますが、代表的なものは以下の通りです。
1. 労働力不足
全米製造業者協会(NAM)の調査によると、製造業では2030年までに210万件もの人手不足が発生する可能性があると言われています。これは、労働力の高齢化、若い世代の製造業への関心の低さ、他産業との競争力低下などが原因だと言われています。
2. サプライチェーンの混乱
コロナ禍で引き起こされたサプライチェーンの問題は、他のどの産業よりも製造業に影響を及ぼしています。NAMの2022年第3四半期の調査によると、10人に8人近く(78.3%)の製造業者が、サプライチェーンの混乱が主要な課題であると回答したといいます。
3. インフレ
サプライチェーンの混乱と密接な関係にあるのがインフレです。商品や原材料が手に入りにくくなると、必然的に価格が高くなるためです。原材料価格の上昇に加え、製造業者は運賃・輸送費(85.4%)、エネルギーコスト(54.4%)の上昇に直面しています。また、労働力の確保と維持が難しくなり、賃金、医療、その他の福利厚生に多くの費用を支払わなければならなくなっています。
では、こうした課題をどのように解決できるのでしょうか。その鍵になるのが、ソフトウェアのアプローチです。
前述のバラジ氏は、製造業とソフトウェアのアプローチを融合することによって、製造業を再び盛り上げる必要があるといいます。
テスラでは、AIを活用することで車の製造を自動化しています。このように、ソフトウェア技術そのものを製造業に活かすことも可能ですし、ソフトウェアで培ったノウハウを抽出して製造業に生かすこともできるのではないでしょうか。
例えば、バラジ氏は、以下のように、ソフトウェアのメンテナンスに対するアプローチが製造業にも使えると提唱しています。
ソフトウェアにダウンタイムや遅延が少しでも発生すると、会社役員やエンジニア、ベンチャーキャピタリスト達は多大な損失を被ります。そのため、ソフトウェア業界ではモニタリングやデブオプス(開発担当と運用担当が連携・協力し、フレキシブルかつスピーディーに開発するソフトウェアの開発手法)、ダッシュボードの構築に多大な労力を費やしています。このことが、今後の製造業でのアプローチへのヒントとなるのです。
具体的には、ソフトウェアのメンテナンスへのアプローチを、物理的なメンテナンスに当てはめて考えると良いでしょう。製造業においても、ダッシュボードやロボット、その他あらゆる工程を自動化することで、人の怪我や関与を減らすことを考えるのです。
もちろん、製造業にはソフトウェアの文化に当てはめることが難しい側面もあるでしょう。例えば、人命に関わる自動車や飛行機を扱う場合、より厳密なコーディングの実践が必要です。
しかし、ITスペシャリストは実際に電気自動車(テスラなど)を作り、今では超音速飛行機(Boom Aero)まで作っています。ここに道筋があるのです。
ITのスペシャリストたちが、テスラやスーパーソニック航空機を開発できるのであれば、ソフトウェアとハードウェアが融合したアプローチも不可能ではない、というわけです。
Airbnb共同創業者の「建設ベンチャー」が注目されるワケ
まさにこのバラジ氏のアイディアを体現するように、テック業界のアプローチを建設に導入したスタートアップが今注目されています。元々Airbnbの創業者ジョー・ゲビア氏が立ち上げたSamaraは、プレハブ建設をメインとした事業を展開している会社です。
Samaraは自分の家の庭にプレハブ式住宅(ADU:accessory dwelling unit)を簡易的に建てられるサービスを提供しています。公式サイトによると、最短7カ月ほどで家を建設できるようです。価格は3800万円程度から。ソーラーパネルが標準で設置されており、新しい不労所得源になることを期待するホームオーナー向けに大きな市場を狙っていると言えます。
自分の家の庭にプレハブ式住宅を手軽に建てるサービスを提供する建築スタートアップSamara。430平方フィート(約40平米)のStudioの場合、28万9000ドル(およそ3800万円)から、550平方フィート(約50平米)のワンベッドルームの住宅の場合、32万9000ドル(およそ4300万円)から建設できる。
SamaraによるADU設置までの流れは、具体的には以下の通りです。
Samaraのプレハブ住宅(ADU)を設置するまでの流れ。
このように、全工程をSamaraが管理するということです。家を建てる際にはゼロから建てるのではなく、工場で建築されたプレハブハウスを指定された場所に運んで設置する流れになっています。
プレハブハウスの設計と生産効率、及び販売フローにおけるリードタイム短縮も狙っているのか、SamaraのADUでは、カスタムメイドの間取りを作ることはできません。しかし、ADUの特定の要素をカスタマイズすることは可能で、例えば外装や屋根の色、窓やドアの配置、ソーラーパネルの設置の有無などは選べます。
出典:Samara
出典:Samara
ジョー・ゲビア氏は、WSJの取材に対して、
「かつて、自分の所有地にADUを建てたいと思って調べたところ、選択肢が圧倒的に少なかったのです。ADU事業は、この当時の不満が生み出した小さな種が元になり、花開いた結果とも言えるものです」
と答えています。
ADU事業では、Airbnbで培ったデザインの強みやユーザーエンゲージメント、データ活用のノウハウが建設業界に生かされることが期待されています。こういった新しい建設ビジネスの形は、衰退している製造業において一つの可能性になるでしょう。
テスラが3月1日に開いた投資家向け説明会「2023 インベスターデイ」。
出典:テスラ「2023 Investor Day」のスクリーンショット
先日のテスラのインベスターデイのプレゼンテーションでも、今後予想される大量生産モデルの実現のためにも、生産効率を最初から考えた上で、車のデザインをすることの大事さをテスラの従業員が発表していました。このように、生産現場のオペレーションや効率を理解した上で、逆算的にソフトウェア開発やデザインをしていくことの重要性が今再認識されていると言えます。
ソフトウェアとものづくりは、以前より「(失敗してもコードを書き直せばいいというスタンスの)カジュアル」と「(失敗するとリコールリスクを負うため完璧にしなければいけないというスタンスの)シリアス」という対比で、混じり合うことがない産業として語られてきました。
しかし、半導体産業の構造の見直しをアメリカが積極的に図り、国内に製造工場を積極的に建設中の今、改めて製造業を建て直し優秀な人材を確保するための仕組みづくりが大事なポイントになってきていると言えます。