霊
『今昔物語集』巻27-25 夫が死んで3年たった秋の夜。笛の音とともに、夫の霊が生前のままの姿で、妻の部屋を訪れる。夫は「死出の山越えぬる人のわびしきは恋しき人にあはぬなりけり」と詠歌し、「私は日に3度、冥府で焦熱の苦を受けている」と告げて、消えた。妻は「これは夢か?」と思ったが、夢ではなかった。
『清経』(能) 西国落ちした平家の武将清経は、前途を悲観して豊前国柳が浦に投身する。彼の死の知らせが都の妻のもとにもたらされた夜、妻の夢枕に清経の亡霊が現れて、修羅道の苦しみと成仏の喜びを語る。
『篁物語』 小野篁が異母妹を妊娠させる。怒った母が異母妹を一室に閉じ込め、やがて異母妹は死ぬ。死んだ異母妹は幽霊になり、夜な夜な来て小野篁と語らう。死後三七日(=21日)の間は、あざやかに姿が見えた。四七日(=28日)になると、時々見えるようになった。3年を過ぎると、夢にさえはっきりとは見えなくなった。
『クリスマス・キャロル』(ディケンズ) 小さな事務所を持つ守銭奴スクルージの前に、ある年のクリスマス前夜、7年前のイヴに死んだ共同経営者マーレイの幽霊が現れる。マーレイは「私は生前の強欲の報いで、1年中でこのクリスマスの時期に、もっとも苦しむのだ」と語り、「スクルージよ、お前にはまだ救済の望みがある」と言う。マーレイは「これから3人の精霊がやって来る」と教えて去る→〔クリスマス〕1a。
『ジャン・クリストフ』(ロラン)第9巻「燃ゆる荊」 ジャン・クリストフと親友オリヴィエは、パリのメーデーの騒乱にまきこまれ、離れ離れになる。オリヴィエの安否が不明のまま、クリストフはスイスへ逃れ、宿の一室でオリヴィエが来るのを待つ。夜、背後で扉の開く音が聞こえ、1つの手がクリストフの肩に置かれる。クリストフは振り向き、オリヴィエが微笑んで立っているのを見る。クリストフが「とうとう来たね」と言うと、オリヴィエの姿は消える。クリストフはオリヴィエの死を知る。
『敦盛』(能) 熊谷直実は一の谷の合戦で平敦盛を討った後に出家し、名を「蓮生」とあらためた。蓮生が敦盛の菩提を弔うべく一の谷を訪れると、敦盛の幽霊が草刈り男の姿で現れる。その夜、念仏する蓮生に、甲冑姿の敦盛の幽霊が、討死のさまを再現して見せる。
『忠度』(能) 旅僧が須磨の浦を訪れると老人が現れ、1本の桜の木をさして、「平忠度は戦死してこの下に埋められた」と教える。老人は忠度の幽霊であり、その夜花の下で眠る僧の夢に、甲冑姿で現れる。
『頼政』(能) 諸国一見の旅僧が宇治の里を訪れる。老翁が旅僧に声をかけ、平等院へ案内する。老翁は、院内の扇形の芝を示して「昔、源頼政が平家との合戦に敗れ、この芝の上に扇を敷いて切腹した。今日がその祥月命日だ」と教える。老翁は頼政の幽霊であり、その夜の旅僧の夢に甲冑姿で現れて、宇治川の合戦のありさまを語り、舞う。
『源氏物語』「若菜」下~「柏木」 光源氏は六条御息所の死後、その旧宅と隣接する敷地とを合わせて、広大な六条院を造営した。しかし御息所の霊は成仏せず、光源氏への恨みを抱いたまま、六条院とその周辺をさまよっていた。御息所の死後20年近くを経た頃、光源氏の最愛の人・紫の上は重病になり、幼妻・女三の宮は出家した。御息所の死霊は憑坐(よりまし)の口を借りて、「すべて私がしたことだ」と光源氏に告げた。
『古本説話集』上-27 左大臣源融の造営した広大な河原院は、彼の死後、宇多院の所有になった。ある夜、塗籠(ぬりごめ)から源融の幽霊が出て、「ここは我が住む家である」と恨み言を述べた。しかし宇多院に叱りつけられ、幽霊は退散した〔*→〔閨〕1の『江談抄』第3-32に類話〕。
『幽霊と未亡人』(マンキーウィッツ) グレッグ船長は、自ら設計したお気に入りの屋敷に住んでいたが、就寝中にガスヒーターを蹴り倒し、ガス漏れのために死んでしまった。船長は死後も屋敷に愛着を持ち、幽霊となって住み続ける。屋敷を借りた未亡人ルーシーを脅して追い払おうとするが、ルーシーも屋敷が気に入ったので、出て行こうとはせず、幽霊と未亡人の共同生活が始まる→〔冥婚〕5。
★2c.居城が解体され移築されると、幽霊もいっしょに移築先へついて行く。
『幽霊西へ行く』(クレール) 18世紀スコットランドの豪族グローリーの息子マードックは、死後、幽霊となっても昇天できず、居城に住み続けた。20世紀になってアメリカの実業家が城を買い、フロリダに移築する。マードックの幽霊も城と一緒に船に乗り、大西洋を渡る。城の移築完成披露パーティに、2百年前にグローリーを侮辱したマクラガン(*→〔天国〕5)の子孫が、やって来る。マードックの幽霊は、マクラガンの子孫を脅して、先祖の無礼を謝罪させる。
『外套』(ゴーゴリ) 50歳過ぎの万年9等官アカーキイは、なけなしの金をはたいて新調した外套を、追剥に奪われる。外套なしのアカーキイは、ペテルブルグの寒風に扁桃腺を冒されて、急死する。アカーキイは死後すぐ幽霊となり、夜ごとに往来の人々を襲って彼らの外套を奪う。しかし、かつて彼を叱りとばした長官の外套を剥ぎ取った後は、その外套がアカーキイの身体にぴったり合ったのであろう、幽霊は姿を現さなくなった。
『へっつい幽霊』(落語) 佐官屋が、博打で得た3百両をへっついに塗りこめておくが、河豚(ふぐ)に当たって死んでしまう。佐官屋は3百両に思いが残り、へっついを買い取った男の所へ、幽霊となって出る〔*『耳袋』巻之5の類話「怪竈の事」では、5両を竈に隠して死んだ法師が幽霊となる〕。
*幽霊が、隠しておいた銅貨2枚を捜しにくる→〔硬貨〕4の『くすねた銅貨』(グリム)KHM154。
*幽霊が、生前にもらった恋文を気にかける→〔恋文〕4の『葬られた秘密』(小泉八雲『怪談』)。
*死者が転生後も、現世に残した物に執着する→〔転生(動物への)〕2。
『百物語』(杉浦日向子)其ノ68 死んだ女房が幽霊となって、昼も夜も井戸端にたたずむ。夫が「何に執着しているのだろう?」と思い、井戸底を浚(さら)うと、こんにゃくが見つかった。女房が死ぬ少し前に、誤って井戸に落としたのだ。以来、幽霊は出ない。人というものは、こんにゃく1枚で彼岸へ渡れぬものらしい。
★4a.一人だけが霊の姿を見る。
『今昔物語集』巻27-21 紀遠助が勢田の橋で怪しい女に呼びとめられる。彼は馬から降りて女と言葉を交わし、小箱を託される。遠助の従者たちには女の姿が見えず、「我が主は下馬して意味もなく立っている」と不思議に思う。
『実盛』(能) 他阿弥上人が、篠原の里で連日説法をする。1人の翁が毎日聴聞に来るが、その姿は上人以外の人には見えなかった。上人が翁と言葉を交わすのを、人々は「独り言だ」と思う。翁は2百余年以前に戦死した、斎藤別当実盛の幽霊だった。
『三国志演義』第29回 呉の孫策は、于吉仙人を「妖術使いである」として、兵に命じて首を討たせる。その直後から孫策は、于吉の霊に悩まされるが、于吉の姿は孫策にしか見えない。孫策が于吉の霊に剣を投げつけると、剣は于吉の首を討った兵に当たり、兵は死ぬ。やがて孫策も病み衰えて死ぬ。
『雑談集』(無住)巻9-4「冥衆ノ仏法ヲ崇ル事」 重病の僧が、梵網経の読誦を聴聞していると、浄衣姿の老翁が後方で聴聞しているのに気づく。老翁は冥衆で、その姿は病僧1人にしか見えなかった。
『ハムレット』(シェイクスピア)第3幕 母ガートルードを詰問するハムレットの前に、父王の亡霊が現れる。ガートルードには亡霊の姿も見えず声も聞こえない。父の霊と語りあう息子を、気が狂ったのかと彼女は思う。
*マクベス1人が、バンクォーの亡霊を見る→〔宴席〕3aの『マクベス』(シェイクスピア)第3幕。
*九条殿師輔公だけが、百鬼夜行を見る→〔百鬼夜行〕1の『大鏡』「師輔伝」。
*冥府の鬼の姿は、連れて行かれる人だけに見える→〔酒〕2bの『酉陽雑俎』続集巻1-880。
『遠野物語』(柳田国男)23 佐々木喜善氏の曾祖母の死後二七日(=14日)の逮夜(=前夜)。親戚が集まり、夜更けまで念仏を唱えて、帰ろうとした時、門口の石に腰掛けて向こうを向いた老女がいた。その後ろ姿は、死んだ曾祖母そのままだった。これは大勢の人が見たので、誰も疑わなかった。
『怪談牡丹灯籠』(三遊亭円朝)10・12・14 死霊となったお露が萩原新三郎の家を訪れるが、四方八方にお札が貼ってあるので中に入れない。女中お米の死霊が隣家の伴蔵に百両を与え、「裏窓のお札をはがしてくれ」と請う。伴蔵はお札をはがし、翌朝新三郎の死体を見いだす。
『今物語』第38話 ある人の夢に、影のようなものが現れ「紫式部である」と名乗った。紫式部は、生前に虚偽の話(=『源氏物語』)を書いたために地獄で苦を受けており、「『源氏物語』の巻名を読み込み、『南無阿弥陀仏』と唱える歌を詠んで、供養してほしい」と請うた。
『イリアス』第23歌 アキレウスと部下の兵たちが、戦死したパトロクロスの遺体を囲み、彼の死を悼む。その夜、パトロクロスの霊がアキレウスの枕元に立ち「亡霊たちに妨げられ先へ進めぬので、私が冥府の門をくぐれるよう、早く葬ってほしい。火葬にしてくれたならば、再び冥土から戻ることはあるまいから」と請う。
『日本霊異記』下-16 寂林法師が夢を見る。生前、邪淫ゆえ幼い子を捨てて顧みなかった女が、罰を受けて苦しむ。女は「我が子成人(なりひと)が、我が罪を許してくれるだろう」と寂林に訴える。寂林は、里を巡って成人を捜し出す。成人は造仏・写経をして、母の罪を償う。
『南総里見八犬伝』第6輯巻之5下冊第60回 夜の庚申山を越える犬飼現八が、岩窟で赤岩一角の亡霊に出会う。亡霊は「17年前、私はこの山の妖猫に殺された。妖猫は私に化けて里に下りた。息子角太郎(後の犬村大角)は化け猫を父と思って仕えている」と現八に語る→〔猫〕7。
『英草紙』第8篇「白水翁が売卜直言奇を示す話」 投身自殺したはずの茅渟官平の幽霊が、下女の前に現れて血の涙を流し、さらに領主の夢枕に立って「可開火下水」の句を示した。それは、「自分は妻の情夫に絞殺されたのであり、竃(=火)の下の井戸(=水)に死体が沈んでいる」と訴えているのだった。領主は、情夫と妻に罪を白状させ、死罪にした。
『ハムレット』(シェイクスピア)第1幕 深夜、デンマーク王の亡霊がエルシノア城の胸壁に現れる。亡霊は「私は昼寝中に毒蛇に噛まれて死んだ、と言われているが、そうではない。弟クローディアスが、毒液を耳にたらし入れて私を殺したのだ」と息子ハムレットに語り、「父の恨みを晴らせ」と命ずる。ハムレットは復讐を誓う。
*ノック音で、「殺されたこと」「死体のある場所」などを伝える→〔霊界通信〕2の『オカルト』(ウィルソン)。
★6c.死者が、骨と化し・鳥となって、「自分は殺されたのだ」と訴える。
『踊る骸骨』(昔話) 七べえが、友人だった六べえの骸骨を踊らせ(*→〔橋〕9)、方々の村で見せて金を儲ける。七べえは、今度は自分の村で儲けようと思い、村へ帰る。すると骸骨が、集まった村人たちに「おれは六べえだ。七べえに殺されたのだ」と言い、村人たちに七べえの悪事を訴える。村人たちは怒って七べえを殺す(新潟県長岡市前島町)。
*骨で作った笛が、「私は兄に殺された」と訴える→〔笛〕6の『唄をうたう骨』(グリム)KHM28。
『びゃくしんの話』(グリム)KHM47 継母に殺された男児が、鳥となって「お母さんがぼくを殺した(*→〔継子殺し〕1)、お父さんがぼくを食べた(*→〔人肉食〕4a)」と鳴く。細工職人も靴屋も粉引きも、「唄の上手な鳥だ」と言って聞きほれる。継母だけが、鳥の唄声を恐れて耳をふさぐ。鳥は、石臼を継母の頭に落として、継母を殺す。
★7a.生きた人間だと思っていたら実は幽霊だったことが、後にわかる。
『雨月物語』巻之1「菊花の約(ちぎり)」 播磨国の丈部左門は、赤穴宗右衛門と義兄弟の契りを結ぶ。夏、丈部は出雲へ旅立つに際し、「9月9日に帰る」と約束する。当日、丈部は早朝から赤穴を待ち、夜更けになってようやく赤穴がやって来る。丈部は喜んで赤穴を家に招き入れるが、赤穴は無言で、料理にも手をつけず、やがて「自分は現世の人間ではない」と語り出す→〔魂〕9a。
★7b.生きた人間だと思っていたら幽霊で、幽霊だと思っていたら生きた人間だったことが、後にわかる。生者と死者の逆転。
『切符』(三島由紀夫) 洋服屋の松山仙一郎は時計屋の谷を見て、「妻が自殺したのはこの男のせいだ」と思う。仙一郎と谷を含む4人がお化け屋敷を見に行くが、仙一郎は異様な恐怖を感じ、さらに出口で妻の姿を見て驚愕する。我にかえった仙一郎は、「どうして、『妻が自殺した』などと錯覚していたのだろう」と、不思議に思う。その時、妻が「谷さんは私にふられて自殺したのよ」と言う。
『南総里見八犬伝』第5輯巻之2第43回~巻之5第49回 漁夫ヤス平(姥雪世四郎)と息子の力二郎・尺八郎が、犬塚信乃ら四犬士を助けて敵と戦う。力二郎・尺八郎は行方知れずになり、ヤス平は河に沈む。それから5日後の夜、ヤス平と力二郎・尺八郎が、彼らの妻たちのもとへやって来る。妻たちは「ヤス平は幽霊で、力二郎・尺八郎は生者だ」と思う。ところがヤス平が手持ちの包みを開けると、力二郎・尺八郎の首が出てくる。ヤス平は水練の名手で死なず、力二郎・尺八郎は敵に銃撃されて死んだのだった。
『狗張子』(釈了意)巻1-6「北条甚五郎出家、附冥途物語のこと」 長尾謙信の家老である北条丹後守の弟・甚五郎が、20余歳で病死した。しかし「まだ寿命がある」というので現世に戻されることになった。その途中、甚五郎は、戦死した傍輩長七から「父母に我が供養を請うてくれ」と頼まれ、「私と会った証拠に」と簪(かんざし)を託される。蘇生した甚五郎が長七の父母に簪を届けると、長七の父母は、「息子の棺に納めた簪だ」と言って泣いた。
*楊貴妃の亡魂に会った証拠のかんざしと小箱→〔装身具〕3の『長恨伝』(陳鴻)。
『善知鳥(うとう)』(能) 陸奥の外の浜まで行脚する僧が、途中、立山地獄(*→〔山〕7aの『今昔物語集』巻14-7)に立ち寄る。前年死んだ外の浜の猟師の霊が現れ、「我が妻子のもとを尋ねてほしい」と請い、「自分と会った証拠に」と、着ている麻衣の片袖を引きちぎって僧に手渡す。僧は片袖を猟師の遺族に届け、それは猟師の形見の衣とぴったり合わさった。
『片袖』(落語) 富家の娘の墓を悪人があばき、簪や衣装を盗み取った。悪人は六部姿となって、娘の百ヵ日法要の場を訪れ、「立山地獄で娘の幽霊から『供養のため高野山へ祠堂金50両を納めてほしい』と頼まれた。これが証拠だ」と言って片袖を示す。紛れもなく娘の棺に納めた衣装の片袖なので、父親はすっかり信用し、祠堂金50両と路用の50両、計百両を六部に与えた。
『小桜姫物語』(浅野和三郎)78 1人の人間が現世に生まれると、産土(うぶすな)の神様から上の神様にお届けがあり、神界からの指図で、必ず1人の守護霊が附けられる。人間が歿(なく)なる場合にも、まず産土の神様が受けつけた後に、大国主命様が死者の行くべき所を見定め、それぞれ適当な指導役を附けて下さる。つまり現世では主として守護霊、幽界(霊界)では主として指導霊、のお世話になるものと思えばよい。
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