はてなキーワード: ASDとは
俺も非モテ男性の一員なんだけど、同じ非モテ男性のほとんどが自己肯定感が低いという自認でいるのが驚きで、これは違うくて、非モテ男性の問題のほとんどは自己肯定感が高すぎるところにあると思う
ぼくは社会から認められる人間だ、無条件に受け入れてくれる女性が現れるべきだ、という思想を持っているのがその典型
普通の人間はその思想自体が高望みであって、求めて与えられるものではないから、勝ち取らないといけないと理解していると思うんだけど、非モテ男性はその考えも至らず、誰かが餌を与えてくれるのを待っている
非モテ男性がはASDやADHDのような発達障害に多くて、親が過保護な家庭で育ったか、あるいはネグレクトを受けた家庭で発生しやすいのもうなずける
親に大切に扱われてきて、自己肯定感が高すぎるために友達もいないで、歪んだ精神を矯正されないまま大人になってしまったのが非モテ男性だと思ってる
はてなでよく相談している非モテ男性もいかにも自己肯定感が低いように見せかけて、自分は愛されたいだけ、人並みの幸せを得たいだけと主張する
けれど、自分から勝ち取るための努力はせず、高い自己肯定感を守るために、努力をしても明後日の方向にしか努力ができないから、相談内容も最終的にはぼくは悪くない、ぼくを認めない女が悪いという主張になってしまう
そうした非モテ男性の多くは女性は大切に扱われている、と思っているんだろうけど、それは全くの間違い
むしろ社会で女性ほど粗雑に扱われている生き物はいなくて、小中高でも、大学でも、会社でも、ありとあらゆる場所で、女だからという偏見で見られてチャンスを与えられなかったり、勝ち取ったのに与えられなかったり、あるいは与えられても他の男に奪われたりする
女性はそういう厳しい環境に身を置いてるから、本当に自己肯定感が低くて苦しんでいる人が多いし、中には自ら風俗業になってしまう人もいるんだけど、その現実が見えていないか、または見ようともしていない
非モテ男性のモテないという苦しみは、男社会でぬくぬくと生きてきて、あらゆるものを得てきた男性が、次は女性がほしいと言っているだけにしか感じられないから、全く共感できない
肥大した自己肯定感と、自分の現状をよく踏まえて、なぜ無条件に自分は愛されるべきだと思えるのか、なぜ女にモテないことを自分のせいだと認識できないのか、非モテ男性はいまいちど自問してほしい
ASDの人だと、
「人に任されている仕事をしている(あるいはできるようになる)」という肌感覚がないまま、
今は「訓練」「練習用」でも、就職したらそれは「人に任されている仕事」。
そういう感覚がうまく習得できていないという事実を、残念ながら職員も利用者本人も(そしてその家族も)理解していない。
だから就労移行支援利用者の就職率は低い上に6ヶ月後の在職率も低い。
ASD当事者の私自身の失敗談、というか最近になって自分自身の考えを深く掘り下げられるようになって思ったことだったんだけど…これに気づくまでに10年もかかってしまった。
ここで言うASDは精神医学的な診断基準を満たす人ではなくて、自閉症スペクトラム指数が高い人くらいの意味。
これは何も独自の説でなくて、STEM系の分野の人の自閉症スペクトラム指数が高いことを示す論文なんかも実際ある。直感的にもシステム的に考えるASD的な思考様式はSTEM系の分野とマッチしてるし納得感はある。
だから、エンジニアや研究者の文化がASD的な文化……クッション言葉や前置きをおかない端的なものになりがちなのは、仕方ないという気はする。ASD的な人が多ければ、ASD的なコミュニケーション様式が主流になるというか。
ただ、それ故に定型発達的なコミュニケーション様式との衝突が起きがちだし、営業なんかは明らかに真逆の文化なので、それが「性格が悪い」という印象にもなるんだろうね。
反応してる増田にもはてブにも尊大型ASD多すぎて迷惑なので、似たようなことを言ったことがあったり相手に共感するなら診断してほしいわ。
「これは普通の範囲」とか言ってるけど本当に普通なら営業・デザイナーとは円滑円満にやり取りが出来てるのにエンジニア連中とだけ険悪になってる状況がおかしい。
エンジニア連中が自分のコミュニケーション能力が著しく低いのを普通って言い張ってるだけ。
チクチクするために言ってるから刺さったなら狙い通りとか言ってるのもただ幼稚。いい歳して中二。
自分がそれ以上にやり返されないのは主張が正しいからではなく、同じ知能を持つ人間ではない人型の虫みたいに思われてるからだと早く気付いたほうが良い。
これほんとに奇妙なんだけどASD傾向あると人間じゃないもの、動物や物や絵等様々な物に対して異常に感情移入してしまう現象があるらしい、なんでだよ、人間にも感情移入しろよ
hib3 軽度のASDだけど、抽象的なことができないのにふわっとした羊羹投げられて具体化数値化する作業任されすぎてて鬱になった。仕事内容向いてなさすぎる
自分の場合、抽象的なことができないというわけじゃないと思う。
例えば、法律を調べるのは苦ではない。
その助成金の根拠法令の本文から施行令に飛ばされ、施行令から地方税法に飛ばされ、地方税法の本文から附則に飛ばされ、孫引きひ孫引きしながら、自分が助成金を貰えるかどうかを、源泉徴収票や証券会社からの年間取引報告書をもとに電卓を叩いたりした。
読み方がわからなかったら、それも調べて読む。
医師が予想したとおり、優秀に見られることが多いように思う。
(実際、自分でも平均以上だとは思っていた)
チームリーダーになって切り盛りしろとか、後輩の指導とか、そういうことができない。
いっそ、こっちが客とか、向こうが客というわかりやすい関係ならいいと思う。
こっちが客で要求する立場だったら、材料から方法からスケジュールまで全部指定して、できないところはできないといってくれればいい。
教える必要もない。わかるんだったら任せるし、わからないんだったら自分でやるだけだ。
向こうが客だったらその逆をすればいい。
指示にだけ従う。どんな難しい要求でも、個人の力量で出来ることだったら個人の力で解決する。
組織とは、1人1人の役割、1人1人の能力、1人1人の思いがつなぐ大きな物語なのだと思う。
有能な人はたくさんの仕事を、無能な人は無能なりの仕事をこなし、だからといって無能な人は無用化と言えば、そうではない。
1人1人の能力は数値化されていない。
また、あの人とこの人は不仲、あの部署とこの部署はライバル、競争や貸し借りがある。
無駄なように思えても、今に至る歴史があって、なるべくして今の形に落ち着いてる。
個々人の人間関係や組織の利害関係を考慮して仕事の再配分をすることができない。
刻一刻と変化する情報を汲み取り、柔軟に対応することができない。
いつも、自分にとってはベストを尽くしたつもりでいるが、おそらくいつも浮いているのだと思う。
犬を蹴とばし、小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走って、褒められると思ったところ、
「どうして犬を蹴飛ばした?」
「ちゃんと橋を渡れ」
「お前が走ってどうする」
「どうして裸なんだ?」
と叱られる。
(もちろん、これは誇張した例えではあるが、実際にそれに近い行動をしてとがめられている)
これまで、何度も転職したが、いつも突然にやめてしまっている。
今回は退職ではなく突然の休職ではあるけれども、似たような感じではある。
友人がいないわけではないが、友人とは結婚式などで会うだけで、交流は久しくない。
今回も、もう戻れないような気がする。
そして、40代の今、こんな形でやめたら、次は好待遇の仕事はない。
常に正社員だったのと、生来の倹約なのと、資産運用が上手くいったのとで、手取り年収の15倍くらいの蓄えがある。
運用が上手くいっても少し厳しいが、その前に親が死んで遺産が入るだろうし、近くのヤマトで仕分けのバイトでもすれば、無職でも生きていけないかなと目論んだりしてる。
まあ本当にベストな環境は周りに増田の特性を理解してもらい、曖昧な表現や暗黙の了解を排除した指示やコミュニケーションに変えてもらうことなんだろうが、ASDについていくら説明したとてそれが実行出来る奴(能力的にも心情的にも)はほとんどいないんだよなあ
学校や職場に心理士を配置して発達障害を持つ学生や社員への困りごとに介入して補助するための部署ができるような社会になればいいのにな
東大にはそういうのあるって聞いたけど
ASDの人は念の受け取りに難があるから、言語で機能補償しようとして、ロジックや言語能力が高まる傾向にある。
しけし盲目の人は、目配せの存在を知っているし、文字の存在も理解している。
これに対して念の存在を知らないまま、言語だけで生きていこうとするのがASD者だ。
あと、帰脾湯なども効くと、漢方ニキが言ってたな。
「きぐすり 軽度認知機能障害」や「きぐすり 自律神経失調症」、「きぐすり 更年期障害」でググると、効く漢方薬が出てきて、確かにASDの症状には効いた。
ASDやADHDなど病院で何らかの診断貰った人が“発達障害系とかの支援”という曖昧な表現しているのに違和感を感じます。
なんらかの発達障害の診断を受けた人は、その特性の強さや困り感に応じて、国や自治体が定めた支援内容が決まっていますが
具体的に何の発達障害があって、何の支援を受けたかったが受けられなかったのか?
を書かないと賛同は得られにくいのでは。
この文だと発達障害と自己判断しただけのようにも見えるし、そうだとしたらいくら発達障害にあたる症状があっても、行政は助けようがないです。
コンビニのセルフレジで毎晩水と食料買ってたらオーナーからお前のせいでバイトが居着かないから来ないでくれと
言われるような地獄
これも非モテの範疇を大きく超えていて、もはやモテとは別の話になっているけれど
メンタル系の病院に行って、ここに書いた悩みやここに書かれていない悩みも伝えて欲しいです。
発達検査がまだなら発達検査もして、支援に繋がって欲しい気持ちです。
疾患によっては投薬で少しは楽になることもあるので。
俺は数年前に発達障害(ASD)の診断を受けてるんだけど、今日仕事で電話していて急に気付いた。
普通の人って電話で会話するのそこまで苦じゃないと思うんだけど、自分はかなり気合い入れないとできない。相手の話を集中して聞き、自分が話すことを頑張って構築しないと、話せないんだ。
集中したら電話で会話できなくはないんだけど、かなりエネルギーを使ってしまって、ヘトヘトになってしまう。
それで今日も頑張って電話で話をしてたんだけど、途中で緊張の糸が切れて、相手が何を話しているか、そして何を話していいかわからなくなった。
で、「なんかこれ、以前にもあったな…あ、そうだ!高校生の頃、人の会話の間に入るのが苦手だったけど、これも障害のせいだったのか!?」と気付いた。
相手の話も頭に入ってこなくて、何を話していいか分からなくなるのは、障害のせいだったんだ。
高校生の頃の話をすると、学園祭の打ち上げで、ファミレスで男女8人くらいで話す機会があって、みんなは楽しそうに話すんだけど、その輪に入れなくて…。
発達障害は友達が作りづらい(一人になりがち)という場合があって、自分もそうなんだけど、その原因として、会話が苦手というのがあるんだって、そう思った。
今まで会話できないのは自分が悪い、なんとかして話せるようにならないと!と思ってたんだけど、障害なら仕方ないし、変えるのではなく受け入れていった方がいいなって思えた。
高校生の頃はまだ世間が発達障害について理解がなかった時代だから、どうしようもなかったよな…。
友達がいないのも発達障害が原因なんだろうな…って思ったら、悲しさもあるけど、自分を責めることはないかなって思えた。
今後は話せない自分を責めるんじゃなくて「障害だから仕方ないね」って自分に言ってあげることにする。
それだけで自分が少し救われる気がするよ。
前に採用事務をやっていた会社では、リスクチェッカーなるものを取り入れていた。もちろん応募者側には別の名前で伝えられている。内容としては、応募者に心理テストのようなものを受験させ、障害の有無や犯罪傾向を炙り出すというものだった。これがなかなか酷い代物で、ASDの可能性、ADHDの可能性、その他10項目ほどの犯罪傾向を示す欄が設けられていたのだった。犯罪傾向というのは、暴言と暴力、窃盗、性的逸脱、虚飾などを指す。これがそのまま受験結果に書かれているとえらいことなので、PDF上ではタイプ1、タイプ2なんて書かれていたりする。
割と出やすいものは虚飾で、自分をより良く見せようとしている傾向が強い場合、ここにチェックが入る。仕事探しなんてまあみんなある程度は誇張表現やより良く自分を見せようとするのは当たり前で、だからこのタイプはあまり重視されることはなかった。
当然ながらこの結果は応募者に知らされることはない。けれども、まあ、見ていて不快になる内容ではあった。導入する意図はわかるが、それでも胸糞悪い気持ちになるので、結局私はそこを辞めた。