夢中と依存の狭間 任天堂・岩田社長が守りたいもの
「3DS」「Wii U」の逆襲(後編)
Wii発売から丸6年。Wii Uは据え置き型の家庭用ゲーム機で初めて、タッチパネル液晶画面が付いた「タブレット端末」のようなコントローラー「ゲームパッド」を採用した。が、株式市場やメディアの評価は、そのお披露目から今日まで厳しい。
昨年11月に1万円台だった株価はWii U発売後、8000円台に下落し、年が明けても低迷したまま。「DSやWiiを超える驚きがない」「2画面によってゲームが複雑化する」などメディア各社やアナリストらの辛口な論調も残る。では消費者の評価はどうか。
メディアクリエイト(東京・千代田)によると、Wii Uの国内販売は発売5週目となる1月6日までで69万4370台。最初の3週間はWiiに並ぶ勢いだったが4週目以降は減速、5週目の累計販売台数ではWiiと22万台以上の差が開いた。一方、北米におけるWii Uの累計販売台数は昨年12月末までに89万台。岩田社長は、この「成績」をどう見ているのか。
Wii Uの魅力、「使えば使うほど『じわじわ』くる」
「私はね、毎週の数字がどうかとか、何週目までの数字がWiiと比べてどうかとかって、あんまり意味がないと思っていて。一喜一憂してもしょうがないだろうと」
「ただ(Wii Uについて)手応えがある半面、まだまだ我々がやらなければいけない、乗り越えなければいけない課題はたくさんある。その両面があると思っています」
乗り越えなければいけない課題。その最たるものは、岩田社長自身も「Wii Uは、お客さんにご理解いただくのに少し時間がかかるだろうなと思っていた」と認めているように、テレビと手元に2画面があると何のメリットがあるのか、Wii Uの魅力をどう伝えるかだ。
「購入いただいた方には、起動やソフトウエアの切り替えのスピードにご不満があることは別として、これは改善しますけれど、2画面に関しては、ああゲームパッドって持ってみると意外といいな、と思っていただけている。テレビ画面と組み合わさった手元画面の重要性やよさは、使えば使うほど『じわじわ』くるんですけれど、それはまだ使った人にしか伝わっていない」
「DSは勝ち目がないと誰もが思った」
しかし、人は革新性に後から気づくものだ。携帯型ゲーム機で初めて2画面を搭載したDSも、最初の評価は「さんざんだった」と岩田社長は振り返る。
「任天堂は気でも狂ったのか、やけくそになったんじゃないか、みたいな感じからDSは始まってね。ちょうどソニーさんが『PSP』を出した時で、DSは勝ち目がないと誰もが思った。そういう論調だったけれど、例えば『脳トレ』や(薄型・軽量の)『DS Lite』によって変わっていった。それって全部、ああそういうことかって、後から思ってもらえるんですね」
「むしろWiiが例外でね。Wiiの時は、DSブームで皆さんに注目していただけていて、たまたま最初にリモコン状のコントローラーを手に持ってテニスをするデモをお見せできて、誰の目にも分かりやすく、一瞬でご理解いただけた」
「これも運が良かったんですけれど、ちょうど大画面の平面テレビが普及しつつある時期で、リビングルームにちょっと広い場所もできた。最高の追い風がいっぱい吹いたことで、最初のお伝えするという苦労がなかったんです」
「考え抜いた結果、一番筋がよかった」2画面のアイデア
「運」だけで片付けるつもりはないが、それでもWii Uは運に恵まれなかった。景気は6年前以上に冷え込んでおり、スマートフォンやタブレット端末など家庭用ゲーム機並みの高品質なゲームを手軽に楽しめるデジタル機器が一気に普及した。Wii Uはそれらとの対比で語られ、特にタブレットのようなコントローラーは「まね事」と捉えられてしまった。
「我々は2008年から、もう1つ画面があったらいいよね、という話を始めていました。2画面というのは、ほかに考えてないことはないというくらい、考え抜いた結果、一番筋がよかったんですね。で、これが正解に違いないと思って、09年にはもうこれでいくぞって決めて走り出したら、世の中に(米アップルの)『iPad』というものが出てきた」
「iPadが出てから2年半がたち、Wii Uを発売する頃は、ちょうどタブレットブームで、『任天堂はタブレットをゲーム機に付けただけ、今回は革新性なし』みたいな印象を持たれてしまった。タブレットなるものが世の中に生まれる前から我々は2画面でいこうと決めていたのに、任天堂にしては後追いだね、みたいな感じになってしまってね……」
iPad以前に、タブレットのようなコントローラーを考え、しかもテレビ画面のゲームと連動する仕組みを思いついていた任天堂。Wii Uは分かりやすいソフトを用意できなかったからダメだ。遅きに失した――。そう切り捨てるのは簡単だが、やはり何をどう考え抜いたのか、知りたい。岩田社長は丁寧にWii Uの生い立ちを説明し始めた。
ゲーム機の宿命だった「テレビへの寄生」からの独り立ち
「私たちは、家庭の中でのテレビゲーム機のあり方を変えようとしたWiiを、もっと高い次元で結実させるためにできたのがWii Uなんです。Wiiのチャレンジって、『リビングルームにもう一回家族が集まって遊ぼうよ』だった。お茶の間復権だった」
「地上デジタル、平面(薄型)テレビ以前は、家の中のテレビが増えていって、子ども部屋や寝室のテレビにゲーム機をつないで1人で遊んでいた。それが、家に大きくていいテレビが入ってきたので、これを娯楽に使わない手はないということで、家の中でばらばらだった家族に、もう一回、リビングルームに集まってもらうことに成功しました」
「でも、そうなるとテレビって共有物ですから、ゲームをしない人にとってゲームをする人は邪魔なんです。ジレンマですね。だから、Wii Uを作るにあたって、テレビを見たいから邪魔だっていわれた時にどうしよう、というのがすごくあった。(社内の議論で)いろんな解決案が出た中で、ゲームパッドにまとまっていったんです」
未来のテレビ「スマートテレビ」の先取り
家族や友だちをリビングルームに集め、みんなで会話しながら一緒になって楽しむゲーム機。考えてみれば、「ファミリーコンピュータ」の時代はそうだった。いわばリビングルームでの交流を促す「ソーシャルゲーム機」が、Wiiの目指すところだった。
ところが、ゲーム画面が大型テレビを占有することで、不平不満を抱える家族も出てくる。であれば、ほかの家族がテレビを見たい時は、ゲームの続きをリビングに残ったまま手元の画面で楽しめるようにすればいいのでは、という発想がWii Uの起点だった。岩田社長は続ける。
「ゲームパッドを考えついた頃、私は絶対に未来のテレビのリモコンも、ゲームパッドのように画面の付いたものになるんだとも思いました。いわゆるスマートテレビですね。テレビでインターネットを見られるようにしようという試みはずっとテレビ屋さん(メーカー)がされてるんですけれど、決定打がないのは、普通のリモコンで文字入力をするのがたまらなくつらいからなんです。手元で字を読んで、ぱっと触って、タイプして、っていうリモコンは、まだない」
「で、テレビって買い替えサイクルが短くても5年。長くて10年ですから、多くの家庭がこのあいだ買い替えたばかりで、当面、すぐにはスマートテレビへの買い替え時期は来ない。そう考えているうちにね、ああ、これは(ゲーム機で)未来のテレビの先取りをすればいいのか、ということを同時に思いつくわけです。リビングのテレビを使った娯楽体験全体を変えられると」
「みんなで見たら面白いものが、ネットにはたくさんある」
「みんなで見たらもっと面白いぞ、というものがネットにはたくさんあるわけです。動画サイトも、買い物をすることも、旅行の計画を立てることも、この1月に始めますけれどグーグルマップの『ストリートビュー』を見ることも」
「そしたら、これらもまとめて娯楽にできたら、自分はゲームにいっさい興味がないっていう家族の人も、Wii Uっていうのは隅に置けない存在になるというか、自分に関係があるものになるなと」――。
12年6月、世界最大のゲーム見本市「E3」で任天堂はWii Uを初披露。「テレビと手元の画面、2つの視点をプレーヤーに提供することで、まったく新しいゲームの体験を提供できる」とプレゼンテーションした。
すると、一部メディアは「ゲームパッドは機能が多く、初心者が使いこなせるか不安」「2画面を使った複雑なゲーム体験が初心者離れを引き起こす」などと酷評した。
DSとWiiでライトユーザーの取り込みに成功した任天堂が、今度はゲーム好きのヘビーユーザーを満足させる方向へ変節したと見る向きも多い。しかし現実は、違った。岩田社長は改めて宣言する。
「私は『ゲーム人口拡大』を今でも思っていますし、自分の一生をかけてやっていきたいことです。『お母さんの敵にならない』は健在です。前は、そういう意識ってゲーム屋さんの頭にまったくなかったから、私、やたらいいまくっていた時期があるんですけれど、今はあまりいっていない。もうみんな意識してくれているのでね。ですけれど、発想は変わりません」
続いていた「ゲーム人口拡大戦略」
「で、実現しようと思うとゲーム機の社会受容性を高めないといけないんですね。例えばゲームは遊ばないけれどユーチューブは見るよって人がいたとして、その人がゲームパッドに触り慣れたら、ゲームへの敷居は大幅に下がる。あるいは今まで、母親が見たい番組があるのに子どもがゲームをやめられないといってケンカになるみたいなことが起きていたけれど、じゃあ子どもがゲームパッドで遊ぶよって切り替えたら、家における社会受容性が変わると思うんです」
発想の起点は、相変わらず「ゲーム人口拡大」――。2画面であれば、ゲーム好きにも新たな体験を提供でき、満足させられるかもしれない。ゲームだけではなく、例えばWiiの人気コンテンツだった「カラオケ」は、ほかの人が歌っているあいだにカラオケ店のごとく、手元のゲームパッドで選曲を進めることも可能になる。あるいは、ゲームパッドで子どもがゲームを続けたとしても、リビングの見える範囲だから注意ができる。
だから、岩田社長は「考えれば考えるほど、2画面は筋がいい」と思ったのだ。
Wii Uはリビングでの交流だけを重視しているわけではない。もちろん、ネットを通じた交流を促す「武器」も仕込んである。「Miiverse(ミーバース)」というWii U専用の交流サイト(SNS)機能だ。誤解を恐れずにいえば「任天堂版ツイッター」であり、「任天堂版ソーシャルゲーム」の交流インフラでもある。
任天堂版ツイッター「ミーバース」の意味
Wii Uの発売からまもなく、岩田社長は海外の任天堂関係者、複数の人から、こんなことをいわれた。
「どうも、ツイッターなどのSNSで任天堂ファンの旗色が悪くなっている。調べたら、今まで任天堂寄りの発言をしてくれていた人たちがミーバースでハッピーな状態にあるので、ネットでは発言しなくなってしまったようなんです」――。
ミーバースをのぞいて見ると、「スーパーマリオのこのステージでメダルがやっととれた!」「いいなー」「みんなはマリオランドのどこが好き?」といった投稿であふれていた。
ゲームをプレー中でも、そうでなくとも、手元のゲームパッドの「HOME」ボタンからゲームパッドの画面にミーバースをいつでも呼び出して、つぶやいたり、閲覧したりすることができる。投稿は文字に加え、HOMEボタンを押した時のゲームのキャプチャー画面、さらにはゲームパッドで描いた手書きイラストも可能だ。
投稿は、ゲームタイトル別の「コミュニティ」に対して行い、公開範囲はフェイスブックのように、全員、友だち(フレンド)のみ、などを選択可能。ほかのユーザーからはコメントや、いいね!に代わる「そうだね!」といったリアクションが得られる。友だち(フレンド)とは別に、好きなユーザーを「フォロー」することも可能で、友だち関係であればプレー中のゲーム対戦に誘うなど、直接メッセージのやりとりもできる。
この任天堂が自前で立ち上げたミーバースが盛り上がっているというのだ。国内ユーザーからも、このミーバースを絶賛するブログ記事などがちらほら出始めた。岩田社長は語る。
「今からSNSを作るなんてバカげているといわれた」
「最初にミーバースの話をした時は、今からSNSを作るなんてバカげていると。なぜフェイスブックやツイッターと連携しないのかって、ずいぶんいろんな方にいわれたんですね。けれど、我々がこうなったらいいよねって思うことが、ほとんどそのまま実現できていて、今のところですが、実際に使っているお客さんにも楽しんでいただけています」
「ツイッターやフェイスブックのソーシャルグラフ(関係性)って、一緒にゲームを楽しむものじゃないんですよね。私は立場上、ツイッターやフェイスブックを自分で使ってないですが、もし使っているとして、例えば一緒に飲みに行こうとか、旅行しようとか、同窓会しようよとか、そういう人たちと、ゲームを一緒にしようよという人は、全部は重ならない。私が『マリオカート』でハイスコアを出したことを、私は高校の同級生にいえないですから(笑)」
ミーバースは単なる情報交換のツールではない。ミーバースをゲーム体験の一部として楽しめるような工夫が随所に凝らされている。
例えばWii Uの電源を入れると最初に表示される「わらわら広場」。ミーバースで話題となっているソフトのアイコンが表示され、そのアイコンに向かって「Mii」というWiiから導入された各ユーザーの似顔絵付きのアバターが、無数に集まってくる。すべて、そのソフトで実際に遊んでいる人のMiiで、吹き出しには生のコメントが表示される。見ているだけで楽しく、今人気があるゲームが直感的に把握でき、ライブ感も伝わってくると評判だ。
「宮本作品」に想起した共感ネットワーク
一部の対応ソフトでは、そのソフトの中にミーバースが統合されている。例えばWii U向け「スーパーマリオブラザーズ」では、プレーヤーの投稿がマップ上に登場。ほかのユーザーがどのステージでどんなことを感じたのか、ひと目で分かる。岩田社長が強調するのは「共感」だ。
「任天堂はずっとそう思ってやってきましたが、ゲームっていうのは、ゲーム機を触っている時間だけじゃなくて、やっとここをクリアしたとか、ここで裏技を見つけたとか、人とあれこれ語ることも面白いんですよ。それは何かというと共感なんですね」
「これは宮本(茂専務)と何年もずっと話していて、(マリオシリーズや『どうぶつの森』など)宮本が作る任天堂の商品が世界中でうける理由は、共感ということに尽きるなと。宮本が好きなものは、共感されるもの、共感できるもの。そういうことを感じていた時に、ミーバースの原型の提案をうけて。あ、これは共感ネットワークだなと」
任天堂版ソーシャルゲームのインフラへ
「じゃあ共感をテーマに、ゲームを1人で遊んでいる人が孤独を感じず、みんなで楽しめるものにしよう、みたいなことでできたのがミーバースだった。そのためには、ゲーム機のプラットフォームの中で一貫して、一体化して提供する必要があったんです」
ミーバースに参加していない人にも共感を広めるために、いずれ、ミーバースの投稿内容はパソコンやスマホから見られるようにしていくと岩田社長は話す。「まだ時期を具体的には言及でないが、遠い先ではない」。さらに、3DSにもミーバースを広げていく考えだ。
昨年11月発売の3DS向け「とびだせ どうぶつの森」は、今年1月6日までに260万本以上が売れる大ヒットとなった。ユーザーは、ツイッターなどで面白さを共感し合い、ゲームの中でも交流して楽しんでいる。いわば、任天堂が考える「ソーシャルゲーム」の一つだ。
岩田社長はいう。「もし、3DSにミーバースがあったら、大変なことになっているだろうなと。いずれ、ミーバースとどうぶつの森が一体化したら、もっとすごいことを起こせるチャンスがある」
ゲーム人口拡大を起点とし、考え抜いて作られた2画面のWii U。そして、プレー以外の時間も共感でつながり、楽しめるよう作られたミーバース。共通するのは「もう一度、本当のゲームに没頭してほしい」という熱く、強い思いだ。
任天堂が守り抜く不文律
しかし、ゲームに夢中になってくれるのはいいが、娯楽が過ぎて依存してしまう存在になり、家族の嫌われ者や社会悪になるのだけは避けたい。常にゲームというものについて回る「夢中になる喜び」と「過度の依存」という難しいバランスをとる最適解を、任天堂は今回のWii Uで示したといえる。その根底に流れるのは、「健全で楽しい娯楽の世界、笑顔を守る」という任天堂の不文律である。
任天堂は、とにかく客が泣いたり傷ついたりすることをよしとしない。ひたすらに笑顔を追求する生粋の娯楽企業だ。任天堂の創業家、山内溥(ひろし)前社長の時代から流れる通奏低音のようなもので、その考えは岩田社長に引き継がれた。
DSやWiiの設計思想の根底は、お母さんやお父さんを敵に回さないこと。あえて、ゲームのやり過ぎを抑制する仕組みも取り入れた。いかに客を依存させるか、いかにお金を使わせるか、を競い、急成長した、いわゆるソーシャルゲームの世界とは、考えが根本から異なる。
例えばソーシャルゲーム各社は、ゲームを通じて援助交際などの被害に遭う未成年児童数が増え、警察当局から「警告」を受けてから、ゲーム内でやり取りされるメッセージの監視・削除を始めた。動きが遅かったグリーはピーク時、発覚しただけでも半期で数百人もの被害児童がいた。未成年者が数十万円も課金してしまい、社会問題化しているのは周知の通りである。
対して任天堂のミーバースは、愉快犯を抑制するためにあまり広報していないが、最初から24時間、有人の監視体制を敷いている。岩田社長が「個人情報は即、削除。15分以上、出ていることはない。何かあってからじゃ遅いですから」というほど徹底した体制だ。
後からの追加課金システムについても、岩田社長は「そもそも青天井の課金がしにくい構造。毎回、課金画面が出てきたり、あるいは1000円単位でチャージをしなければいけなかったりするわけで、ボタンを押し続けるだけで、どんどん課金されることはない」と話す。
岩田社長の考える「ニコニコ原理主義」
岩田社長はWiiを発売した頃、よく社内で「ニコニコの連鎖」の話をしていた。
「ゲームが面白いというニコニコ、親子の会話が増えたというニコニコ、おじいちゃんが歳をとっても明朗快活でいられるというニコニコ、何でもいいからお客さんが笑顔でいられることを目指そう。やりがいで社員もニコニコできるし、業績が上がれば投資家もニコニコする。その連鎖がうまく回れば任天堂は持続可能な組織となり、社会に対しても責任を果たしていけるよね」と。
任天堂は何の会社なのか。かつてそう聞いた時、岩田社長はこういった。「笑顔創造企業。それが娯楽産業のあるべき姿なんじゃないですかね」――。
むろん、きれいごとばかりはいっていられない。営利企業、そして上場企業である以上、利益を追求するのは当然だ。業績回復へ高いハードルがあるのは間違いない。3DSは息を吹き返しつつあるが、Wii Uの魅力を一発で世間に伝えるソフトが今後、現れるかは未知数。広義のゲームデバイスや参入企業があふれ、人々は昔ほどビデオゲームに驚かなくなっている。
業績公開以来、初の赤字転落は「任天堂最大の危機」と報じられ、投資家の目線は冷ややかだ。何より岩田社長は自分自身で作ってしまった「記録」と戦わなければならない。09年度の売上高、1兆8386億円。営業利益、5552億円。常にこの奇跡のような記録と比較され、叱咤(しった)されるが、ソニーやマイクロソフトといった家庭用ゲーム機の競合より好調でも、褒められることはない。
しかし、任天堂にとっては繰り返しにすぎず、不文律を曲げるようなことではない。
「失意泰然、得意冷然」
かつて経営の多角化で倒産寸前に追い込まれた任天堂を救ったのは「ゲームウオッチ」と「ファミコン」だった。ソニー陣営が「プレイステーション」で躍進し、任天堂は約10年ものあいだ家庭用ゲーム機の王座を引きずりおろされたが、DSとWiiがそれを救った。
山内前社長は「必需品ではない娯楽の商売をやる以上、勝てば天国、負ければ地獄」という持論を岩田社長に教え、「失意泰然、得意冷然」という座右の銘を残した。運に恵まれない時は慌てず泰然と構え努力せよ。恵まれた時は運に感謝をし、冷然と努力せよ、という意味だ。だから岩田社長も目先の利益に固執することなく、愚直なものづくりに研さんする。
創業123年、任天堂の長い歴史からすれば、まだ傷は浅い。現金などの内部留保もまだ4100億円以上ある。岩田社長に新年展望を聞くと、こう返ってきた。「13年は新ハードはないですから、ソフトで驚いていただけるよう、喜んでいただけるように頑張ります。ゲーム専用機ビジネスの明るい未来を多くの方に実感していただける年にしたいと思います」。短く、淡々としているが、その泰然とした相変わらずの姿勢に、任天堂の強さと覚悟を感じた。
(電子報道部 井上理)