ピコ太郎 関連動画で潤う
コンテンツ産業で新潮流が起きている。データ通信速度の高速化やデジタル編集技術の急激な進歩で、コンテンツの発信と受信が誰でも手軽にできるようになった。個人レベルを含めて新規参入者による新しいビジネスモデルが台頭する一方、既存のメディアは変革を迫られる。
「アーン、アッポーペン」――。ヒョウ柄衣装にパンチパーマの男が、珍妙な歌で踊る「PPAP」の世界的なフィーバーが止まらない。この1分8秒の動画が投稿サイト「ユーチューブ」で公開されたのは8月25日。わずか2カ月強で再生回数は8000万回を突破した。
演者のピコ太郎さん自身がメガヒットに驚く。「スタジオを借りて10万円で作った動画が世界に広がっていくっていうのは、ネットってスゲー!」。10月28日の日本外国特派員協会の会見では、興奮を隠さなかった。
ピコ太郎さんはエイベックス・グループ・ホールディングス傘下のレーベルに所属するタレントだ。動画には広告が表示されるため、そのフィーがエイベックス経由でピコ太郎さんの懐に入る。
ユーチューブは広告単価を明らかにしていないが、オークション形式のため、再生回数が多く見込める動画の方が単価は高くなる。再生1回につき0.025~1円になっているもよう。これを基準にPPAPの現時点までのフィーを計算すると推定200万~8000万円となるが、実際はその数倍になっている可能性が高い。なぜか。
インターネットで人気の作品で問題になるのが、演者や所属事務所がまったく関知していない非公式投稿だ。触発された者が、音楽や踊りをものまねしたり、オリジナルをデジタル編集で別物に改変したりした動画を、許可無く勝手に投稿する。著作権・著作隣接権者の対抗策は、これまでは投稿サイトへ削除を要請するか、泣き寝入りするしかなかった。
その状況を変えたのが、ユーチューブが2007年10月に導入した「コンテンツID」だ。不正動画を効率的に見つけだし削除する仕組みとして開発されたが、オリジナルの権利者が「対抗策で稼ぐ」機能も備えていた。著作物侵害の作品に広告をつけて、その広告収入を正当な権利者が総取りする機能で、最近、その絶大な効果に気付いた音楽・映像関連企業が積極的に活用するようになっている。
具体的な仕組みはこうだ。著作権者が動画や音楽といった著作物のデータをユーチューブのシステムに登録する。ユーチューブ側では、動画であれば1コマごとに指紋のようなものを自動作成する。ユーチューブに投稿された動画もすべて指紋をとって、システムに登録されたデータと照合する。一致した場合は、投稿した人が誰であろうとも、正当な権利者の著作物とみなす。
著作物として認定した場合、動画を公開させない「ブロック」、公開するが記録する「トラック」、広告の収入を著作権者に帰属させる「マネタイズ」の3種類の手段を著作権者は選ぶことができる。マネタイズを選択すれば、再生の前に流れる広告の収入はものまね作品の投稿者ではなく、オリジナルの著作権者に入る。利益を第一に考えるなら、もはや非公式投稿は禁じるより推奨すべきものだ。
ピコ太郎さんのPPAPでは、エイベックスがマネタイズを選択している。非公式とコラボレーションを認めたものを合わせた関連動画は7万件以上あり、再生回数は公式の6倍以上の5億回に達している。これらの広告フィーも、エイベックスとピコ太郎さんの収入となっているのだ。
コンテンツIDの技術そのものも劇的に進化している。米グーグル(現持ち株会社アルファベット)は、ユーチューブを傘下に収めた2006年以降、コンテンツIDに6000万ドル(約60億円)以上を投資した。照合技術が高度化し、動画の場合、ゆがみや反転、周辺に枠がついているといった加工をしても判別が可能だ。音声の場合は、速度やキーが変わっていても、オリジナルとの関連を見破る。
これにより、目視で判断し削除しか方法がなかった著作権の保護は「劇的に変化した」(グーグルの水野有平執行役員)。現在、コンテンツIDには世界中のテレビ局や映画会社、レコード会社など8000社以上が3500万以上の指紋を登録し、4億以上の動画をチェックしている。
コンテンツIDは日本でも活用が進む。著作権管理のネクストーン(東京・渋谷)は20社の1万5000曲を登録している。特に人気なのはアニメ系の楽曲で、好きな楽曲を編集したベスト盤的な作品や、自分の動画のBGMにして投稿していることが多いという。
ネクストーンは契約先に対して、コンテンツIDの活用を勧めている。権利者は部分的にブロックを選ぶ作品もあるが、大半はマネタイズを選ぶことが多いという。スマホでの動画視聴が一般的になってきた今はネットからの排除ではなく、「作品をネット上で広めるかを考えつつ、稼げるようにするほうが健全な状況」(伊藤圭介執行役員)になってきている。
作品によっては、関連動画がネット上で拡散することで宣伝効果が得られる場合もある。その場合、投稿者も作品の収益に貢献したともいえる。オリジナルの著作権者が利益を総取りするのは、行き過ぎなのではないか。Win-Winの関係を模索すべく、任天堂は折衷案に取り組む。
ゲーム関連で多い動画が、一般ユーザーがプレーしている画像の投稿だ。ゲーム画面や音楽は任天堂の著作物としてコンテンツIDでは任天堂の収益となっているが、同社は15年からプレー動画の投稿から得られる収入を投稿者と分け合う仕組みを取り入れた。
投稿者は事前に住んでいる地域や、支払先となるペイパルのIDを登録する。その上で動画をユーチューブに投稿すると、そこからの広告収入のうち6~7割を投稿者が得ることができる。日本ではスーパーマリオメーカーやゼルダの伝説、マリオカートなど多くの作品が対象となっている。
コンテンツIDはこれまで全世界累計で20億ドル以上を著作権者に還元した。ただ効果が出ているのは収益面だけではない。コンテンツIDではどこの地域で見られているかなどを把握できる。
例えばピコ太郎さんのPPAPの場合、なんと東アフリカのウガンダで動画再生回数が1位となっていることがわかったという。
想定外に見られているところが分かれば、マーケティング戦略に組み込むこともできる。アナログからデジタルに対応することは「オンラインビジネスの可能性が広がる」(グーグルの水野執行役員)ことにつながる。
新潮流の進化と多様化を、どう捉え、どう活用するか。新しいビジネスのタネがそこにある。
(企業報道部 堤正治、山端宏実、荒尾智洋)
[日経産業新聞 11月9日付]