海の家をITフル武装してみた 反省あり教訓あり
山田 剛良(日経NETWORK編集長)
IT(情報技術)は店舗の売り上げ向上に役立つのか――。誰もが抱く素朴な疑問に自ら答えるためか、ある中堅IT企業が今年、首都圏近郊の海岸で「海の家」を自ら経営し始めた。見た目は普通の海の家だが、運営にクラウドを利用した最新IT技術を活用。データ分析を駆使し、メニュー開発などに役立てる。約2カ月の短期戦で得られたのは意外な成果だった。
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「自慢のシステムが現場で本当に役立つのか、肌で感じてほしかった」。システム開発を手掛けるセカンドファクトリー(東京都府中市)の大関興治社長は話す。同社は今年、江ノ島・片瀬東浜海水浴場(神奈川県藤沢市)で海の家「極鶏.Bar湘南江の島ビーチ店」を運営している。
空揚げを目玉にカレーやラーメン、ビールなどを売る。一般の海の家と違うのは店舗運営を支える自社開発の管理システムだ。POS(販売時点情報管理)レジは米マイクロソフトのタブレットのみで構築した。店員が注文を受ける端末もスマートフォン(スマホ)やタブレットだ。さらにビーチを訪れた客も自分のスマホから時間指定で食事を予約注文できる。
システムはクラウドと連携。店長はスマホやパソコンでリアルタイムに売り上げ状況をどこに居てもチェックできる。天気や気温などを加味して販売状況を分析。翌日以降の売り上げを予測し、食材の仕入れや仕込みに活用できるデータ分析機能も用意した。
ところが「やってみると見込み違いだらけ」(大関社長)。そもそも自分のスマホで予約してくる客など、ほとんどいない。大関社長は「スマホなんてロッカーに入れちゃったよ、とお客さんに言われた」と苦笑い。
忙しくなるとスマホやタブレットを使うより、伝票に書いた方が早い。気温や天気は必ずしも売り上げに連動しない。雲一つないピーカンの晴れなのに、午前中ビーチはガラガラで売り上げもさっぱり、という日も。
運営を、普段はシステム開発を手掛ける若手の技術者にあえて任せた。「涼しいオフィスを出て、熱い砂浜の現場で何が起こっているか体験してほしい」(大関社長)という考えからだ。成果は徐々に出始める。例えば午前中の人出や売上高は前日の天気予報から予測するように変えた。「予報が晴れなら雨が降っても客は来る」と分かったからだ。これは「明日の午前中はダメですね、だって天気予報が雨ですもん」というバイト店員の一言がヒントだという。
「暑い日に売れるのはビールよりハイボール」「一緒に冷やしキュウリやトマトなど野菜が売れる」「アイスクリームは午後3時以降に出る」など相関も分かってきた。現場で見聞きし気付いたことをデータ分析で裏付けて使い始めたからだ。
こうなるとIT武装の意味が出てくる。開店約1カ月で仕入れ量の設定や新メニューの開発にデータ分析をうまく活用できる好循環が始まった。
セカンドファクトリーは海の家で利用した店舗管理システムを、クラウドサービスとして顧客に提供している。スマホやタブレットなど汎用品を使い「安価ながら高機能」を実現、今後の主力の1つと力を入れてきた。しかし、この分野は競争が激しい。思ったような成果はまだ出ていない。
ITの有用性は誰もが分かるが、問題はデータの分析一つにも高い活用スキルが必要で、店舗の現場が使いこなすハードルが高い点だ。現場の課題をシステム開発者らが肌で理解できないところに本当の問題がある。
夏が終われば海の家で学んだ技術者たちは本業のシステム開発に戻る。現場で結果を出せるシステムの強みを知った彼ら若手が、同社の最大の成果といえそうだ。
〔日経MJ2014年8月18日付〕