サラブレッドとは、
概要
Thoroughbredとは「徹底的に(thorough)品種改良されたもの(bred)」という意味である。つまり競馬用に徹底的に品種改良された馬、位の意味であろう。
定義としては「父母共に『サラブレッド』と認められた馬の、自然交配による産駒」という事になる。実はこの両親共にサラブレッドと認められた、というのが実にあいまいなところなのである。
もう少し詳しく書くと、例えば、日本在来馬とサラブレッドの間の産駒がいたとして、これに4代に渡ってサラブレッド・アラブ馬・アングロアラブ・アラブ系種・サラブレッド系種を掛け合わせた場合、アラブ血量が25%未満ならサラブレッド系種と認められ(つまりサラブレッド競馬に出られる)、更にこれに8代に渡ってサラブレッドを掛け合わせた上で審査で認められれば、その馬は「サラブレッド」として認められるのである。
なんでこんなにあいまいなのかといえば、そもそも「サラブレッド」というのは馬の種族の名前ではなく品種名だからである。そもそも、自然界に大まかに存在した区分けですらない。完全に人間がそこら辺から寄せ集めた馬を掛け合わせて、速い馬をひたすら選別した結果残ったのがサラブレッド血統であるので、混血を根本否定すると成り立たないのである。
ただし、現在ではサラブレッドの血統はほとんど完璧に決まっており、混血の余地は無い。サラブレッドにわざわざ日本在来馬を掛け合わせる人なんていない。そんな馬は純粋なサラブレッドにはまず勝てないし、そもそも競馬に出せない。
300年もの間にわたって人々が思う存分金と手間と知恵を費やして造り上げたサラブレッドは「人の手の作り出した最高の芸術品」と呼ばれている。まあ、その割には人知を超えた「何か」が無いと名馬は生まれないものでもあるが……。
歴史
17世紀頃から、当時既に馬種改良を始めていた中東からイギリス貴族が馬を取り寄せ、現地の馬と掛け合わせ始めたのが始まりである。アラブ種、バルブ種、ターク種などが大量に輸入されて、ヨーロッパの馬と掛け合わされ、競馬を重ねて選別されていったのである。
アラブ馬やそれ以外の品種との競争を続け、ついに「サラブレッドこそ競走馬として最高」となったのがどうやら18世紀末。いわゆるジェネラルスタッドブックが発行され、サラブレッド血統の確立が行われたのが1791年である。もっとも、この後も「出自が怪しい馬」との混血がアメリカなどで行われ、それを嫌うイギリスとの間ですったもんだがあったりして(詳しくは「ジャージー規則」の記事も参照されたい)、現在のサラブレッドの定義が決定されたのは1969年になってからである。現在でもジャージー規則が有効だと思い込んでいる人もいるが誤りである。
サラブレッドが日本にやってきたのは明治時代で、目的は競馬のためではなく、主に軍馬の改良のためであった。このため初期には血統書の無い馬がいたり、日本在来馬と掛け合わされたりした。アングロアラブ(アラブ馬とサラブレッドの混血)の方が丈夫だし大人しいので軍馬に向いているとされたため、第二次世界大戦前にはむしろサラブレッドよりもアングロアラブの生産の方が盛んだったらしい。現在ではアングロアラブは事実上生産が停止されており、日本にいる競走馬はばんえい馬を除けばほとんどサラブレッドだけになっている。
自動車その他が発展して、乗馬・農耕馬としての用途が事実上消滅した現在、サラブレッドは「競馬にしか役に立たない」品種であると言っても過言ではない。よく「馬を無理やり走らせて、役に立たなくなったら殺してしまうなんて動物虐待だ」という意見があるが、そもそもサラブレッドは人間が競馬を止めたら即絶滅という悲しい品種なのである。
初期には主にスタミナを持った馬を生産することが目標とされたようである。なにしろ17世紀当時のレースは芝4マイルなんてものがあったのだ。サラブレッドの胴長、脚長、首長な特徴はこの頃に確立されたらしい。その後12ハロンが「クラシックディスタンス」と言われて重要視されるようになると、ある程度のスピードも必要とされるようになり、狭いダートトラックで行われるアメリカ競馬では特にそれが顕著であった。アメリカ生産馬がヨーロッパに逆上陸してヨーロッパを席巻するとヨーロッパ競馬もスピードを重視し始めた。
現在では2000m程度の距離をスピードを保ったまま一気に走り抜けられる馬が高く評価される傾向があるようだ。特に日本では硬い馬場の影響もあって「切れ」と呼ばれる一瞬のダッシュ力が重視される。
つまるところ、現在でもサラブレッドの品種改良は競馬が続く限り進行中であると言えるのかもしれない。
三大始祖
サラブレッドの父系を辿ると、ダーレーアラビアン・バイアリーターク・ゴドルフィンアラビアンというたった3頭の馬(三大始祖)に辿り着くというのは有名であるが、これは単に現生サラブレッドの父方の祖先を辿るとそうなるというだけの話であって、牝系を含めるとサラブレッドの元になった馬はとんでもない数になる。「三大始祖」という言い方も、ジェネラルスタッドブックの第1巻に記載された102頭の始祖種牡馬の父系が、血の淘汰の末今の3頭を始祖とする父系のみが現代に残っているからそう呼ばれているとされている。
ちなみに始祖種牡馬はこれ以上血統が遡れないから始祖なのであり、始祖種牡馬たち自体はどこの馬の骨とも知れない馬である。なにしろ、ダーレーアラビアンはアラブから盗んで来たとか、ゴドルフィンアラビアンはフランスで荷馬車を引いていたなんて伝説があるくらいなのだ。軍馬として活躍していたらしいと言われるバイアリータークなんかはマシな方である。
三大始祖の数代後に、ダーレーアラビアン系からエクリプス、バイアリーターク系からヘロド、ゴドルフィンアラビアン系からマッチェムが出て、現代のサラブレッド種牡馬の先祖はこの3頭から始まっている。中でもエクリプス系は最も発展しており、全種牡馬の実に9割に達する。サンデーサイレンスもミスタープロスペクターもノーザンダンサーもみ~んなエクリプスの子孫なんだから凄い話である。
ただし、これは現在の話で、18世紀にはヘロド系の方が優勢であった。そのため、現在のサラブレッド全体に占める血量割合で言うとエクリプスは10%程度。ヘロドは18%以上となる。つまり、現在のサラブレッドに最も強い影響を与えているのはなんとヘロド系なのである。父系はアホヌーラ系の馬たち、日本ではギンザグリングラスやクワイトファインが頑張らないと消えてしまいそうだが。
ちなみに、全てのサラブレッドには三大始祖の血が3つとも入っている。そのため例えヘロド系、マッチェム系の父系が途絶えてしまっても必ずヘロド、マッチェムの血はサラブレッド品種の中に残る。同じ理屈で三大始祖以外の血脈も残っており、この辺をきちんと管理すれば、サラブレッドがエクリプス系だけになっても近親配合だらけになるようなことは無い。
なお遺伝学的に見ると、父系を考える上で重要なY染色体は現在のサラブレッド全体で2系統しかなく、しかも三大始祖はすべて同一の系統だったらしい。つまり三大始祖をさらに遡った過去に、共通の父系祖先を持っていたということである。
その後エクリプスの孫だかひ孫だかで突然変異が起こり、今では96.5%の馬がこの突然変異したY染色体を継承している。父系でなければ伝わらない要素はY染色体だけ(もっとも競争能力には関係ないようだが)なので、残り3.5%の古いサラブレッドの系統を除くと、どうしても父系子孫を維持しなければならない必然性は薄い。エクリプスの子孫に限ると、古い系統を唯一残しているのが血統の話で有名なセントサイモン系だったりするのも中々面白いところである。
特徴
馬の中では軽種馬という部類なのだが、軽種馬の中では大きな馬に分類される。体高は大きな物では170cmを超える。これはサラブレッドの元になったアラブ馬よりもかなり大きい。
時速60~70kmで数分間走ることが出来る。これは競馬に特化しているからであり、長距離を持続して走る、もしくはもっと短距離でスピードを出すならサラブレッド以上の品種も存在する。
体高が高く、脚が長いため、大変見栄えが良い。ただしこの特徴のため、脚を故障し易いという特徴を持っている。また近親交配が多いために体質が弱い事が多い。
最大の特徴は気性が荒いということであろう。これはもう、他の品種に比べれば特別に酷い。なぜかと言うと、そもそもサラブレッドは競馬用の品種で、とにかく早く走れれば良いという品種なのである。このため、従順さ、扱い易さは二の次にされ、それどころか気性の荒さが勝負根性になることが多いことも相まって、特別気性の荒い馬を選別して残してしまったのである。エクリプスとかセントサイモンとか*サンデーサイレンスとか。
このため、人の言うことを良く聞く馬を当然選別した乗用馬、農耕馬などとはかけ離れて気性が荒くなってしまったのである。しかも困ったことに、生産数の問題でサラブレッドは乗用馬や馬術競技馬にも多く使われる。乗馬の素人がいきなりサラブレッドに跨って酷い目に合う例は結構多いらしい。
てか軽種馬って何よ?
- 軽種
- 中間種
- 重種
- 在来種
あまりにも複雑怪奇すぎて執筆者としてもお手上げになったので、参考文献を3つ書いておく。これ以上のことはほかの執筆者に任せたい。
軽種馬全般の登録は、所定の登録機関で行う(日本ではジャパン・スタッドブック・インターナショナル)。日本では、以下のような流れになっている(参考文献)。
- 種付けを行った際、種牡馬側、繁殖牝馬側双方で調査表を作成し、翌年5月末までに繁殖成績報告書を提出する(6月以降に産駒が生まれた場合は、出生後速やかに提出する)
- 産駒にマイクロチップを埋め込んだうえで、血統登録申込書・母馬の繁殖登録証明書・種付証明書・マイクロチップ・種牡馬側の調査表を、登録料・DNA型検査手数料とともに提出する
- 登録機関は、情報をコンピュータに登録する
- 1歳になったとき、改めて特徴の再確認審査を行い、問題がなければ血統登録証明書と個体確認書が発行される
したがって、当歳(0歳のこと)の馬は血統登録されることはないが、出生の事実に関しては記録される。1歳になってようやく血統登録が行われ、これで用途につくための下準備の第1段階が完了する。ただ、このままでは用途につくことはできない。なぜならば名前がないからである。基本的にこの段階では「(母馬名)の(生まれた年)」という血統を表す名前として使われる(馬は多胎が発生した段階で片方をつぶすのが基本。それをやらないと成長できないし、よしんば成長できたとして用途につくことすらままならないことがほとんどである(もちろん例外はあるが)。このためこれでほぼ確実に一意に識別可能である)。競走馬として登録するにしても、不出走で繁殖入りするにしても、名前は必要なので、登録機関に希望馬名の届出を行う(使える名前は「競走馬の命名規則」を参照せよ)。ここで承認された名前が馬名登録通知書で送られてくる。これにより名前がつくので、これで用途につくことができる。
減価償却
サラブレッド(というより競走馬)は、当然10万円を超えるため、減価償却の対象となる。そのルールは以下の通り(馬齢は原則)。
- 競走馬 - 2歳をもって成熟したと見做し、4年間減価償却する
- 種牡馬 - 4歳をもって成熟したと見做し、6年間減価償却する
- 繁殖牝馬 - 3歳をもって成熟したと見做し、6年間減価償却する
- その他(乗用馬など) - 2歳をもって成熟したと見做し、8年間減価償却する
国税庁の情報によれば、2歳4月から減価償却を開始するように統一して構わないとなっているため、当然減価償却は2歳4月からとなる。2歳4月から減価償却を開始すると、6歳3月末をもって残存価額が0になる。
産地
なんと言ってもアメリカで最も多く生産されている。年間3万5千頭くらいで、これは2位のオーストラリアの倍近い生産数である。
日本では最盛期、年間1万3千頭近くを生産した(ただ、この生産数は1992年の軽種馬の総数であり、このうちサラブレッド10309頭、サラブレッド系種98頭、アラブ3頭、アングロアラブ2462頭、アラブ系種2頭の合計12874頭)が、現在ではその半分近くになっている(一番底を打ったのが2012年のサラブレッド6824頭、サラブレッド系種4頭、アラブ5頭、アングロアラブ4頭の合計6837頭、その後持ち直しており、2021年にはサラブレッド7730頭、アングロアラブ3頭の合計7733頭になっている)。多くは北海道日高地方で生産されているが、青森、九州地方、千葉なんかも産地である。兎に角、地方競馬の廃止や中央競馬の不振で生産数が減っており、国内競馬で活躍した内国産種牡馬が早々に引退を余儀なくされることもあるように厳しい状況になっている。
日本のサラブレッドはバブル期に良血種牡馬を大量に輸入した甲斐もあって、既に血統は一流である。近親交配が多いサラブレッドは血統の行き詰まりが常に懸念されるので、ヨーロッパなんかでは海外から長く隔絶された日本生産界から出た種牡馬にサラブレッドの血の更新を期待する意見もある。頑張れサンデー系。
サラブレッドの一生
まず、サラブレッドは原則として、サラブレッドの種牡馬とサラブレッドの繁殖牝馬の間に生まれる。この2頭が実際に交尾しなければならない。一般に、繁殖牝馬をスタリオンステーションと呼ばれる種牡馬を繋養している場所に運んで、そこで種付けを行う。
馬は長日性季節繁殖動物で、北半球では多くの場合、2月から6月に約21日周期で繁殖牝馬は発情する。この発情に合わせて種付けを実施するわけだ。
とりあえず種付けをして、繁殖牝馬が妊娠した(うまくいかない場合、何度か種付けを試みることがある)とする。馬の妊娠期間は概ね11ヶ月程度である。こうしてサラブレッドが生まれる。生まれたサラブレッドは1時間くらいで立ち上がるとされ、2時間ほどで母馬から最初の乳をもらう。
なお、繁殖牝馬は出産後最初の発情までは約10日ほどかかるとされている。このため、毎年種付けを行い、生産を行うことが多い。ただし、種付けが不調で受胎できなかったら当然その翌年に産駒は得られないし、母体のダメージなどを考慮して1年間空胎にして回復を図ることもある。
概ね生後2・3日ほど経過すると母馬と子馬は一緒に放牧できるようになり、半年ほどすると仔別れと言って母馬と子馬を引き離す。なお、日本では2007年以降、サラブレッドにはマイクロチップを埋め込むことが義務付けられており、マイクロチップが埋め込まれた競走馬は2009年以降、当歳の1回だけ(概ね9月ごろ)個体識別検査を通せば血統登録が完了する。
この血統登録というのは、父が誰、母が誰、品種が何、性別はどちらか、毛色は何か、特徴はどのようなものかなどを登録するものである。これを行わないと、サラブレッドとして用途につくことができない。原則として、この血統登録の申し込みは、当歳の11月30日までに行う必要がある(ただし、止むを得ない場合は1歳12月31日まで認められる)。
当歳の夏から1歳の秋くらいまでの間に、競走馬は競り市にかけられ、馬主のもとへ引き渡される。
1歳の夏くらいまで生産牧場で過ごしたサラブレッドは、秋頃から競走馬になるべく育成牧場へ馬主により預託される(なお、JRAや一部競馬場が買い取ったサラブレッドは、そこが保有する育成牧場で育てられ、2歳になって改めて競り市で馬主に引き渡される)。育成牧場は騎乗馴致などを行い、競走馬として最低限必要な能力を身につけさせる。
そして2歳になって、サラブレッドは競走馬登録が行われ、晴れて競走馬の卵として、トレーニングセンターに入厩する(JRAでは1歳11月から入厩可能)。そして、ゲート練習やスピード調教などを経て、調教審査や能力試験を行い、競走馬として出走可能かの確認を行う。ここで合格となったら、晴れてデビュー可能となる。
例えば2016年に生産されたサラブレッド・サラブレッド系種の合計は6872頭。このうち血統登録に至ったのが6736頭。そして競走馬登録まで至ったのは中央・地方合わせて6281頭であった。つまり、約600頭ものサラブレッドが競走馬にもなれずに消えていった(このうち約140頭は血統登録すらされてないので、おそらく生後1年以内にお亡くなりになったもの。残りは1歳時の病気や事故でお亡くなりになったか、競走馬として不適格と育成牧場の段階で見切りをつけられたかだろう)。
競走馬として晴れてデビューできたわけだが、どこかで故障などで命を落としたりしない限り、いずれ競走馬からは引退することになる。引退後の行き先としては、以下のようなものがある。
- 繁殖 - 牝馬のうち多くは繁殖牝馬となる。牡馬は一部の成績が優秀だったり、血統背景に魅力がある馬が種牡馬となる
- 誘導馬 - 一部の牡馬は去勢の上、誘導馬となり、競馬場で馬場入りする競走馬の先導を行う
- 馬術競技馬 - 馬術競技で、アスリートが操る
- 乗用馬 - 乗馬施設にて、一般人が乗る
- 功労馬 - 実績はあげたが、繁殖にも入れなかった一部の馬は、功労馬として展示される
- セラピーホース - 心や体を癒すために用いられる
- リードホース - 仔別れした後の子馬たちの心の安定のためにいる
ただ、繁殖入りした馬が安泰かと言われるとそうではない。実績を残せなければ引退に追い込まれるだろう。なお、繁殖馬を引退した後は、功労馬になったりリードホースになったりすることもある。
だが、用途にありつけなかったサラブレッドや、そもそも競走馬にもなれなかったサラブレッド、繁殖を引退したり、乗用馬を引退して用途がなくなったサラブレッドの行き先に関しては、基本的に触れないのがお約束とされている。