イベント / EVENT
平成20年度 第6回 Q&A
第6回 2008年11月6日(木)
化学と情報学
--未来の創薬などに結びつく化学情報の体系化とは?--
佐藤 寛子(国立情報学研究所 情報学プリンシプル研究系)
講演当日に頂いたご質問への回答(全5件)
※回答が可能な質問のみ掲載しています。
化学物質の種類(数)と分子の種類(数)とは同じだとみてよいですか?
「理化学辞典」(第4版、岩波書店)によれば、"化学物質"は物質の中でとくに化学的な立場で取り扱うもの、"分子"は1個の独立の粒子として行動すると考えられる原子の結合体、と説明されています。つまりそれぞれ異なる視点から定義された言葉で、"化学物質"はマクロからミクロまで一般的な物質に対して使われる概念的な用語であるのに対し、"分子"は具体的なミクロな対象を指すものと考えればよいと思います。よく、「化学物質=有害なものですか?」という質問を聞きますが、この答えは「No」です。マスメディアに化学物質が取り上げられる際に有害なものであることが多いために生じやすい誤解だろうと思われます。
水や空気(N2、O2)は化学物質なのでしょうか?
分子であるとは分かります。化学物質は天然物分子と人工物分子を総称すると考えてよいのでしょうか?
世間では「化学物質」というと、メラミンやダイオキシンのような物質(分子)をイメージする事が常です。つまり人工物に限定した意味に使っているのではないでしょうか?
Q1の回答をご参照ください。
・化学情報学による具体的成果の例を教えて下さい。
・化学情報学は、新しい分子合成の実用化に、どの程度貢献していますか?
・化学情報学の内容を教えて頂きましたが、これを使用した現実の成果をお話しいただけませんか。現実社会と解く手法、方法として応用がきくキーとして使えるのではないかと思ったものですから。
・桶屋がもうかった事例はあるのですか?
もっとも基本的なものとしては、化学の様々な情報をデータベースとして利用できるようになったことです。化学を研究する人達にとって化学情報は不可欠なものです。たとえば、化学合成を始める前には、あらかじめ対象の化合物が新規なものか、これまでどのような合成法が知られているかを知ることが必要です。化合物やその性質、文献情報をいかにコンピュータに格納し検索できるようにするかを研究することも化学情報学=ケモインフォマティックス (Chemoinformatics)の役割ですが、この発展により、今では化学者は化学構造式をクエリーとしてその性質や文献情報などをオンラインで手にすることができるようになっています。また、NMRなどの分光学スペクトルの情報から化合物の構造を推定する研究も、コンピュータで化学情報を扱うようになった1960年代から現在まで取り組まれている長い歴史をもった化学情報学の対象分野です。複雑な構造をもつものや立体構造も含む構造推定は現在でも困難な対象ですが、比較的簡単な構造の化合物やデータが多く蓄積されている化合物群であれば、スペクトルから自動的に分子構造を決めることが可能になっています。自動測定器と組み合わせてスペクトル測定から構造式の決定までをトータルに自動的に行うことは化学系企業などで実際に利用されています。最近ではバイオインフォマティクスの分野で分子情報を取り扱う必要性から化学情報学とのタイアップが強く求められるようになってきています。
ある物質とある物質とが反応するかしないかは実験せずにコンピュータ上でどの程度予測できますか?
NIIには化学実験室は置いていないと思いますが、実証(反応するかどうか)はどのようにしておこなわれるのでしょうか?
これまで人名を冠した有機合成反応が数多く見つけられましたが、化学情報学の進歩のおかげで実験室で偶然に発見される機会は少なくなるのでしょうか?
反応の予測ができるかどうかは、対象としている化合物や解きたい問題によります。一般的には、化学反応の機構が実験的にも理論的にもよく調べられて詳細のわかっているタイプの反応群については、実用的なレベルでのシミュレーションや予測が可能ですが、多くの場合、予測は難しく、すでに反応することが実験的に知られているものについて反応機構の詳細を調べるためにコンピュータが使われています。化学反応の予測が現実的なレベルでできるようになるかどうかは、広大な可能性の中から正解=正しい予測結果を掴み取る方法論の開拓にかかっているといえるでしょう。そして、化学反応がコンピュータで予測できるようになれば、探索できる化学反応の可能性の空間が広まり、化学実験で新しい化学反応を発見したり開発したりする可能性がますます高まるだろうと期待されます。
データは多ければ多いほど、反応の予測はより正確になり、又則例も良いデータとなる。しかし、これらのデータは企業秘密の中にあり、なかなかデータが集まらないのではないか。
このような企業秘密が情報学の壁とならないか。
化学反応の情報の多くは文献に公表されています。これらのデータが化学者の間で公認されたものとして蓄積されます。むしろ問題は、こうした文献には化学反応に関するすべての情報が書かれているわけではない、という点にあるでしょう。たとえば、「進行しなかったデータ」は合成経路や反応機構を考える上で重要ですが、なかなか表に出てくることがありません。
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