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GPSでケガ減らす デジタルブラジャー、サッカーで拡大

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スポーツイノベーターズオンライン

サッカーのブンデスリーガ、ボルシア・ドルトムントの香川真司選手や、プレミアリーグ、レスター・シティFCの岡崎慎司選手らが、"ブラジャー"のようなものを身に着けて練習している風景を見たことがある読者もいるだろう。

「デジタルブラジャー」とも言われるこの装具は、背中の部分にGPS(全地球測位システム)デバイスを固定するポケットが付いている。米国が運営するGPSを含むGNSS(測位衛星システム)や、加速度/角速度センサーなどを内蔵する背中のデバイスが、選手の体の動きを計測する。取得するデータは「走行距離」「走行スピード」のほか、「加速・減速」「体の傾き」、さらに地磁気センサーを搭載する場合は「方向転換」なども検出できる。

このスポーツ向けGPSデバイスで市場をリードしているのが、オーストラリアのCatapult(カタパルト)である。同国が1976年のモントリオール五輪で金メダルの獲得がゼロと惨敗したことを受け、政府が1981年にオーストラリアスポーツ研究所(AIS)を設立。さらに1990年には産業発展などのための研究組織として共同リサーチセンター(CRC)が設立され、そこに在籍していた研究者が2006年に独立して同社を創業した。

そのカタパルトが、企業買収などを通じて"スポーツセンシング"の領域で積極攻勢に出ている。2014年にスポーツ向けGPSデバイスで競合のオーストラリアGPSportsを買収したのに続き、2016年にはスポーツの映像解析サービスを手掛ける米XOS Digital(エクソス・デジタル)、さらに一般アスリート向けにGPSデバイスを販売するアイルランドPLAYERTEK(プレイヤーテック)も買収している。

世界のビッグクラブも採用

カタパルトの顧客は、既に世界で1000社以上に広がっている(買収したGPSportsなどの顧客を含む)。最も採用が進んでいる競技がサッカーだ。海外では冒頭のサッカークラブ以外に、バイエルン・ミュンヘン(ドイツ)、チェルシーFC(英国)、レアル・マドリード(スペイン)など世界的なビッグクラブ、さらにはブラジル代表なども採用している。

国内では現在、Jリーグの11チームが採用。J1は柏レイソルや清水エスパルスなど4チームで、残りがJ2だ。J2のチームが多いのには理由がある。

既にJ1チームの全スタジアムには、専用カメラを設置してピッチ全体を撮影し、選手・ボール・審判の動きをデータ化する「TRACAB(トラキャブ)」(米ChyronHego)というシステムが導入されている。しかし、J2チームのスタジアムにはそうしたシステムがない場合が多い。このため、「GPSデバイスによるセンシングのニーズは高い」と、カタパルトで日本やアジア市場の開拓を担当する、ビジネス開発マネージャーの斎藤兼氏は話す。

2015年、FIFA(国際サッカー連盟)はGPSデバイスの試合での着用を認め、Jリーグでも2016年から試合での着用が許可された。もちろん、それ以前から練習で選手のデータを取得しているチームはあったが、試合と練習でのデータを比較したりすることが可能になった。それがサッカーで採用が多い理由の1つでもある。

他競技に目を向けると、米国ではプロバスケットボールのNBA、プロアイスホッケーのNHL、プロアメリカンフットボールのNFLのチームなどが顧客となっている。国内ではラグビーのトップリーグに所属するチームや日本卓球協会などが採用している。

ケガ人少ないチームが勝つ

プロチームなどがGPSデバイスを導入する主な目的は2つある。「ケガのリスクを下げる」ことと、「試合に向けて選手のコンディションを管理する」ことである。

プロチームにとって、選手のケガは多大な損失につながる。選手が離脱すれば、当然、戦力ダウンとなるほか、投資が無駄になってしまうこともある。NHLのデータによると、ケガによって試合に出られない選手の合計数が少ないチームほど、合計の勝利数が多くなっている。

「例えば、J1選手の年俸は平均で2000万円。もしケガをして離脱すれば、チームには月に数十万円から数百万円のマイナスになる。そのリスクを減らせると考えれば、GPSデバイス導入のメリットは大きい」と斎藤氏は語る。実際、NBAのトロント・ラプターズのように、デバイスの導入前はリーグでケガが最多のチームだったが、導入後に最小になったという事例も出ている。

コンディション管理の「評価基準」

では、GPSデバイスを使って、いかにケガのリスクを減らすのか。簡単に言うと、選手の動きに関するデータを蓄積していき、その平均値に対して、練習や試合でより多くの負荷がかかっているのかなどを見ていく。短期的な負荷は選手の疲労につながり、ケガの原因になるからだ。データを取得しておけば、仮に選手がケガをした場合、それを分析することで負荷とケガの相関が見えてくる。

具体的にはこうだ。カタパルトのGPSデバイスが取得できる指標は多いが、ケガに大きく起因するのは、運動量を示す「Volume(量)」と、運動強度を示す「Intensity(強さ)」の2つの要素だ。Volumeは「走行距離」、Intensityは「ハイスピードで走行した距離やその割合」「加速・減速」といった指標で判断する。

走行距離は腰や膝、すね、ハイスピードでの走行距離はハムストリング(太ももの裏)、加速・減速は太もも、股関節などのケガを誘発しやすい。そこで、それぞれの指標について、意図したVolumeとIntensityで運動ができているのかをコーチやトレーナーがコントロールすることで、ケガのリスクを低減する。

こんな分析も可能だ。選手が前後・左右・上下に動いた時の加速度を合計した「プレーヤーロード」という指標がある。例えば、サッカーのフォワードとミッドフィルダーなどプレーに対する要求が異なるポジションでは、走行距離が同じであっても負荷が大きく異なることもある。そんなときは、プレーヤーロードで負荷を判断し、選手の練習量をコントロールする。

「チームとしての『評価基準』ができるのが大きい」。斎藤氏はGPSデバイスを導入するメリットをこう語る。スポーツの世界では、ともすると根性論に走って過度な練習を選手に強いるケースも少なくない。データに基づく評価基準ができることで、選手のコンディションを適切に管理できるようになる。

費用はチームで年間500万円

カタパルトはスポーツチーム向けに、GPSデバイスを買い取り方式とレンタル方式で提供している。デバイスは複数あるが、GPS以外のGNSSにも対応した主力の「OptimEye S5」の場合、価格は1台40万円で、ソフトウエアの使用ライセンスが付属する。

S5をレンタルする場合、使用料は例えば3年契約で1年間当たり1台15万円程度という。サッカーでは1チーム当たり30台が必要になるので、年間500万円程度の費用がかかる。なお、カタパルトが買収したGPSportsのデバイスの場合は、S5より機能が劣る(測位はGPSのみで、地磁気センサーを内蔵しない)ため、年間300万円程度に下がる。

この価格だけを聞くと、1台数万円で販売されている一般のスポーツ愛好家向けGPSデバイスを知っている読者の中には、"高い"と感じる人もいるだろう。しかし、そこには理由がある。プロチーム向けの製品だけに、取得できるデータは2000項目とソフトウエアの機能は豊富で、さらにサポート体制も手厚い。

創業者が研究者ということもあり、社員にはスポーツ科学の専門家が多く、アジア・太平洋地域担当だけで4人を擁する。またスポーツチームで選手のコンディション管理の経験がある社員も多く、実際にチームの要望を聞いてアドバイスをしたりする。例えば、GPSデバイスの導入当初はチームに評価基準がないため、コンサルティングを通じてそれぞれのチームの評価基準作りやデータの比較の仕方などをサポートする。

結局、この価格に対する評価は、チームがどこに優先度を置くかによって変わってくる。「年間500万円という価格は(サッカーで)新卒選手を1人雇うのと同程度で、実際ここにお金をかけるチームは多い。一方で、目先の勝利ではなく長期的な視点を持ってシステムにお金をかけてケガのリスクを減らすことを重視しているチームも多い。そういうチームにとっては、費用対効果は高い」(斎藤氏)。資金に余裕があるチームを中心に世界で採用が拡大している事実は、ケガに悩んでいるチームが多い証左とも言える。

映像解析もワンストップで

カタパルトはプロチーム向けGPSデバイスでの成功を武器に、"勝負のグラウンド"を広げようとしている。

「我々の目標は、GPSデバイスによるトラッキングと映像の解析サービスをワンストップで提供すること」(斎藤氏)。プレーの映像とGPSデバイスが取得したデータを一つのシステム上で見ることができれば「どういうプレーにおいて、どの程度のスピードが出ていたか」など、より深いプレー分析とコンディション管理が可能になる。

2016年に買収したエクソス・デジタルは、映像からトラッキングデータやタグ情報(サッカーのゴールなど特定のプレー情報)を取得する技術を持ち、既に米国でアメリカンフットボールなどの競技で使われている。こうした技術資産の取得を通じ、スポーツセンシングに関わるさまざまなデータを統合したシステムの構築を目指している。

GPSデバイスが対象とする競技も増やす。デバイスのハードウエアはそのままに、アルゴリズムをファームウエアでアップデートすることで「野球」の世界に進出する。内蔵する加速度/角速度センサーで投球やスイング動作を認識。投球数、スイング数やそれらの強度を計測し、選手のコンディションを管理する。プロ野球では、投球や打球のデータを取得するシステムの導入が進んでいるが、選手の疲労に関するデータのセンシングはまだ本格化していない。開発したアルゴリズムは米メジャーリーグ(MLB)のチームと共同開発したもので、2017年内には日米のプロ野球チームに紹介する予定だ。

さらに、「サブエリート」と呼ばれる大学や高校、アマチュアのトップレベルのアスリートに向けた市場開拓にも挑む。買収したプレイヤーテックが販売するGPSデバイスを活用する。同社のデバイスは、GPSのみに対応しており、1台当たり3万円程度と安い。もちろん、カタパルトの製品のような手厚いサポートはないが、これまでプロチームで培った知見を競合との差異化に生かす考えだ。国内では2017年末の販売開始を予定している。

(日経BP社デジタル編集部 内田泰)

[スポーツイノベイターズOnline 2017年5月19日付の記事を再構成]

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