スマホの陣取りゲーム「イングレス」で街おこし
各地にある史跡などを仮想空間の拠点に見立てて陣地を取り合うグーグルのスマートフォン(スマホ)向け無料ゲーム「Ingress(イングレス)」。世界で700万人が楽しむイングレスを地域振興の起爆剤にしようと、岩手県が自治体としては世界でも珍しい取り組みを始めた。仮想現実のゲームは現実(リアル)の街おこしにつながるのか――。
建物・史跡…岩手県が「拠点」発掘ツアー
11月9日午前、盛岡市中心部の盛岡城址公園に約50人が集まった。岩手県庁に勤める有志らが主催するイベント「ポータル探して盛岡街歩き」に参加するメンバーだ。
「10人も集まるだろうかと心配だったが、こんなに膨らむとは」。県のイングレス活用研究会を主宰する岩手県秘書広報室副室長兼主席調査監の保和衛さんは思いがけない反応に驚いた。13人を募集した街歩きイベントに、応募したのは倍の26人。県庁のスタッフや岩手県立大学の学生も加えて大所帯となった。
イングレスはグーグルの社内ベンチャー、ナイアンティック・ラボが開発した。実際にある建物や彫像、史跡、壁画、橋、駅などに設置された拠点「ポータル」を奪い合い、それらをリンク(連携)して陣地の広さを競い合う。ポータルとなる物体はグーグルの世界地図情報に重ねて設定される。それをスマホの全地球測位システム(GPS)で探して攻略し、自分の陣地にするゲームだ。
東京や大阪、京都など都市部にはポータルはたくさんあり、ゲームを楽しむ集まりも多いが、岩手県を含め「地方ではまだまだ少ない」(保さん)。県研究会の調べでは盛岡市内にポータルは約60カ所しかないという。イングレスを楽しむには、まずはポータルを増やす必要がある。「ならばポータル設置をグーグルに申請するイベントを実施してみよう」と今回の街歩きを発案した。
盛岡には旧南部藩の史跡が多く、昔から石川啄木や宮沢賢治ら文化人も輩出しており、ポータル候補には事欠かない。参加50人が7グループに分かれ、市内の3地区をそれぞれ分担して歩いた。
同市の会社経営、工藤昌代さん(47)は南部藩時代の武家屋敷や商家が並ぶ通りや仏閣を巡り、「我が町にこんなに見どころが多いとは」と感心しきり。イングレスは知り合いの勧めで始め、街を再発見する楽しみに目覚めた。まだ初心者だが「県がイベントをやると聞いて本格的にやってみたい」と参加した。
約300カ所をグーグルに申請
街歩きには初心者だけでなく、本気でイングレス攻略に熱中する「ガチ勢」と呼ばれる上級者も参加。上級者になると相手の陣地を破壊して自分の陣地に切り替える技も習得している。この日もガチ勢がゲームの遊び方やポータルの申請方法を初心者に教えた。
参加者は盛岡市内のほか、岩手県内の二戸市や大船渡市、また青森県や山形県からも。青森県八戸市から参加したガチ勢の1人、会社員の今村考一さん(36)も「盛岡は史跡が多く、イングレス向きの街」と話す。
今村さんはいつもポータルを増やそうと地元や旅先で訪問できそうな史跡は由来などを調べて文章にし、エバーノートに保存している。まだポータルになっていない箇所を申請する際に「由来や歴史をきちんと説明するとグーグルは申請を認める傾向がある」と今村さんは説明する。
3時間ほどの街歩きで7グループが市内中心部の300カ所弱のポータルを申請した。「盛岡を訪れたら歩いてもらいたい場所を、ほぼ網羅できたと思う」と保さんは満足そうだ。早速、県は街歩きの様子を交流サイト(SNS)で発信した。
後はグーグル側が認めるかどうか。SNSを見たグーグルのナイアンティック・ラボに所属する川島優志さんはツイッターで「最初に動いた岩手県の独創的な試みをアシストしたい」と称賛。ネットでも「行けばよかった」「もっと別の土地でも」と支持が集まった。
初のイベントとしては「事故もなく終わり、大成功だったと思う」と保さん。仮想と現実の空間を結びつけたイングレスは、地域振興をも刺激する可能性を秘めている。
イングレス、世界で700万人が利用
2013年に正式公開したイングレスは、世界で700万人が利用している。ゲームに登録する際に緑か青かの陣営を選ぶ。スマホでアプリを立ち上げると画面に炎のようにエネルギーが立ち上って見える点がある。これが「ポータル」で、そこに実際に近づいてゲームを進める。
ポータルを「ハック(侵入)」すると様々なアイテムが出現。これを集めて経験値を高め、自分の陣営のポータル同士を「リンク」していく。3地点をリンクすると面的に「コントロールフィールド(CF)」が形成され、緑または青色に染まる。この中にいる人口の多さを競い合う。
敵陣地を破壊するアイテムも出る。これで攻撃して自分の陣地に塗り替えていく。ゲームに終わりはないが、敵陣を壊して大きなCFを作るのが醍醐味だ。次々と近くのポータルを求めて歩き続けてしまい「痩せた」という人も多いようだ。(三河正久)
[日経MJ2014年11月14日掲載]
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