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電脳将棋はもう古い 「ウソ見破れ」AI最前線

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 人工知能(AI)の進化度合いを測る"物差し"の一つとして、ながらく国内では「将棋」が使われてきた。だが、研究対象としての将棋は終わりを迎えつつある。将棋に代わり、AI分野で注目されているゲームが「人狼」だ。最新ゲームAIの実像と人狼の魅力に迫った。

プロ棋士と将棋用のAIがつばぜり合いを演じる「電脳戦」は、将棋ファンならず多くの人の注目を集めた。2013年には、プロ棋士が初めてAIに敗れるなど、トップクラスのプロ棋士でも容易に勝つのが難しいほどAIは進化を遂げている。

研究対象としての将棋は終わった

将棋用AIは、一般的な人間を圧倒するレベルにまで達しているが、「コンピューターのなかに知性が生まれた」とは言いがたい状況だ。そもそも、将棋AIは将棋以外の処理に不向きで、現実世界での応用範囲が狭いと指摘されている。これ以上、将棋用AIの研究を突き詰めても、人間的な知性の登場は望めない。はこだて未来大学で、長年ゲームAIを研究している松原仁教授は、「将棋は、AI研究の対象としては終わった」と言い切る。

なぜ、将棋はAIの研究対象として終焉(しゅうえん)を迎えたのか。それは、将棋が「完全情報ゲーム」だからだ。完全情報とは、お互いがどのような手を打ったのか、完全に公開されていることを意味する。囲碁やチェス、オセロなども完全情報ゲームの一種である。一方、プレーヤーごとに把握できている情報が異なるゲームを「不完全情報ゲーム」と呼ぶ。

完全情報ゲームである将棋用のAIは、過去の棋譜など大量のデータベースを解析し、ある局面で次にどのような手を打つのが最適かを確率的に導き出すアルゴリズムで構成されている。データが大量にあり、解析に時間を掛ければ掛けるほど、優れた手を打てる。近年、コンピュータ性能が飛躍的に向上したことで、汎用のコンピューターでもプロ棋士を圧倒する手を打てるに至った。囲碁やチェス、オセロなど、完全情報ゲームの世界では、AIが人間を圧倒しつつある。

一方、現実世界のビジネスや人間関係などは、完全に情報が公開されている状況は皆無に等しい。むしろ、すべての要素が公平に公開されていないことの方が多い。不完全な情報しかない状況で最適な解を導き出すには、多岐にわたる推論を必要とする。こうした推論を、従来のAIは苦手としていた。

ウソを見極める能力が要求される人狼

完全情報ゲームの将棋に代わり、AI研究の対象として注目を集めているのが「人狼」「汝(なんじ)は人狼なりや?」などと呼ばれるゲームである。複数人でプレーする人狼は不完全情報ゲームの一種で、01年に米国のゲーム会社が開発した。日本でもここ数年、口コミで人気が広がっており、テレビ番組でゲームの模様が紹介されたこともある。

人狼で勝ち残るには、他のプレーヤーから信頼を得たり、意図的にウソをついたりといった、より人間らしい複雑なコミュニケーション能力を必要とする。

基本ルールを、かいつまんで説明しよう。人狼は、6~15人と多人数で行う。プレーヤーは、「村人陣営」と、村人のふりをした「人狼陣営」に分かれてゲームを進める。ゲームは、「昼」と「夜」のターン制で、1日が構成されている。昼間に、誰が人狼であるのかプレーヤー同士が会話をしながら推測し、多数決によって1人追放する。一方、夜には人狼グループが1人の村人を襲撃(追放)できる。昼と夜のターンを繰り返し、先にすべての人狼を追放できれば村人陣営の勝ち、人狼と村人が同数になれば人狼陣営の勝ちとなる。

このゲームを有利に進めるには、相手を説得し、ときにはウソをついて信頼してもらう必要がある。プレーヤーが村人なら、自分の推理をほかの村人に信用してもらい、多数決で人狼を追放しなければならない。一方、プレーヤーが人狼の場合は、適切なウソをついて村人のふりをして、あたかも別の誰かが人狼であると村人を疑心暗鬼にさせていく。

このゲームの醍醐味は、プレーごとに局面が大きく変わり、必勝法がない点だ。人間同士がプレーした場合、熟練者が初心者に負けることも少なくない。先が読めない複雑な展開が起きるおもしろさが評され人気が高まった。

15種の人狼AI同士が対戦

AIが人狼ゲームで人間に勝利するには、将棋をはるかに超える高度なアルゴリズムが要求される。15年8月、パシフィコ横浜(神奈川県横浜市)で、人狼向けに開発されたAI同士が対戦する「人狼知能大会」が開催された。

大会は、チャットを使ってゲームを進める「BBS人狼」方式で行われた。口頭ではなく、テキスト情報をやり取りするチャットの方が、AIで情報を処理しやすいためだ。参加者は決められた方式のAIプログラムを提出し、対戦を可視化する「AIウルフ」というプログラムを使って結果を見守った。78種のAIがエントリーし、予選大会を勝ち残った15種のAIで決勝戦を行った。100試合ごとに役割を変えながら1万試合以上戦い、その勝率でナンバーワンを決める。人間同士が人狼をプレーすると、1試合につき1時間程度かかるが、AI同士の対戦なら1試合につき数十秒で決着がつく。

会場では、13年から人狼のAI研究に取り組んでいる東京大学大学院の鳥海不二夫准教授(人狼知能プロジェクト代表)が、戦況を解説しながら対戦の行方を見守った。

本大会が第1回ということもあり、決勝に残ったAIでも、その水準はまちまちだった。あるAIは、プレー初日に、自分を追放するように他のAIに提案した。これは、自分をわざと敗退させる行為であり、プログラム上の完全な誤りだ。また、人狼と明らかになっているAIを「人狼ではないか」と他のAIに提案したりするケースもあった。これも意味のない行動であり、バグの可能性が高い。人間同士のプレーではありえない珍プレーが続出し、会場を沸かせていた。

他のAIの癖を分析するAIが圧勝

1万試合以上戦った結果、ハンドル名「いなにわ」さんのAI「饂飩(うどん)」が優勝した(勝率は53.91%)。特に、人狼になったときの勝率は67.5%で、他に6割を超えているAIは1つしかなく、驚異的な強さを披露した。

決勝に残ったAIのソースコードは公開する取り決めになっている。今月9日にプログラムが公開され、各AIの基本戦略が明らかになった。優勝したいなにわ氏は、BBS人狼を3年近くプレーした経験者で、人間にとって有効なセオリーをAIに反映することを目指していた。今回、AI同士の関係性に着目した仕組みが有効に働いたようだ。ゲーム開始時に、人狼陣営を構成する可能性のあるAIの組み合わせをすべて列挙し、何らかの発言や行動があるたびに再計算して可能性が低い組み合わせを取り除く。そうすることで、ゲームが進むにつれて人狼陣営を構成するAI群が自然に浮かび上がるのだ。他のAIは、個々のAIを村人か人狼かを単純に判定しようとするものが多く、場当たり的な推論をしがちで精度に粗さがあった。

「優勝したAIは、他のAIが村人か人狼かを特定する率が飛び抜けて高い。第1回からこれほど高度なAIが登場するとは予想外だった」(鳥海氏)。来年に実施予定の第2回大会では、今回優勝したAIを参考にして、さらに強い人狼AIが登場してくると予想される。

鳥海氏は、現時点の人狼AIの能力について、「人間と同レベルの強さになりつつあるが、バグなどのせいでミスをすることがあり、まだまだ弱い」と評する。ただ、AIが人間に勝つことだけがゴールではない。「人間がAIと対戦したときに『楽しい』と感じられるかが大切。褒め言葉として『見事にだまされた』といわれるようなAIの登場を期待したい」(鳥海氏)

新 清士(しん・きよし) 1970年生まれ。慶応義塾大学商学部および環境情報学部卒。ゲーム会社で営業、企画職を経験後、ゲーム産業を中心としたジャーナリストに。デジタルハリウッド大学大学院非常勤講師、立命館大学映像学部非常勤講師も務める。著書に電子書籍「ゲーム産業の興亡」、「『侍』はこうして作られた」がある。

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