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「パソコン監督」たち、革新的戦術で独サッカー席巻

スポーツライター 木崎伸也

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サッカー界に限らず、どんなチームスポーツにおいても、次の格言はもはや真理として受け取られているだろう。

名選手、名監督にあらず――。

「プレーヤー」と「マネジャー」の資質は異なっており、いくら現役時代に成功したからといって、監督になって無条件で選手たちが言うことを聞いてくれるほど甘くない。

バルセロナに黄金期をもたらしたペップ・グアルディオラも、いきなり名監督になれたわけではない。引退間際にメキシコリーグに行ってリージョ監督の下で戦術を学び、さらにバルセロナBの監督として経験を積んだ。監督業の難しさをわかっていたのだろう。

「元無名選手」が次々に監督抜てき

この格言通り、今、「元無名選手」が次々に抜てきされているのがドイツだ。

現在ブンデスリーガ1部・18人の監督のうち、元代表選手は8人のみ。【元ドイツ代表】フロンツェック(ハノーバー)、ラバディア(ハンブルガーSV)、シュスター(ダルムシュタット)、【元スペイン代表】グアルディオラ(バイエルン・ミュンヘン)、【元オーストリア代表】シュテーガー(ケルン)、ハーゼンヒュットル(インゴルシュタット)、【元ウクライナ代表】スクリプニク(ブレーメン)、【元ハンガリー代表】ダルダイ(ヘルタ)という内訳だ。

つまり、残り10人は代表経験がないということだ。さらにいえば、そのうち7人が1部のプレー経験すらない。

この流れをつくったのは、2004年にドイツ代表監督に就任したユルゲン・クリンスマンだ。

00年、ドイツサッカー協会は、貢献した元代表選手たちが短期間で指導者ライセンスを取れるよう、特別コースを用意した。当時はまだ「有名選手」が優先されていたのである。1990年ワールドカップ(W杯)優勝組のクリンスマン、ブッフバルト、リトバルスキー、ロイター、96年ユーロ(欧州選手権)優勝組のザマー、ケプケら、そうそうたるメンバーが顔をそろえた。

だが、皮肉なことに、実際に授業で頭角を現したのは1人の「元無名選手」だった。のちに14年W杯優勝監督となるヨアヒム・レーウである。

戦術論に衝撃受け、レーウを招請

もともとレーウはスイスサッカー協会の指導者講習に通っていたが、95年に恩師に誘われてシュツットガルトのコーチに就任したため、ライセンスを取得できずにいた。その後、恩師の解任を受けてシュツットガルトの監督に昇格し、フェネルバフチェやカールスルーエの監督を歴任したが、あくまで特例で認められた形だった。

そこで元代表選手のための特別コースに、A代表経験がないレーウにも例外的に参加が許されたのである。

その授業において、クリンスマンはレーウの戦術論に衝撃を受ける。ドイツサッカー界がマンマークに固執していたのに対して、レーウはゾーンディフェンスを熟知していたからだ。

頭脳を生かさない手はない。04年にクリンスマンがドイツ代表監督に抜てきされると、すぐにレーウを"入閣"させた。そして06年W杯後、レーウは正式に代表監督に昇格した。

一方、同じく特別コースの受講生、ザマーが果たした役割も大きい。06年にドイツサッカー協会のスポーツディレクターに就任すると、各クラブに対して「若手の戦術家にチャンスを与えてほしい」とお願いしたのだ。

それに応えたのがマインツだった。マインツは下部のU-19(19歳以下)チームを率いていたトーマス・トゥヘルをトップチームの監督に抜てき。トゥヘルは期待に応えてドイツを代表する戦術家になり、今季からドルトムントを率いている。

その後、次々に「元無名選手」が登用され、今季のブンデスリーガでいえば、トゥヘル(ドルトムント)、マーティン・シュミット(マインツ)、ロジャー・シュミット(レーバークーゼン)、ヴァインツィアール(アウクスブルク)、ギズドル(ホッフェンハイム)、ツォルニガー(シュツットガルト)、シューベルト(ボルシアMG)が選手としてドイツ1部の経験がない監督たちだ。

パソコン監督の組織マネジメント術

当然、こういう傾向に対して、「元有名選手」から反発の声が上がっている。元ドイツ代表のショルは、シュピーゲル誌のインタビューでこう批判した。

「彼らは戦術に最大の価値を置く、いわばラップトップ(パソコン)・トレーナーだ。トップレベルでプレーした経験がなく、選手が何を考え、どう感じるかを理解していない。経験したことがない世界をわかるはずがない」

ショルは1部のクラブからまったく声がかからず、この発言はほぼ嫉妬だ。ただし、「トップレベルの選手の考えをわかるはずがない」という指摘は的を射ている部分もあるだろう。

いったい「パソコン監督」たちは、どうやって組織をマネジメントしているのだろう?

トゥヘル監督が採用しているのは、「選手の自主性に任せる」というやり方だ。今季、トゥヘルはドルトムントの監督に就任すると、すぐに選手たちの食事改革を行った。

新たに3人のコックを雇い、オリーブオイルやバターを排除して、オメガ3と呼ばれる不飽和脂肪酸がふんだんに含まれたアマニ油、クルミ油、ナタネ油を料理に使用するように指示した。オメガ3は体内の炎症を抑える効果があるからだ。パスタや通常のパンは極力避けるように伝え、全粒粉のパンを促した。工場精製の砂糖も禁止だ。

ボルシアMGとの開幕戦後、左サイドバックのシュメルツァーがロッカールームから出て来たとき、3本のニンジンを持っていたことが話題になった。昨季まで試合後にクリームソースのパスタが出されていたのとは大違いだ。

この取り組みの結果、シュメルツァーは5キロ、フンメルスとギュンドアンは4キロのダイエットに成功した。フンメルスは17歳以来、初めて体重が90キロを切ったという。体が動かないわけがない。

攻撃的なサッカー愛するのが共通点

すでに本連載では、開幕前にドルトムントのフィットネストレーナーのシュレイにインタビューし、食事改革のバックボーンとなる理論を紹介している。まさにその理論を実践し、選手たちにキレを取り戻させたのだ。

トゥヘルがうまかったのは、こういう食事制限を強制せず、あくまで「やりたい選手だけやってくれればいい」と自主性に任せたことだ。ドルトムントの選手たちは、各国を代表するエリートばかりである。上から押さえつけたら、反発しかねない。そこでトゥヘルは彼らのプライドを刺激しながら、うまく誘導したのである。

ちなみにグアルディオラも食事改革に取り組んでいるが、選手たちに朝食を一緒に取ることを義務づけるなど、ルールを"強制"している。カリスマ性あってこその管理法だ。

かつて戦術家は選手たちをうまくマネジメントできない印象があったが、ノウハウを学び、選手との接し方がうまくなってきている。

トゥヘルを筆頭に「パソコン監督」に共通するのは、攻撃的なサッカーを愛しているということだ。彼らの革新的な戦術が、ブンデスリーガの魅力をさらに高めている。

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