普通でない工場が日本国内に相次ぎ出現
日経ものづくり編集委員 木崎健太郎
日本国内に「そこまでやるか」と言いたくなるような、工夫を凝らした工場が相次いで出現している。地下空間に工場を設けたり、空調を徹底したりすることで、粉じん、温度変化、振動といった、精度を悪化させるような要因を極度に低減した工場だ。もともと生産コストが高いはずの国内工場で、さらにお金をかけてそこまでの設備にするのは、なぜだろうか。
自動車部品製造のサイベックコーポレーション(長野県塩尻市)は地下11メートルに金型用の加工工場を2012年9月に新設した。約7500平方メートルの地上工場に併設する形で、2500平方メートルの地下工場がある。振動や温度変化の少ない「究極の加工環境の実現」(平林巧造社長)がその目的だ。地上工場での加工面粗さ(Rz)が0.687マイクロ(マイクロは100万分の1)メートルだったのに対し、地下工場では0.308マイクロメートルと大きく向上した。
振動の大きさを計測すると、地上工場では約40デシベルだった縦方向の平均振動値が、地下工場では約20デシベルになった。さらに、年間の温度変化はセ氏5度に抑えられる。温度変化が30度もある地上に工場を設ける場合に比べて、空調の費用は半減する。このため、地下工場の投資額18億円は10~12年で回収できる見込みという。
07年に地下17メートル(基礎含む)に工場を設けたヤマザキマザックオプトニクス(岐阜県美濃加茂市)もレーザー加工機の組み立て精度向上を狙っている。低振動と恒温性に加え、粉じんを従来の30分の1に低減したのが特徴。レーザーの通り道に当たる光学系ユニットが粉じんに弱いためだ。地下工場では工場の出入り口を限定できるため、粉じんの侵入を防ぎやすい。製品組み立て前のクリーニング作業が不要になる結果、生産リードタイムが短縮する効果もあった。さらに、従業員の花粉症が軽減されるという副次的効果もあったという。
地上工場ながら粉じん対策を徹底している新工場の一つが、コベルコ建機の五日市工場(広島市)である。直径20~49マイクロメートルの粉じん量を従来より95%も減らした。資材を搬入する荷受場のシャッターは常時閉まっており、フォークリフトが出入りする瞬間だけ開く、といった工夫を凝らしている。半導体のクリーンルームほどではないが、工場全体をかなりの清浄度に保っている。
12年5月に稼働した同工場が生産しているのは、車両重量7~95トンクラスの油圧ショベル。精密機械とは言い難い大きな機械なのに清浄度が必要なのは、大きな可動部を駆動するための油圧システムだ。同システムの油圧制御弁に粉じんが混入すると、駆動時に意図通りの切り替えができなくなる原因になる。粉じんが混入する可能性があるのは油圧システム自体の組み立て工程だけではなく、油圧システムを本体に接続する全体組み立て工程も同じ。そこで同社は、工場全体を準クリーンルームのようにしたのだ。
これによって、社内の検査工程で見つかる粉じん関連の不具合が50分の1に減るとともに、製品の中古価格が上昇したという。トラブルがなく長期間使えることの反映である。
同工場はまた、工程間の仕掛かり在庫を極力なくし、製造リードタイムを従来の半分に相当する4.6日に短縮した。このため工場内にムダなスペースがなく、清浄度を保つ上でも有利になっていると考えられる。同社によれば、この製造リードタイムは高品質な部品を生産スケジュール通りに納入できる部品メーカーの支援があって初めて成り立つものであり、「良品を欲しいタイミングで入手できるのは日本の他にない」(同社生産本部広島事業所五日市製造室室長兼製造技術室室長の森田博史氏)という。つまり、日本の地域性を十分に生かした工場といえる。
三菱電機が12年6月に竣工させた郡山工場(福島県郡山市)の新製造棟(平屋建て)は、建物への熱の出入りを示すPAL(Perimeter Annual Load、年間熱負荷係数)が東京都心の最新鋭高層オフィスビル並みの178.3と少なく、高い断熱性を誇る。エネルギーの使用の合理化に関する法律(省エネ法)での事務所のPALの基準値は300(平屋の場合は350)であるのに比べても、断熱性の高いことがうかがえる。
同工場は11年の東日本大震災で大きな被害を受け、損壊を免れた食堂に生産設備を持ち込んで操業を再開させた経験を持つ。このとき少ない面積を最大限に生かす工夫を重ねた成果を新製造棟にも持ち込み、面積当たりの生産性を従来の3倍にした。断熱性の高さと合わせて空調の費用は大幅に削減でき、さらに建屋の屋根に一面に敷き詰めた太陽光パネルが生み出す電力によって外部から供給を受けるエネルギーはさらに減り、二酸化炭素(CO2)排出量を25%削減した。
いずれの工場も、日本製品としての競争力を保つための精度や品質を追求するものである。日本の工場では日本国内でしか造れない製品を徹底して造り、海外工場でも造れるようなものは国内では造らない、という方向であると考えられる。
従来いわれていたような、国内工場が海外工場のマザー工場になるという役割が、これらの新しいタイプの工場でそれほど求められているとは思えない。マザー工場という考え方は、日本で確立した生産方式を海外に移転して、同じような製品を造ることを前提としている。しかし、これらの国内工場は、海外ではできないことをやろうとしている。
最近は、家電製品や精密機器では国内にマザーラインを設置せず、いきなり海外で生産を立ち上げるメーカーが増えている。「そこまでやるか」と思えるような国内工場が増えていることは、国内工場の役割自体が変化し始めていることの表れではないだろうか。
(日経ものづくり5月号に関連記事)
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