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山を走る トレラン戦記 お伊勢さんの鬼門を疾走、海と空の青に染まる

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日ごろから練習量が不足気味の記者ではあるが、新年を迎え、もっと真面目にトレイルランニング(トレラン)に取り組もうと人並みに改心を誓った。年末年始は高知県に帰省し、ユズの産地で知られる馬路村の温泉宿に宿泊した。元日の夜は家族と日本酒を酌み交わし深酒したが、翌日は朝6時に起床。軽い二日酔いのまま川沿いの道を走って足腰を鍛えた。

冬はトレラン界もシーズンオフで大規模なレースはめっきり減る。記者が最後にレースに参加したのは昨年12月15日の「伊勢の森トレイルランニングレース2013」だった。走る距離は20キロで「ショート」と呼ばれる部類に入る。

参加者の3割女性、華やかな雰囲気

当日朝、スタート地点の陸上競技場に着くと短い距離の手軽さもあってか、参加者の3割を女性が占めていた。雰囲気がいつも参加するレースより華やかだ。2回目の開催だが人気の大会で、ネットの予約開始から十数分で出場枠が埋まったという。

この大会のウリは伊勢神宮・内宮そばの「おはらい町通り」がコースに入っていること。味わいある古い町並みに飲食、和菓子、土産店が軒を連ねており、何度か通ったことがあるがいつも参拝客でにぎわい混雑している。レースでもない限りそうそう走れる場所ではない。楽観的な性格も手伝ってちょっとした観光気分だった。実際レース前日にはお伊勢参りを済ませ、レース後は松阪市にも寄った。

天気予報は晴れ、雨の心配はない。軽装の人が多く、手ぶらの人もいる。記者も軽量化のためいつもの小型サックではなくウエストポーチを持参した。中に入るのはペットボトルと少々の食料、コンパクトカメラのみ。山頂は冷えるだろうが、長袖シャツ1枚で防寒着は置いていった。

午前8時に約520人がスタート。トラックを1周した後、さっそくおはらい町に入った。大会で占有許可を取っているわけではない。早朝から多くの参拝客が来ていたが、あらかじめ係の人が通りに立ち歩行者は両脇、ランナーは真ん中を通るよう呼びかけている。

参拝客の中には手を振って応援してくれる人もいるが、大半は朝から一体何事かと奇妙なものを見る目つき。当然の反応だ。白い息を吐きのんびり歩く参拝客と、静寂な空気を切り裂くトレイルランナー。古い町並みの中でアンバランスに同居していた。さすがに神宮の敷地内には入れず、宇治橋がかかる大鳥居の手前で180度ターンして引き返す。

キャッチコピー、伊勢音頭から引用

大会のキャッチコピー「お伊勢参らば、朝熊(あさま)を駆けよ。朝熊駆けねば片参り」は、この地に伝わる伊勢音頭という民謡から引用したという。「朝熊」とは内宮近くの朝熊ケ岳(標高555メートル)のこと。伊勢神宮から見て、鬼門とされる方角にあることから、頂上付近の金剛證寺は「伊勢神宮の鬼門を守る寺」として、昔から参拝者を集めてきた。

この一節も要は「神社に来たついでに寺にも寄ってや」という宣伝文句。もとは「かけよ」と平仮名表記で、「走る」という意味はなかったそうだが、漢字に変換するだけで、あたかもトレラン大会のために昔からあったようなキャッチコピーになる。

「登りは走ってならぬ」の禁を破る

おはらい町の雰囲気を楽しんだ後は、一路「宇治岳道」と呼ばれる山道から朝熊ケ岳へ。今回、一つ挑戦したいことがあった。これまで守ってきた「登りは走ってはならない」という禁を初めて破るのだ。長距離のレースでは、前半気持ち良く走ると後半動けなくなるから我慢が必要。でも、登りを走った先にある世界も一度見てみたい。20キロなら後半は気合でなんとかなるだろう、と坂を駆け上る。

トップ選手のように軽やかに、とはいかないが、着実に走った。道幅が狭いので前の人に追いついたらピタリとついて歩く。広い所でサッと追い抜き、再び次の人をめざして走る。この繰り返し。息は上がるが、歩きを挟みながらだからなんとか続く。5キロの標識を約35分で通過。登りにしては結構速い。さらに進むと広く平らな道が現れるようになり、手綱から解き放たれた犬のように駆け出す。

上り下りを繰り返して10キロ地点を通過。山道から車道に出て少し上ると、展望台が見えてきた。階段の上にあるのは標高約500メートルのエイドステーション。一口だけコーラをいただく。

展望台周辺は風が強いが、文字通り360度の眺望が素晴らしい。朝の冷たい空気の中、澄んだ青空も志摩半島の入り組んだ海岸線も、その向こうの青い海や緑の島々もくっきり見える。思わず立ち止まって景色に見入り、係の人に写真を撮ってもらう。広大な空と海を見ながら走るうちに、さらに気分がハイになってきた。

待望の下り、あまりの急勾配で冷静に

「フゥ!」と、あまりの気持ち良さに前後にランナーがいるのも構わず高い声で叫ぶ。「ありがとうございます!」と、道案内やエイドのボランティアの人にいつもより元気な声であいさつする。「ガンバです!」と、一部のコースですれ違うランナーに声をかける。100キロのレースでこんなことをしたら無駄に体力を消耗するだけだが、20キロなら余裕がある。

ぐるっと山道を回って再び展望台へ。絶景に別れを告げ、「下りを走るのが好きな人にはたまらない」と説明を受けた、その下りに入る。ハイテンションのまま駆け下りようと思ったが、あまりに急な勾配を見た途端、不思議と急に冷静になった。調子に乗って前のめりでつまずいたら、数メートルダイブしてケガをする。

「こりゃ無理だ」と判断し、一転ブレーキをかけながら木々の間を縫うように怖々下る。スキー初心者がゲレンデで中級者コースに迷い込んだ結果、足で踏ん張りながらズリズリ滑り下りるようなものだ。

しかしブレーキという作業、スピードが落ちるわ脚に余計な負担がかかるわで、まるでいいことがない。これだけの急斜面を安全かつ素早く下りるのに必要なのはスタミナよりも、足さばきや体重移動といった技術と、勢いよく足を前へ投げ出す勇気なのだろう。今後の課題だ。自分を追い抜いたランナーが目の前で派手に転ぶのを見て、ますますへっぴり腰になる。

にぎやかな太鼓の音に迎えられゴール

17キロ地点のエイドで再びコーラを一口。川を渡る二瀬橋についたが、橋が架かるのは数メートル上を走る車道だけで、山道には橋がない。仕方なく川の中の飛び石を伝って渡りきる。この飛び石、足をぬらさないようにと運営者がわざわざ置いてくれたらしい。その後は再び急な上り。「最後の一山」を越えた終盤、ふくらはぎがつりかけ、何度も立ち止まっては足をほぐした。

最後は気持ち良くダッシュ。にぎやかな太鼓の音に迎えられてゴールに着いた。時間は2時間21分46秒。20キロならば登りも走れるという自信が付いた。ゴールで待っていた友人には「いやー、いいコースだ! 楽しかったよ!」。

 「トレランって何が楽しいの?」と聞かれることがある。始めた当初は「きっと完走した時の達成感だろう」と思っていたが、今は違う。走った後よりも、まさに山を走っているその瞬間こそ一番楽しいのだ。

特に今回はそれが顕著で、怪しく見えたかもしれないが、走りながらニヤニヤ笑いっぱなしだった。「こんな美しい景色の中を走れるとは、なんてぜいたくなんだ」と幸せな気持ちになれる。もちろんレースが長くなればつらいことも増えるが、それこそ「楽しんだ者勝ち」である。

(伴正春)

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