子どものころから疑問に思っていた。どうしてローマ人の名前にはアヌスがつくのだろう、と。
大人になってから、ラテン語の男性名詞の語尾は-usで終わるので、必然的に男性の名前がなんとかアヌスになりやすいと知ったのだけれど、それでも疑問に思った。ローマ帝国の子供たちは、人の名前にアヌスがついているのを見て「肛門だ! 肛門だ!」とゲラゲラ笑ったりしなかったのだろうか。子供が下ネタを好むのは世界的な現象であり、ローマ帝国がその例外であったとはとても考えられない。男子小学生だったころなら、「運賃」「チンパンジー」という言葉だけで小一時間笑うことができたのだから。
そこで調べてみると意外な事実に突き当たった。ラテン語で肛門は「アヌス」ではない。「アーヌス」なのだ。ラテン語では短母音と長母音を明確に区別する。「アヌス」では単に年齢を重ねた女性を指すに過ぎないのである。
さらに、もう一つ驚いたことがある。「アーヌス」はもともと「輪」という意味しかない。「肛門」の意味は派生的らしい。意外だったが、確かに納得できる。人体の細かい解剖学的な部位を、たった四文字の名詞で表すほうが意外だ。「尻」と「穴」をあらわす単語を組み合わせれば事が済むのだから。日本語でも「尻の穴」、方言も含めれば「ケツメド」と呼ぶし、英語でも「asshole」だ。実は、肛門を名詞の組み合わせではなく、一つの単語で表していたのは、ローマ帝国の解剖学の水準が高かったからではないかと思っていた。つまり、高度な文明ほど語彙が豊かで、肛門を複合語ではなく単語で表すのではないか、という仮説を立てていたのだが、それはどうも違うらしい。
そういうわけで、ローマ皇帝ヌメリアヌスの肛門は「アーヌス」ということになる。それでも、ローマの子供たちは笑っていたかもしれない。なんたって「賃金」という言葉で笑える年頃なのだもの。
最後にたぬきち出てくるのやめろ