子午山
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/24 23:41 UTC 版)
「大水滸シリーズの登場人物」の記事における「子午山」の解説
延安府の南西、坊州に位置する山。作中では王進の住む庵を指す。山深いところにあり、人里まで歩いて半日はかかる。禁軍を脱走した王進はこの山に庵を構え、母親と共に隠棲する。そして鮑旭など様々な人間を預かり、真人間として再生させていく。子午山での生活は武術の稽古も行われるが、一日の大半は畑を耕す、焼き物を焼くといった平穏なものである。後に青蓮寺や童貫は子午山の存在をつきとめたが、特に手を出すことなく放置している。 王進 (水滸伝)禁軍武術師範。その強さは林冲が槍以外では勝てないと評するほど。その腕前と見識を高く評価した魯智深に反政府活動へ勧誘されたが、結局断わった。禁軍の腐敗を憂いて改革案を提示したために高俅によって謀反の嫌疑をかけられ、老母とともに逃亡する。旅の途中で出会った史進に武術を教えた後に子午山で隠遁生活を送る。 梁山泊の一員ではないが、魯智深や史進との縁から鮑旭をはじめとする心に欠落を持った男たちを預かり、彼らが立ち直る手助けをする。彼の元で修行した人物は、鮑旭・武松・史進・馬麟・楊令・張平と多岐にわたる。 (楊令伝)引き続き子午山で隠棲しながら、残った弟子の張平を育てていた。馬麟の要請で、花飛麟が連れてきた亡き秦明の妻子である公淑・秦容を預かり、花飛麟も教育する。後に母をはじめ、周囲の勧めで公淑の夫となる。武松が連れて来た蔡豹を預かった後に、山の麓で自身が制作した焼き物を販売する小さな店を開く。 弟子を育てることに生きがいを感じているが、楊令と秦容だけは下山後の人生を考えて、天稟を目覚めさせたことを後悔している。また、武術を必要としない蔡豹、そして燕青を追ってきた王清には身を守る程度の技しか教えていない。高齢になったが燕青と立ち合いを行うなど、自らを鍛えることを止めてはいない。 (岳飛伝)蔡豹と王清に稽古を付けつつ変わらぬ生活を続けているが、楊令の死を知った時だけ岩の端に坐して動くことをしなかった。燕青は王進を強くなったがゆえに人の世では生きていけなくなったと評している。公淑が病に倒れても普段の生活を変えようとしなかったが、奥底では強い繋がりがあると郝嬌は感じていた。公淑を失くした後は死を越えるべく食事や水を絶って岩に坐し続ける。そして王清と蔡豹が見守る中、ついにこの世を去った。 王母 (水滸伝)禁軍武術師範だった王昇の妻で、王進の母親。本名は不明。無実の罪を着せられた息子と共に逃亡、子午山にて隠遁生活を送る。王進が預かった史進たちに礼儀作法を教え込んだ。厳しくも愛情を持って接したため、実の母のように慕われる。読み書きを教えた鮑旭からは母上と呼ばれる。 (楊令伝)前作同様に厳しい面もあるが、周囲から慕われている。王進と公淑の想いに気づき、二人に結婚を勧めた。老衰のため、駆けつけた史進に見取られながら大往生を遂げた。 張平(九転虎) (水滸伝)張横の次男。両親の愛情を満足に得られなかったため盗みを働くようになるが、一方で自分を恥じていた。父との旅の途中で武松の荷物に手を出したため、李逵に制裁を受ける。事情を知った武松の勧めにより父に連れられて子午山の王進に預けられ、見事立ち直った。共に暮らした楊令を兄と慕う。 (楊令伝)心因性の盗癖を完全に克服し、王進の下にて健やかに成長した。父と再会して子午山を下山し、梁山泊に加入してすぐに楊令の黒騎兵に参加。後に楊令の命を受けて黒騎兵から独立し、索超が率いていた青騎兵を再興。楊令の守護を最優先に指揮を執る。後に暗器として使える鉄笛を所持し、しばしば演奏するようになる。楊令は張平の鉄笛をうるさいと言いつつも、心の慰めとしてリクエストしていた。 志や新しい国についても考えていたが、殆ど口に出すことはなく青騎兵の指揮を執り続ける。また、楊令の従者を務める欧元には良い感情を抱いていなかった。岳家軍・金軍との決戦終盤で岳飛と戦い、戦死する。『岳飛伝』における史進と王清の会話により、張平と馬麟の鉄笛や鮑旭の愛用した筆といった遺品が、史進によって子午山へ送られたことが明かされている。
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郝嬌 洞宮山の生産担当、後に文治省の事務方。 (楊令伝)郝思文の娘で郝瑾の妹。母の陳娥と同様に本格的な登場は『楊令伝』から。洞宮山で生産活動に従事していたが、童貫戦後は顧大嫂・孫二娘と共に梁山泊へ移り、文治省に入る。美人だが父や兄に似た生真面目な性格で冗談は通じない。燕青に想いを寄せ、失明し山中に隠棲すると決めた彼についていった。燕青と結婚し、子午山に構えた庵で暮らす。 (岳飛伝)子午山で燕青と共に暮らす。公淑が病に倒れてからは看病を担当、王進たちと彼女の最期を看取る。公淑の言葉もあり、父や兄は自分の心の中で生きていると思っている。燕青と梁山泊へ赴き今後の方針を決定する会議に出席、金との講和が成立後に山へ帰った。燕青が子午山を後にしてからも山に残り、聚義庁を引退した母や金翆蓮と共に孤児たちを育てる。 王清 (楊令伝)王英と白寿の息子。王貴に比べると無口で丸顔。二人そろって呂英に誘拐され、候真に救出されたことがある。軍に入ることは嫌がり、楽器職人・演奏家を目指すようになる。自分の演奏を聴かせるという燕青との約束を守るため、失明した彼を追って子午山へ旅立つ。子午山にある王進の庵で暮らしつつ、笛作りに勤しむ。 (岳飛伝)子午山で笛作りと鍛錬の日々を過ごす。扈三娘の遺品である月光剣を受け継いでいるが、無明拳を会得した燕青の修練相手を務めたため体術を好む。笛の演奏も腕を上げており、自作の竹笛のほか馬麟、張平の鉄笛も吹く。共に暮らす蔡豹とは王貴以上に兄弟のような感情を抱いている。王進の死後に山を降り、当てのない旅を始める。 偶然出会った梁紅玉に一目ぼれし、南宋水軍の造船所で働く。笛で心を掴もうとするも叶わず、韓世忠や陳武に別れを告げて旅立った。その後は王清が原因で両親を喪った鄭涼を引き取り、二人で旅を始める。同安に定住し漁師として暮らしていたが喬道清と燕青の接触を受け、梁山泊に連なる商人として南宋で米の買い付けを行う。 男女としての愛情をぶつけてきた鄭涼を持て余すも、喬道清らの言葉で結婚を決意し婚約する。自分と同じく梁山泊の商人として活動していた蔡豹が南宋に殺されたことを知り、復讐を誓う。
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