昔からきちがいみたいに話するし、話の内容も意味不明だったんだけど。
最近はまともになった。
まともっつーか。しゃべらなくなった。
「へーそうなんだ」「それ本当」「ですよねえ」
とか単語的にはこういうのばっかりで、できるだけ話に意見を挟まずに、抵抗感を無くしてるっていうか。
「どうやって休日過ごすの?」と聞かれたら本当は毎日一人でこもってネットとネトゲしかしてないんだけど、「友達と飯くったりとかですよ」とか。
「ストレスってどうやって解消するの?」と聞かれたら、本当は知り合いを殺す妄想とか残虐なエロ小説描いたりとかなんだけど、「孤独のグルメのまねして弁当とかを1品1品、品評会しながら食ってます~」みたいな。
なんつーか、言っても普通に話題突っ込みやすくって、相手も意見を出しやすいのばかり話している。
なにか聞かれても「そうですねえ」とか「分からないですねえ」「もしかしてこういうことですか?」みたいなとりあえず回避出来る分は相手にたーんまわして。
現実の抵抗を限りなく避けまくっている。摩擦が少ないように、自分の会話にコンドームつけて話してるみたいな感じ。
でも、そのほうが楽なんだな。
たまーに、哲学的な会話できるやつとか、高学歴の奴と話するときは、現象学とか、独自の哲学(哲学的にもまったくこれまでにない見地なのは確認している)とか、論理的な話とかはする。
するが、その会話も自分を形成してる100の内2とか3とかばかりを話していて。
本当の話相手は本とかだけ。人間とは会話できないなと思う。
1日だいたい職場の8時間くらいは、できるだけトイレとかに行って、こまめにメモ帳に自分の思考を記録して自分と会話して、過去の自分のメモを見てそれに対する感想文を書いて。というように自分だけで自分の会話を完結させている。
なるほどこういう感じで『社会生活を送る自立した社会人』ってのになるんだなーと最近納得した。面倒くさいし意味がないもんね、他人と会話しても。ゆる~くつながって、仕事で必要になったときだけお互いゲームキャラみたいに助け合えばいいだけ。
これは冷たいなあと昔は思ってたけど。摩擦が無い分お互い楽で良い感じ。わざわざ毎日料理作るよりコンビニ弁当の方が楽だしお互い長く続くしお互い欲しい分の利益を満たし合えるし。たいして体力必要じゃないし。