はてなキーワード: ストレスとは
あー、男ってマジで大変なんだなって。あんな競争社会で毎日毎日、ストレス溜め込んでんのよ?
フェミとかってさ、そんなんも知らねーでギャーギャー騒いでんの、マジで意味不明。
元々そんなこと考えもしなかったけど、男の子産んでから、マジで理解できたわ。
男って、常に結果出さなきゃいけないし、責任背負わされて、まじで可哀想。
女は、そんなことないじゃん。何かあれば、男が守ってくれるし。
あ、もちろん、あたしは自分の快楽優先で生きてるけどね。別に、男がどうとか関係ないし。
ただ、男社会の厳しさ、理解してからは、フェミとかマジでダサいなって思うようになった。
別に、あたしが男に媚びてるわけじゃないよ?
あたしは、自分の好きなように生きてるだけだし。
ただ、男ってマジで大変なんだな、って思っただけ。
どうせ俺は~俺なんて~「そんなことないよ!」みたいなのやらせてたんだろうな
なまじフォロー解除すると余計に病むし面倒なんだよ
強制メンタルケアを無料奉仕として何時間も何時間もやらされると、それと同程度の快(ストレス解消)と原因解消(◯んでもらって終わりにしたい)のために漏洩と叩きは盛り上がる
致死率は低いが死ぬ可能性のある手術を控えてるので、最近はそろそろ死ぬかもしれないと思いながら生きている。
そうすると、これを食べられるのは最期かもしれないとご飯を選び、届く頃には死んでるかもと思いながら通販サイトで注文している。来年のカレンダーはもらったけど使えるかは分からない。
自由に動けないから友人には会えないし、そもそもこんな状況になっていることは身内以外に言えていない。そしてテーマパークが好きだから最期に行きたかったなと最近はよく思う。
それに手術が成功しても暫くは色々な制限が待っているのはわかっている。
身内には仕事をしなくていいのが羨ましいと言われたけど、健康で好きな場所に自分の足で行けて、制限がない生活を送れているそっちのほうが羨ましい。ないものねだりなんだろう。
でも仕事から解放されたのはとても嬉しい。通院しながら仕事してた頃はストレスがひどかった。医師から仕事NGと言われて安堵してしまった。
死を待つ気分というのはなんとも妙なもので、10代の頃なんて簡単に死にたいなんて思ってたけど、いざ死ぬかもとなったらあれも食べたかった、これもしたかったと後悔が募るばかり。
8年経っても治安を改善する気のない運営の元、倫理観のないユーザーが暴言凸でストレスを発散している。
今度ハンターハンターとコラボするけど、前回のメイドインアビスではじめて辞めた生まれた時から障害者による忠告。
課金してカード揃えてある程度上手くなったあたりで古参プレイヤーからの洗礼を受ける。暴言、晒し。など。
自分と同レベルのやつから暴言吐かれても響かないけど、上から数えた方が早いランクでも名前で味方を障害者扱いするやつ普通にいる。
気にならないやつだけやれ。
自分は無理だった。生まれもったものでずっと苦しんでて精神も蝕まれてた所に突然暴言凸。しかもしつこい。自浄作用もない(粘着質で触れたらアカン系が結構多いから誰も口出しできない)
運営が何も対策しない。コラボで客を釣り課金煽るだけ。それでいい精神。
治安が悪いとは知ってたけどここまでとは思わなかった。お金で心の傷買っただけ。
やらなきゃよかった。
気にならないやつだけやれ。
今後どうすればいいか深く考えたいと思い、思考を整理したくて書いた。無駄に長文。
こうした節目の季節や長期休暇の頃合いになると、決まって親から帰省の催促がなされる。
不快な思いをしながら、適当な言い訳を付けて断るのをもうずっと続けている。家族とは今のところ折り合いが非常に悪く、諸々の事情からもう帰らない(帰れない)と心には決めている。
その気持ちを明言してしまい状況が変わってしまって面倒なことになってしまうのが嫌で、対話を避けてはっきりさせない気持ち悪い状態をずるずる続けている。
ただ、既に私もいい年だし、逃げ続けるのも良くないのではないか、もう親に影響されずに気持ちよく年を越したいと思い、これまでの半生を振り返ってどうすればいいか考えている。
私自身としては自らの親のことを毒親だと思っているものの、多分世間一般のラインからすれば普通の家庭なんだろうと思う。親も人間であり完全ではない、そんなこともわからずに、SNSに毒されて親に対して求めるもののハードルが上がっていて、それを満たせていないから親が嫌なんだと。そんなふうに考えている自覚もある故に、割り切れないところもある。昔は本気でそんな思いだったものの、もう30を超えた今は流石にそれが間違いであることはわかる。でも親が憎くて嫌いなのは変わらない。そのあたりのおかしなバイアスを指摘されたりするとわざわざ公開された場所に乱文を残す価値もあるんだろうと思う。
私は地方の田舎で生を受けた。しばらくして妹も生まれた。家族は父母姉妹の4人だった。
きっと嫌なことが多かったんだろうと思う、年齢が一桁の時の記憶はほとんど無い。うっすらと、親に暴力をふるわれた事や、血筋の中でも頭が回る方で小学1か2年生くらいの最初はそれを褒めてくれた事は覚えているような気はする。
その時の母親の口癖は、「私があなたの頭を殴って大きなたんこぶを作ってから頭が良くなったんだ。」というものだったと思う。曖昧な記憶でも、これは間違いなく覚えている言葉で、今でも子どもに対して暴力を振るいあまつさえそれを誇るような言動をするなんてとんでもない倫理観の人間だと、親を嫌う理由の一つとなっている。
母親は専業主婦であり、家事を一通り終わらせたら延々ネットゲームを行っており、家にいても常によく知らない誰かとボイスチャットをしていたのをよく覚えている。とにかく世間体を一番とする。痩せていると世間体が悪いからという言葉で少食なのに無理に食べさせられて今でも食事に苦手意識があるのと、拒否しているのに美容院に連れて行かれてそれらしい髪型を強制されたのも記憶にあるところ。また、家族間では一切の秘密を許さないとのことでプライベートの全てを否定していたこともあった。うっかり見てしまったことがあるが、あなたのパートナーが影で隠れてアダルトビデオを見ていることも把握しているのだろうか?ヒステリーを良く起こす方で、父親とは仲が良いようには思えず、常に離婚をちらつかせて喧嘩していた印象がある。たまに課金のためにコンビニに連れて行ってもらい、ついでにお菓子を買ってもらったこともあった気がする。総じて印象が良くない。
そんな母親に対して、父親には正直印象が無い。何をやってるのかよくわからない、たしか何らかの肉体労働だった気がする、氷河期世代で割の良くない仕事に早朝から遅くまで関わっており、休日が不定期なこともあり、ほとんどコミュニケーションが無かった。もちろん低賃金ゆえ常に貧乏家庭でもあった。休みの日はもっぱらパチンコ漬けのようだった。社会人になってから思うと申し訳ないと思う気持ちはあるものの、正直普段同じ場にいない人間とは話が合わないし取れるコミュニケーションなんて限られてると思うし、今更仲を良くする価値も感じないところ。
そんな親の元過ごした小学生や中学生の時代、確かに頭は良い方で学校の成績は5本の指に入るくらい良かった。ただ、その代わりに子供らしさというのを何処かに捨ててしまったらしい。良く言えば控えめで物静か、悪く言えば根暗コミュ障。外に出て運動をするより部屋で本を読んでいたほうが良い。そんな子どもらしくない子どもは、世間体を重視する母親のイライラゲージを溜めてしまうらしい。頭の良さを褒められることも最初だけで、ある時からそれが当たり前で褒められることも無いし些細なミスで詰められたり、そんなようになってしまった。
一方で妹の方は私に比べればマシな人間だった。学校の成績は普通だが、いわゆる子どもらしい子どもであり、また、悪知恵も働いた。もちろん親は頭でっかちな姉よりも妹を好み、悪知恵により陥れられたことも何度もある。その都度姉なんだからと我慢させられた経験は山ほどある。
中学の頃、決定的な事が起こる。運悪く治安が最悪な世代に混ざってしまった中学時代。いじめは横行するし自殺未遂の話もあった。そんな殺伐とした空間で思春期を過ごして平常でいられるわけがなく、必死で生きようとして荒んでいた時。妹との扱いの差や親のおかしなところに気が付き始める時。今でも解決してない自身の性別に対しての悩みを持ち始める時。そんな難しい時に家族と買い物に出かけることになった。その時にとても不機嫌な対応をしたんだと思う。帰って自室に戻って一休み。催してトイレに行こうとした際に、両親のいる居間から「なんで◯◯なんて産んだんだろ、産まなければよかった」という声が聞こえてしまった。私が近くにいないと思ってそんな話をしたんだろう。実際可愛げのない私はいらない存在だったんだろう。それ以降、両親のことは一切信用しないことにした。喧嘩をしたとかの直接的な言い合いがヒートアップして出てしまったならまだしも、影でそのようなことを言うなんて、いっときの気の迷いとかではなく本気なんだろうなと妙に腑に落ちたところがあった。
以降の高校時代はそういう恨み言が続くだけ。勉強はできたので大学は行きたかったけれど、貧乏な家庭の上に当時の奨学金に対してのバッシングも相まって、大学は諦めることになり結局私自身も親と同じ高卒になってしまった。中学時代に仲が良く一緒に勉強を頑張った当時の友人は東京の有名な大学に行ったらしい。世の中は平等にできていないことを強く認識することになった。就職が近づくと老後は頼んだとか寒いことを色々言われた気がするが、もちろんもう何も信用してないのでさっさと親は捨てて一人で生きていくことを考えていた。一応長子だったので、そういう老後の世話や家を継ぐことを期待されたのも多かったと思う。
高校卒業後は当時のネット友達を頼り、地方を出て東京で職を得ることができた。
こんな得体のしれない高卒の人間を総合職として採用してくれた小さなベンチャー企業も、今では大きくなり比較的良い待遇で仕事をさせてもらっている。パートナーもできてプライベートも充実した。
このときの悩みは今の仕事がどれだけ続けられるかというところと節目でやってくる親の帰省の連絡だった。親からのメッセージの通知が来るたびに心臓が早鐘を打ち不眠になる。最初は真面目に帰省していた。わざわざ親の好む服装・髪型にして。ここでの転機はコロナ禍の時だった。コロナ禍で帰省を自粛していた頃合いだったが、流石に間が空きすぎたのとある時波と波の合間で落ち着いてきたタイミングであったことから断りきれず、久しぶりに帰省することになった。久々の帰省で大きなストレスを受け、パニック発作を起こすことになってしまった。そこからこじらせてしまい、本格的なパニック障害になり家から出ることもままならなくなってしまった。年単位で時間をかけてなんとか仕事を続けられる程度には回復したが、未だに外出を行う際には辛さを伴うし、一人で遠出をすることもできない。なんとかある程度回復した症状をぶり返すようなこともしたくない。人生の全てが閉じられ終わってしまうようなあの感覚をまた感じたくはない。かくして帰省はしないものからできないものになってしまった。もっとも、世間体を気にする親は子の精神疾患なんて認められないだろうし、あるいは無理に連れ帰らせる、会おうとしてくるなど余計なことしかしないだろうことが想像できるので、この件も話してはいない。
このような人生を送り、この日記を書いた現在に至る。家族は嫌いで精神も壊した。それでも、一人で生き抜くことを決意してハードワークして作った資産もできた。昨今の好調な株式市場のお陰でこれもかなり大きくなり、もう当分お金に困ることはないだろう。そうなるといよいよこの親との関係をどうするのかというところが割合として大きくなってくる。お金と一緒に順当に年も増え、もう30を超えてしまった。そんな年齢になってまで未だに身近にいない親を恐れ嫌いな親の期待に応えようとすることが馬鹿らしく感じ、整形なんかにも手を出したりもした。親が期待した娘は部分的にこの世から消えた。あまり実感がないものの、幼い頃の暴力が未だに影響しているような気がしていて、親のことは嫌いなのに親に直接刃向かうようなことを実行するのに未だに抵抗を感じてしまって辛くなる。そういう精神的なところから親を振り払うとともに、関係性もなんとかしたいと思うところ。
こんな長文をここまで読まれている方は稀有だろうと思うが、世間体と好みと役割を気にして私を直視しない私の憎む親と同様に、私もまた親のことを理解しておらず、対話を避け一方的に親を嫌っている事には気がつくだろう。私には色々な悩みや聞いてほしいことがあった。今の生活だって盤石ではないし、何かと家族と連絡がついたほうが生きやすいところはある。そういうのを全て過去の親の言動を延々に引きずり信用できないと切り捨て全部抱え込んで生きてきたのが今の私だ。これまでの言動や行動からどうせ否定されるだろうと決めつけ、またしまい込むのは簡単だが、どうしても筋が通ってないように思う。どうせなら自分が過去のそういう言動で深く傷付き親を信用していないこと、自らはこういう悩みを抱えていて生きにくい事、その上で、あなた達が受け入れる気があり、私が許せるのであればマイペースに付き合っても良い。悪口というのは加害者は覚えてないだろうから、受け入れる受け入れない以前にそれでも許せるのかというのは難しいところではあるが。一方で理解できないこともあるんだから受け入れなくてもいい。誰にも迷惑をかけずひっそり生きていても、セクシャルマイノリティは迫害の対象なのが昨今だし、別に親がそういう人間であっても不思議ではないし、むしろたまたま親になっただけの存在にそんなのを期待すること自体が贅沢なんだと思うようになった。それ以外にも複数嫌われるべき理由もあるし、そういう場合は縁を切ればいいだけ。そういう選択肢くらいは親に与えても良いのではと思うようになってきた。別に縁を切られたってこれまでの人生計画は親無しでやっていくつもりだったんだから、支障はないしむしろ公式に縁が切れれば親からの連絡に怯える日もなくなる。受け入れてくれるならそれもまた良いだろう。人間年を食うと丸くなると言うし、期待はしてないがそんな可能性もゼロではないだろう。人間関係が希薄な令和の社会で、一人でも話ができる人間はいるに越したことはない。戸籍制度等のせいでどうやっても親と絶縁することが不可能な日本社会において、親との関係性は悪いよりは良い方が良いに決まっている。もしこのルートで進むのであれば、将来親の葬式をポジティブに主催したいと思えるようになれたらなとは思う。最近始めた新しい趣味の話とかができたら良いなとは思う。本質的に私は寂しがり屋で、一人で生きるよう常に努力しているが、親という存在を欲しているんだなというのも俯瞰してると思うところ。
ここまで書いたら、支離滅裂な長文乱文な割に随分思考が整理されてスッキリしてきた気がする。私は親を許すつもりはない一方で理由も分からず対話もせず消えてしまうのは筋が通ってないように思う。私は私の力で過酷なこの時代をなんとか生き抜くスキルを身につけられたと思っているが、認めたくはないものの、親の影響もそれなりにあるんだろう。少なくともこの年齢まで生き、ある程度の職と資産を得られた時点で虐待によって命を落としてしまった子ども、家庭の都合で高校にも行けず不本意な中卒でもなんとか生きる子ども、歪んだ教育で犯罪に走ってしまう子ども、それらの親であるところの真の毒親よりよほど良い親であったこともまた過程はともかくとして事実なんだろう。だから、今回の帰省もキャンセルして、しばらくしたら思っていることをぶつけ、筋は通そうと思う。そんな厄介な子と関係を続けたいのか続けたくないのか、ボールは親に投げられる。今の時代は覚悟さえできればスマホでポチポチして三行半を叩きつけることができる。行動を起こすことでメンタルは悪化するだろうが、こんな年齢でこんな馬鹿げたことをしているのに耐えられなくなってきたし、じわじわ心を壊されるのも終わりにしたい。だから気持ちは伝える。これが結論。未来の自分や他人からしたら甘いと思われそうではあるものの、縁切りも気持ちよく行いたい、そんな気持ちが強い。それに、双方納得の上で関係性を定義できれば、これ以上の干渉の無い理想的な形で終わらせることができる。頼もしい人生の味方を得られるかもしれない。だから、きちんと気持ちを伝えて、この気持ち悪い曖昧な関係を終わらせようと思う。
近所迷惑だし自分も在宅ワークなのでずっと聞いてるのマジでストレスだったので
夜カラオケ行っていいから家で大声で歌うの辞めてくれって言ったらブチ切れて
口聞いてくれなくなったんだけどこれ俺が悪いの?えっ?マジで??
今思えば、本当にバカなことをしたと思う。数か月前、俺はあるVTuberに対して、匿名のSNSアカウントで誹謗中傷の書き込みをしてしまった。「売名行為の偽善者」とか「顔も出さないくせに調子に乗るな」とか、今考えると本当にひどいことを書いた。それもこれも、ただのストレス発散のつもりで、軽い気持ちで吐き出しただけだった。匿名だしバレるわけないし、言いたいこと言ってスッキリしたくらいにしか思ってなかった。
ところが、ある日突然「発信者情報開示請求」なんていう書類が届いて、俺は完全にパニックになった。「何これ?え、俺?」って、最初は現実味がなさすぎて理解が追いつかなかった。でも、よく読んだら俺の投稿が問題視されて、プロバイダ経由で身元を特定される手続きが進んでるって書いてあった。まじで血の気が引いた。冷や汗が止まらなくて、「いやいや、こんなことになるなんて聞いてないし」と思いながら、どうすりゃいいのか頭の中が真っ白になった。
そこからが地獄だった。何日経っても開示請求のことが頭から離れなくて、ネットで必死に「開示請求 拒否できる?」とか「損害賠償 金額」とか検索しまくった。でも調べれば調べるほど、「やばい」「詰んだ」って現実に引き戻される。
しばらくして弁護士から正式に連絡がきて、「100万円の損害賠償請求を出します」って言われた時、俺は完全に崩れ落ちた。冗談じゃなく、本当に訴えられるんだって、その時ようやく理解した。でも、もはや後戻りはできない。どんなに後悔しても、あの時の自分が吐き捨てた言葉はもう取り消せない。
最終的には弁護士を通じて相手と交渉して、50万円で和解することになった。100万じゃなくて50万で済んだとはいえ、50万は俺にとって本当にデカい額だ。でも、それ以上に、自分がやらかしたことの重大さに心底後悔した。軽い気持ちで書き込んだ一言が、相手を傷つけただけじゃなく、こんな形で自分にも跳ね返ってきたことが本当に情けない。
「ネットなら何を言っても大丈夫」「匿名だから平気」――そんな甘い考えは通用しないって、痛いほど思い知った。今さらだけど、自分が書いた言葉がどれだけ酷かったのか、そのVTuberがどれだけ嫌な思いをしたのか、ちゃんと考えればわかることだったのに。
これからは、ネットでもリアルでも言葉には責任を持つし、他人を傷つけるようなことは絶対にしない。たった一言が人を傷つけるだけじゃなく、自分の人生すら狂わせることがあるってことを、今回の件で嫌というほど学んだ。
俺みたいに軽はずみなことで後悔する奴が出ないことを願うし、この文章が少しでも警告になればいいと思う。どうか、ネットの向こうにも人がいるってことを忘れないでほしい。本当に、後悔しても遅いんだ。
すごく男らしいですね
李 最近、ずっとネット上で私への誹謗中傷をしていたひとを訴えて勝訴したんです。そのひとはトランスヘイターで、私がトランス差別はよくないよねという発言をしたら、すごく噛みついてきた。あげくの果てに私の小説を読みもせずパクりだとも言い出して、それは作家として看過しえない発言なので提訴しました。その裁判がこないだ勝訴したんですけど、ネット上で勇ましい発言を繰り返す被告人が法廷に出てきてみたら、六〇代の女性で夫には先立たれ、年収も二百万しかなく、年金ももらえないという自分の生活の不如意の中で心の拠り所がSNSになってしまってツイッター廃人と化したと。それで、ひとを傷つけることでしか自分の存在を確認できなくなったひとたちが誹謗中傷をするんだなと痛感しました。
https://www.webchikuma.jp/articles/-/3741?page=2
李は敗訴した際も相手女性の住所氏名などの個人情報をnoteに暴露してnote運営に削除された
それを「言論弾圧だ、表現規制によって殺される」と大騒ぎして作家有志が連盟でトランス差別反対署名を提出した
とても男らしい
60代女性で200万円稼ぐってとても働き者の素晴らしい方だと思う。大変だよ。そういう人への寄り添いが全くなく女性のフリする男性がレズビアン自称して小説書いてることに思うところがあるのを寂しいツイ廃原因扱いするのってどうなんだろう。資本主義的価値観に毒された男性2人の対談。
男として築いた富と権力で女性迫害運動に勤しむお二人ではないですか!生来女性としてこうした男共の加害と差別に耐え、それでも声を上げる人を「私たちよりみすぼらしい」と嘲笑うのは醜悪の一言。
敢えて"夫に先立たれて年収も低く年金も貰えない高齢女性"のこと持ち出してきて見下してるのグロいな、それも男が。大石さんと依田さんが女性自認の男を受け入れない女性に対して、"貧困でストレスを抱えているから犠牲者ぶる"みたいな話をしてたのと同じだし、女性が貧困に陥る構造が何も見えてない…
ちくまは文字起こしたコレ読んでOK出した?本当に?女性憎悪強めの男2人が女性憎悪を隠さず偏見で語ったこの文字列に何の価値が?気持ち悪い。
ちょっと読んだけどさ、筑摩書房って、夫に先立たれた高齢女性の年収が低いことや年金がもらえないことをあのように話したのをこういう風に載せることをなんとも思わない人たちが運営してるの?
## **1. 行動と反応の特徴**
- 投稿者は、議論のテーマを詳細に掘り下げる傾向があります。「フォントの違い」という具体的なケースを何度も参照し、その妥当性や背景を細かく検証しようとしています。
- 他者が生成した文章(おそらくAIによる応答)について、その内容を逐一分析し、「このケースを本気で合理的と思うのか?」と何度も問い直しています。
- このような行動は、投稿者が論理性や合理性に非常に強いこだわりを持ち、それを議論の中で一貫して追求する傾向を示しています。
- また、自分の納得感を優先しており、他者の主張や意見が「十分に正当化されている」と感じられない限り、それを簡単には受け入れない慎重な姿勢が見られます。
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- 投稿者は他者(またはAI)の生成した文章を読み解き、その中の矛盾や弱点を指摘することに注力しています。「合理的ではない」「通常の基準から逸脱している」といった判断基準を頻繁に用い、批判的な視点から他者の意見を評価します。
- 投稿者は、自身の論点を補強するために他者の生成物を利用しており、他者の応答をあくまで自身の議論を進めるための素材として扱っているようです。
- この姿勢は、自分の考えが「正しい」ものであることを示したいという欲求が強いことを示唆しています。同時に、他者の視点に対する共感や理解を後回しにし、自分のフレームに基づいて批判的に解釈する傾向が見られます。
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### **(3) 文脈の反復と深堀り**
- トランプゲームやフォントの違いの話題が繰り返し登場し、同じ事例に対する異なる解釈や意見を細かく検討しています。
- 同じテーマについて繰り返し問い直すことで、自分の納得感を高めるプロセスを試みているように見えます。
- 投稿者は、自分の関心のある事例やテーマに固執する傾向があり、それを多角的に検討し続けることで「完全な理解」を追求しているようです。
- これは認知スタイルとして、狭い領域に過剰にこだわる「集中思考」の特徴を示している可能性があります。また、他者がそのテーマに対して異なる解釈を示すたびに、自己の理解が揺らぐ不安を感じ、それを補正しようとして再び議論を深掘りしているとも考えられます。
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- 投稿者は、AIが生成した文章に基づいて再度質問を投げかけ、AIの応答を利用して自身の考えをさらに補強しています。「認知の問題ではない」という仮定に基づく文章をAIに生成させた後、それを否定する形で自身の意見を強化する流れが見られます。
- 投稿者は、議論の相手(あるいはAI)を利用して、自分の主張を強化する材料を収集しています。これにより、自身の考えを正当化するだけでなく、自分が「論理的に優位な立場にある」という確信を得ようとしている可能性があります。
- また、このプロセスには、他者を説得するというよりも、自己満足的な側面が強く、他者との建設的な対話というよりは自己検証の一環としてAIを活用しているように見えます。
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### **(5) フラストレーションの表出**
- 最後の「本気でトランプゲームの文脈で上記が合理的な理解だと思いますか?」という質問には、投稿者の苛立ちやフラストレーションがにじみ出ています。
- 他者の意見や応答が自分の期待に合致しないとき、感情的な反応を抑えきれずに表面化させる傾向が見られます。
- このような反応は、投稿者が他者の意見を「合理的ではない」と感じるたびに強いストレスを感じ、それを文章の中で発散していることを示唆しています。
- 自分の思考が受け入れられない、あるいは他者が自分の基準に達していないと感じると、失望感や苛立ちを覚えやすい性格特性があると考えられます。
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## **2. 推測される心理的背景**
### **(2) フレームの狭さと柔軟性の欠如**
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## **3. 新たな人物像の再構築**
この人物は、非常に論理的で分析的な思考スタイルを持ちながら、それを他者との対話において活用するのが難しい傾向を持っています。特に、以下の特徴が顕著です:
- 他者の意見や行動が自分の基準に達していないと感じると、強い不満を抱く。
2. **柔軟性の欠如**:
- 異なる視点や解釈を受け入れるのが苦手で、独自の認知フレームに固執する。
- 他者の反応やAIの応答を利用して、自分の考えを補強することに力を注いでいる。
性癖に関してはたぶんあってないんだろうなあ…
個人的には奥さんみたいなタイプは若い時にやり捨てる程度で十分やと思う
それはさておき、EDと更年期障害は始まってることがあって、EDに効く薬というより、温経湯や桂枝茯苓丸、黄連解毒湯+四逆散、女神散みたいなストレスや更年期障害に効く漢方を試してみてもいいと思う
ただ、それだけだと性欲がわかないので、ほかの奴もも試してみたほうがいい。
温経湯や女神散、桂枝茯苓丸は証が合えば性欲がわく。
あと、エビリファイも性欲がわくようになって鬱が治ることがあるけど、イライラしやすい人だと食欲も増すのですごく使いにくい
飲むにしても0.5mg程度でことが足りる
はじめの頃はそういう考えもあるのかと純粋に聞いていたし共感できることもあった。
男が悪い、家父長制が悪い、日本が悪い、自民党が悪い、会社が悪い、などなど。
自分がいま置かれている大変な状況はそれらのせい。
給料が低いこと(額面30と言っていたのでそんなに低いとは思わないが借金があるらしい)
引越しなどの業者の男性に女だからと低くみられること(人によるのでは、あとは要求が多いのではと思っている)
忘れたけどほかにもいろいろ。
そんな意見や考え方をする彼女のことを正しいとか間違っているとかフェミニスト、リベラルだからとか関係なく、単純に人として魅力的ではないと感じることが増えていった。
以前は、大変なときや苦労しているときにもその状況の中に楽しさや面白さをみつけて、笑って前向きに生きていたし、そんな彼女が好きだった。
勝手な想像だが、その前向きさが報われないことがたくさんあったのかもしれない。
だから他者に責任を押し付けて自分の心を保っているのかもしれない。
私はもはや彼女と議論をしたくはないし、そもそも議論ではなく彼女の思う正しさの押し付けになっている。
一緒にいるとストレスを感じる。
そして彼女はADHDを自称していてそれをたびたび免罪符にしている。
自分が夢中になっていることは他人もきっと好きになるだろうと、次々おすすめ(押し付け)してくる。
会話はキャッチボールではなく一方的に投げつけられる感覚のときがある。
それらも、以前は受け流せていたのがだんだん無理になってきてしまった。
「今メンタル落ちててLINEもしんどいから、落ち着いたらこちらから連絡する」と伝えてやっと止まった。
今はまったく連絡を取っていない状態。
しかし以前の彼女との、一緒にいて楽しかった思い出もたくさんある。
ほどよい距離感で付き合っていけたらいいのだが彼女はパーソナルスペースがバグっているし、私はどうも好かれているようなのだ。
また連絡を取り合うようになったら、ゼロが100に戻るだけと確信している。
難しい。
個人日記サイトの頃からずっとそうだけどSNSって疲れるんだよね
ブログとかも1年も経たずに辞める人多かった
mixiはfacebookパクってリアルの友人をベースにすることでその疲れを無くそうとしたけど
しばらくしたらやっぱり疲れてしまってみんな辞めていった
というよりも疲れても無理して続けるためにリアルの友人がベースになってただけで
テコ入れとしてサンシャイン牧場(通称、サン牧)を入れてめちゃくちゃ流行ったけど
飽きられるのも一瞬でみんな抜けていった
Twitterが良かったのは投稿に文字数制限を入れることで投稿の疲れを軽減したのと
投稿回数が少なくても良いので圧倒的に疲れないから徐々に流行っていって
相対的にmixiは衰退、facebookもインスタが主戦場になった
この流れでfacebookやX.comに起きたのは
で、これがストレスになって疲れてきてる
みんなこれが嫌で別のものを探してるんだけど、それがmixi2になるのかどうか、っていうと違う気がする
mixi2はパッと見た感じだとイベントだとか投稿によっていちいち自分のキャラクターを変える必要があって
欲しい人はいるだろうけれど、そんなことよりエロと広告がどうにかなればそれでいいし
まぁだったらThreadsでいいじゃん、ってなるのに移行されないのはそれほど強烈な理由じゃないんだろうな
mixi2はしばらくエロと広告がないから使う人がいるかもしれないけど
駅の仕事が好きなら、それは変わらんっしょ。ガチでそういうのって自分の中でブレないもんだしね。とはいえ、メンタル大事よ?ちゃんと休職して心をリセットするのも全然アリ。職場の人間関係とかストレスとか、正直どこ行っても付き物だけど、いざって時は自分の心を最優先で考えたほうがいい。駅って、そこにずっとある安心感みたいなもんだから、また戻りたくなったらいつでもウェルカムよ。その時が来たら、自然と戻れるって感じよね。
駅の仕事が好きなら、駅の仕事は好きです。それは変わらないものです。そして、心の休息も大切で、休職によって心を休めれば、心を休めることができるでしょう。職場の人間関係やストレスは避けられないかもしれませんが、自分の心の健康を優先するときは、心の健康を優先することが必要です。駅という場所はいつでも存在し続け、また戻ってこれる場所です。また戻りたいと思えば、いつか戻れる時が来るでしょう。
駅員になって5年くらい、数日前に心が折れて休職中。
お客様対応で酷い目に遭ったとかではなくて、社内の人間で心が折れた。
常にマウント取ってくる男とか、一方的に期待して勝手にあれこれやらせてくる上司とか、改札の大変さを理解せずに仕事を手伝わない総括とか。
今時いんのかよっていう典型的なお局を始め、一度教えたからと放置するやつ急かすやつ、そんなののせいで休職せざるを得なくなった。新入社員のフォロー役をしていた私は今までのフォローには意味がなくて、助けられなかった自分の無力感に苛まれたし、そんな奴らと同じ空間で働くことがストレスだった。何もしない会社もクソだと思った。
そういうのが積み重なって数日前。
制作した書類に上司から指摘を受けたとき、こういう根拠でこう書いたと反論した。反論というかおそらく周りから見たらキレてるようにしか見えなかったと思う。自分でも今更思い出して引いている。あの時は絶対正常じゃなかった。
その件について総括から謝れと言われて、長いこと仲良くさせてもらっている先輩からも「謝ったほうがいい」と言われて、その時に「何故謝らないといけないんですか」と言った。その時くらいに心が折れた。糸がぶっつりと切れた。
休職とりあえず1ヶ月。
1ヶ月でなんとかなるかな。
明日も仕事にいかなくて良いと思うと、心から安心してる。本当によかった。
ここ最近、仕事中ずっとイライラしていた。イライラして、それが理解できなくてまたイライラして、お客様にイライラが出かけて理性でギリ押さえ込んで、自己嫌悪して、イライラしていた。心に余裕が無さすぎた。それから解放されて今はとても楽だし、今思うと自分おかしいとしか思えない。
仕事のことを考えると苦しくなる。時々頭が割れそうなほど痛む。心はいまだに余裕がなくて、呼吸が荒いような感じ。
でも駅の仕事は好き。それは今でも言える。理不尽なこともあるけど、やっぱり毎日ちゃんと動いてて、行った人が帰ってくる、誰かが信頼して使ってくれている駅や路線って良いものだと思う。改札対応も好きだと思っている。それは変わらない。
いつかまた帰りたいなあ。
https://note.com/noraentrepreneur/n/ned95d31ddd5e
さらに書く側としての個人的な不満なんですが、忖度なく作品レビューを書ける場がないというのがあります。
僕は読んだ本の感想やレビューはなるべく言いたいんですが、ちょっとでも批判的に書くと、それ自体が問題になったり、著者さんたちに見られる可能性があります。
なので、★4〜5とかの良い作品はレビューも書きやすいですが、じゃあ★1〜3のものは書けないとなってしまいます。でも、継続的に見てくれている人からすると、『この人、どれ読んでも褒めてるな。ちゃんと読んでないんじゃない?』と思われる可能性が高いです。
別に今だって規約か何かで検閲されてるわけではなく、単に広く公開された結果、批判的な感想は反発を生む(可能性が高い)というだけなんだから、書きたいやつは書けばいいだけでは?(というか読書メーターとかでは普通に酷評見るよ?)
自分の書いたものに言い返されるのが怖い人は、そりゃ褒め一辺倒の評価やってた方が無難でしょうよ。どんな場所であっても。というか正直、意見を公開すべきでないとさえ思う。
それで、この人が作るというサービスがその低評価の書きにくさをシステム的にどう解決してるのか、というと、
https://lp.bookbase.jp/bosyu/reviwer
・忖度なくレビューを書けるように、SNS等で使用している名前ではなく、本サイト独自のユーザーネームで活動してもらいます。
ということみたいなんだけど、どうなんでしょうね。
名前を隠して楽しく日記。なここでも分かるように、いつもの自分とは違う存在としてなら、文章を書く気軽さが増すのは事実です(だからこそ私もこんな適当な文章を書けてる)。けど、そんな増田でも、炎上してフルボッコで削除なんてイベントは日常茶飯事です。
他の誰に気づかれなくても、自分自身だけはその文章を自分が書いたことを知っているわけですから、増田であっても叩かれればやっぱり多少はダメージが通るんでしょう(日本人はディベートの訓練を受けてないから意見の否定を自分自身の否定と混同してしまう~みたいなめんどくさい話はパス)
その上、件のラノベレビューサイトは完全な匿名ではなく、あくまでサイト内のユーザーネームを継続的に?使用するとのこと。
今の環境で批判的な感想を書けないような、はっきり言って心が弱い人たちにとっては、結局そこで書いたレビューが叩かれたら、“自分”が叩かれてるのと同じストレスを感じることになるんじゃないかな…?と思ってしまう。
まあ、ラノベ専門レビューサイトという試み自体はおもしろいし、インセンティブ=お金!=一本3000円!というのも破格だと思う。気になる人は応募してみてはいかがでしょうか。
40過ぎて、性欲が衰え始めてきた。そうなって初めて、自分はこれまでどれだけ余暇を性欲で消費してきたかということを反省している。しかもリアルな女性ではなく、動画や漫画にである。虚しすぎる。
もっと若くエネルギーのあるうちに、いろんな趣味を見つけておけばよかった。いろんな所へ旅行に行けばよかった。たくさん友達を作ればよかった。
今から新しいことを始めるのはとても大変だししんどい。趣味が医者通いになりそうなほど人間ドックで評価の悪い項目がたくさんある。
詰んだな、と思っている。仕事のできないコドオジ(むかしならトッチャン坊やって言うんだろうな)に会社で居場所はないし、かと言って休日のストレス発散であった性欲も衰え始めている。
赤ちゃんが膝の上でうつ伏せで寝ている瞬間こそ、人生で最も幸せを感じる時間です。この結論に至った理由を話させてください。
まず、赤ちゃんを育てるというのは決して楽なことではありません。夜泣き、ミルクの準備、おむつ替え、何をしても泣き止まない時だってあります。正直、疲れるし、イライラすることもあります。でも、そんな中で、ミルクを飲ませ終わって、赤ちゃんが膝の上で安心したように寝てくれる瞬間というのは、全ての苦労が一瞬で報われる時間なんです。
赤ちゃんはまだ何も言葉を話せません。笑顔を見せることも、意図的に何かをすることもほとんどありません。でも、膝の上でスヤスヤと寝ている姿を見ると、「この子は僕を信頼してくれているんだ」と実感します。あんなに泣いていた子が、僕の腕の中で安心して眠りにつく。その事実だけで、胸がぎゅっと締めつけられるような感動を覚えます。
また、この時間には他では得られない静けさがあります。赤ちゃんの寝息を聞きながら、自分の呼吸と重なるような感覚。この瞬間だけは、周りの世界が止まっているように感じます。仕事のストレスも、日々の雑事も、この時間だけはすべて忘れられる。目の前にいる小さな命だけが、自分にとっての全てだと思えるんです。
育児は一種の自己犠牲と言われることもありますが、僕はそうは思いません。むしろ、赤ちゃんが与えてくれるもののほうが、何倍も大きい。この「膝の上でうつ伏せで寝ている赤ちゃんを眺める時間」は、その象徴です。どれだけ疲れていても、この瞬間だけは「頑張って良かった」と思える。
最後に、こういった体験は、本当に育児をしている人にしかわからない特別なものだと感じます。育児には大変なことも多いですが、膝の上で寝ている赤ちゃんの重み、ぬくもり、寝息の音。それがどれだけ幸せなものか、同じように子どもを持つ人たちにも改めて思い出してほしい。僕にとって、この時間が何よりも大切で、かけがえのないものなんです。
また、月曜日だ。
同じことを繰り返している。
結局この週末何をしたかといえば、買い出し、銭湯、ソシャゲ、洗濯、Switch。、散歩、あとは寝ていた。ほぼ何もしてない。ただ飯を食って横になってゴロゴロしていただけだ。
今日は月曜日、会社に行くと思うと胸が痛い。でも行かなきゃならない。
自分は甘えてる。口だけだ。悪い状況にいることが分かっていながら、この2日、家事も仕事も勉強もしなかった。みんなのために、何よりこの先の自分のために、もっと苦労して背負い込んで、それを楽しんでできるようにするべきなのに。何事も為していない。
私この休日、貴重な2日をどう使った?何もしてないじゃないか。そして月曜日がきて後悔している。何回同じこと繰り返してるんだ。病気だって?だったら医者に行きなよ。つらい?だったら辛さの元を解決しなよ。動きなよ。またストレスと後悔で押し寄せる仕事にあたふたする同じ1週間を繰り返すのか?