(C, , I) をモノイド圏とします。α, λ, ρをそれぞれ、結合律子、左単位律子、右単位律子とします(律子(りつし)に関しては「律子からカタストロフへ」を参照してください)。
λ, ρに関する等式的法則を書き並べてみます。ただし、αによる括弧の組み換えは省略します(その意味で多少不正確です)。
- ρA
B = A
λB : A
I
B
A
B
- λA
B = λA
B : I
A
B
A
B
- A
ρB = ρA
B : A
B
I
A
B
- λI = ρI : I
I
I
通常は、1番がモノイド単位の公理として採用されます。しかし僕は、2番と3番を一緒にしたほうが使いやすい気がして、個人的には2番+3番を仮定していました。その背景には、「1番 ⇔ 2番+3番」だろうという思い込みがあります。
間違ってました。実際は「1番 ⇔ 2番+3番+4番」でした。つまり、1番を採用しないなら、2番、3番に加えて4番も公理に入れないとダメなんです。
「1番 ⇒ 2番+3番+4番」、つまり1番を仮定すれば残りの3つが出てくることはケリー(G. Max Kelly)が発見したそうです。簡単な等式的な変形かと思いきや、これは難しいです。次の古い(1993)論説の最初のほうに証明が書いてあります*1。
- Title: Braided Tensor Categories
- Authors: A. Joyal, R. Street
- Pages: 59
- URL:http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0001870883710558
「2番+3番+4番 ⇒ 1番」については、サーヴェデラ(Neantro Saavedra Rivano)が示したそうです。このことについては、ヨアヒム・コック(Joachim Kock; SDGのAnders Kockとは別人だが、赤の他人ではないようだ)が解説しています。
- Title: Elementary remarks on units in monoidal categories
- Author: Joachim Kock
- Pages: 37
- URL: http://mat.uab.es/~kock/cat/units1.pdf
モノイド圏の単位対象の定義は、けっこう難しい問題みたいです。1番にしろ「2番+3番+4番」にしろ、高次圏に拡張するには問題があるようです(よく知らんけど)。それで、別な定義が提案されています。
とりあえず、単位対象がない半モノイド圏(C, )を考えます。Cの対象Uに対して、次の性質を定義します。
- Uが左消約的(left cancellative)とは、U
X
U
Y ならば X
Y が成立すること。
- Uが右消約的(left cancellative)とは、X
U
Y
U ならば X
Y が成立すること。
- Uがモノイド・ベキ等対象(monoidal idempotent object)とは、U
U
U であること。
左右の区別は逆にする人もいそうです。消約性のイコールは同型にしてもいいかも知れません。([追記]同型に直しました。[/追記])まーともかく、以上の準備のもとで、単位対象を「左消約的かつ右消約的なモノイド・ベキ等対象」として定義します -- 名前が長い! 「消約ベキ等対象」でいいかな。この定義だと、高次化に都合がいいらしいです(よく知らんけど)。高次圏における単位対象や恒等射に関してはコックがまとめページを作っています。
モノイド圏に関する新しめの解説では、「単位対象=消約ベキ等対象」としているものもあります。例えば:
λ, ρは後から定義して、冒頭の等式はすべて定理になります。特に、λI = ρI : II
I は、最初に与えたベキ等性に一致します。
どうでもいいような細かい話の割には難しいので、現実的な態度としては、冒頭の4つの等式は最初から仮定して自由に使う、でいいんじゃないかと思います。
[追記]
以前「豊饒圏(ピノキオ)が圏(人間)になる物語」において:
δ = λI-1 = ρI-1 の証明はけっこう難しいようで、(I, δ, idI) がコモノイドになることは一般的には自明ではありません。
と書いているので、λI = ρI は成立するが難しいことは知ってはいたんですね。
λI = ρI のGlobularによる証明があります→ http://globular.science/1512.002v1 (chorome推奨)-- これを眺めると、難しいことが実感できるでしょう。
[/追記]
*1:[追記]短いノートとしては、http://www.mathematik.uni-muenchen.de/~pareigis/Vorlesungen/98SS/Quantum_Groups/LN3_2.PDF (9ページ)があります。Bodo Pareigisのコースの一部ですが、モノイド圏について簡潔にまとめられています。[/追記]