「ポー」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ポーとは

2025-02-10

anond:20250209011350

これをDeep Researchにお願いできますか?

 

第三次世界大戦可能性に関する包括的分析依頼

国際的地政学リスク高まる中、第三次世界大戦可能性について包括的分析可能な限り詳細に出して下さい。

以下の主要テーマを含む形で、現状の国際情勢を踏まえた詳細な予測洞察提供下さい。特に各国の人口経済力輸送力、軍需物資生産能力農産物生産能力などを根拠とする軍事力や継戦能力を具体的な数字で出す事を務めて下さい。

これ以外に重要だと思われる点を自由ピックアップして詳細を提示して下さい。

 

分析対象領域

米中問題および台湾香港問題

ロシアウクライナ問題

トランプ政権によるガザ地区への対応

その他考慮すべき要因

アフガニスタンの現状、シリアのその後、難民問題気候変動、水不足問題人工知能開発競争グローバルな経済不均衡、タックスヘイブンサイバー攻撃宇宙空間でのハイブリッド戦争エスカレーションリスクなどなど。

期待される成果物

2025-02-07

anond:20250207173543

ラーメン発見伝にチョイ役で出てきた人「ポー・サレの技法を用いれば出汁には大根の、大根には出汁うまみを与えることができるのでは」

anond:20250207113849

スンポー

って書けばよかったのに

そろそろ各社がフジテレビへのスポンサードを再開する頃合いなのかな

私たちコンプライアンスをしっかりしてるので一時的スポンサーを取り止めることで世の中の問題意識してますよ」って茶番はもう終わりか

これで元通りってスンポー

賢いですね

2025-02-05

ソロ専だが仲間がほしい気持ち

とにかく協力プレイとかそういうのが苦手だ。

最高峰FPSPvPチーム戦。もう相手リアル人間と思うだけで心臓バクバクして一戦するだけで疲れ切ってしまう。

かにそれだけ興奮してるとも言えるんだけど、正直実生活でそこまで勝ち負けが分かりやすいこともしてないのでとにかくしんどい

もともと勝負自体好きではない。

PvEならだいぶ気は楽になるけど、それでも気疲れはしてしまうので、一緒に遊ぶ楽しさ<一人で遊ぶ気楽さ になってしまう。

そんな感じなのでとにかくゲームソロ専なんだが、ずっとソロでやってる寂しさもあったりはする。

なんともわがままゲーマーなんだけど、同じようなタイプの人も少なからずいるのでは?とも思ったりする。

フロムゲーのシステム自分の中ではけっこう惜しいとこまできてるなと思った。

侵入されるのも、協力者として現れるのもリアルプレイヤーではあるが、

あくま自分ゲーム世界の中にイレギュラーに現れるゲスト存在なのでそこまで気を使わなくてすむ。

コミュニケーション必要なくなんか適当でもいい感じもあって。

そしてメッセージシステムは他プレイヤーとのうすーいつながりを感じられてそれも楽しかった。

ただ侵入されるとペースは乱れるし、自分の力で倒しきりたいというのもあって結局オフラインメインでやっていた。

ただし遺灰とかボス前の協力者とかは普通に使っている。エルデンリングに至ってはAIがよくなったのか一緒に戦うのがとても楽しく感じた。

他にもNPC共闘するのが楽しかったゲームはいくつかある。

モンハンサンブレイクでは盟友システムがとても楽しかった。

モンハンは人とやるのが楽しいゲームでもあるので、もともと仲間内でやってハマってた時期もある。

ただ結局気は使うのでだんだん面倒くさいのほうが勝って一人で遊ぶようになってしまったんだが。

そしてソロだとけっこうしんどいゲームでもある。

なので盟友システムNPCと一緒にやるだけで楽しさがかなり増した。

PC版だったのでどんなクエストでも盟友を参加させられるMODまで入れて遊んでいた。

今度のワイルズがどうなるか知らないんだけど、このシステムさら進化させて入れてほしいなあと切に願っている。

一番良かったなと思うのはドラゴンズドグマだ。

2はゲームのものがなんていうかちょっとアレだったんだが、初代からポーシステムというのがあり、

簡単に言えばポーンと呼ばれるNPCを雇って一緒に旅をするというシステムなんだが、アクションRPGなのにバトル時には自立して行動してくれて共闘感がすごい上、

レベルアップ時に自分ポーンも育てることができるので愛着がすごく湧く。

さらポーンをリアルプレイヤー間で貸し借りできるという機能もあって、それがまた自分ポーンが誰かのゲーム内で活躍するというロマンも生み出している。

ほんとにこの一点だけでドラゴンズドグマは刺さりまくって、すごく思い出深いゲーム体験となった。

いずれのゲームソロでやってる安心感と、NPCだが仲間がいるような気持ちの両立があってすごく良かった。

AIがどんどん進化してるし、そのうちホント人間みたいなNPCと一緒に遊べるようなゲームも出てくるんだろうか。

ただ、あまり進化しすぎると自分は「ああ、なんかやりづらい・・」ってなってしまいそうな気はしている。

なぜなら今chatGPTを使うときも、ついchatGPTに気をつかってしまうからだ。

「それもいいけど、もう少し違うやり方はあったりしますか?」とかわざわざ丁寧な物言いになってしまう。

相手人格っぽさを感じた途端、「気を使うべき相手」という設定を自分で入れてしまうようだ。

それはともかく、もし既存ゲームNPCとの協力プレイ楽しいゲームとかあればぜひ教えてほしい。

2025-02-03

anond:20250203120716

智津夫マリポーサや智津夫ピッグボディに登場させて、マイトレーヤ大師後継者争いをさせよう

2025-02-02

理系だけど日本古典文学を割と読んだから語る④

【前】anond:20250202175752

11:好色一代男 島田雅彦 訳[新訳] 雨月物語 円城塔 訳[新訳] 通言総籬 いとうせいこう 訳[新訳] 春色梅児誉美 島本理生 訳[新訳]

この中では雨月物語しか読めていない。確か角川ソフィア文庫で読んでいる。

村上春樹海辺のカフカ」で言及されていたので興味を持った。物語集として面白いのだが、序文紫式部を持ってくる自意識の強さが良い。あと、僕はそもそも怪奇物語が好きだ。好きなのは凄惨なスプラッタお化け屋敷的なジャンプケアではない。何か人知を超えた存在がいるという驚きや恐れなのだ

これは僕の感傷マゾとつながっているのだろうが、言い出せない妄念を抱えた死者というモチーフが好きだし、神話物語に通じる奇譚が好きで、だから仏教説話説教臭い割に好きだ。

ところで、東京創元社編纂したSF短篇集「時を歩く」にピンとくる言葉があった。空木春宵によれば、幽霊とは虐げられた人々の象徴で、だから怖いというよりも親しみを感じるそうだ。その言葉にはたと膝を打った。だから僕もお化け妖怪が好きなのだ。異様な姿をしていて、理解できるのかできないのかわからない、その「他者」っぽさが面白いんだ。モンスターが深い知性を持っているという設定、大好き。

ちなみに、小林泰三「酔歩する男」の元ネタ菟原処女伝説が、「浅茅が宿」でも触れられている。これを書いていたら小林泰三をまた読みたくなってきた。

菊花の約」は小泉八雲が「怪談」で翻案している。小泉八雲も上と同じ理由で好きだ。一度彼が翻案する前の原典を読んでみたい。僕は箱庭的世界というモチーフが好きなので「安芸之助の夢」が特に大好きだ。

ところで小泉八雲朝ドラをやるそうだ。大好きな作家だが、きっと観ないんだろうな。僕がテレビを見る習慣をなくしたのは、一つはイケメンの歯の浮くようなセリフを聞きたくないかなのだが、もう一つは小説家を目指すために、帰宅してから寝るまでの時間をずっと執筆にあてていたかなのだ。あと、ドラマを見ていると本編を放っておいて、史実ではどうなっていたかを調べる悪癖もある。

というわけで、残りの物語もそのうち読む予定。

12:松尾芭蕉 おくのほそ道 松浦寿輝 選・訳[新訳]与謝蕪村 辻原登 選[新釈] 小林一茶 長谷川櫂 選[新釈] とくとく歌仙 丸谷才一 他

これも「おくのほそ道」しか読んでいない。たしかビギナーズクラシックスだ。人々と交流しながら俳句を作っているのが楽しそうだけれど、地元に句会の記録が実は山ほど残っていたりしないんだろうか。

そういえば句会に通う友人にそそのかされて試みに俳句作ってみたけれど、短歌と比べて情報量が圧倒的に凝縮されている。言葉選びが極めて厳密で、密度が高い。短歌は十四文字だけの余裕があるがあるから、聞いていてもゆとりがある気がする。僕は散文の文学の良さは情報圧縮困難性、言い換えるならばどういう話かあらすじを短くまとめると魅力が失われる度合いが高いものを高く買っている。逆に、詩文はどこまで世界圧縮できるかだ。しかしながら、短歌枕詞で五文字も使う。なぜこんな効率の悪いことをしているのかは不思議だ。

短歌与謝野晶子俵万智穂村弘あたりを読み、俳句は他に高浜虚子あたりを読んだ。

俳句じゃなくて短歌だが、与謝野晶子熱量がすごくて読むのにえらく時間がかかった。また、穂村弘は生々しい男の生理表現されていて何となく好ましく思う。しかしそれを荒っぽくぶつけているようできっちりと計算して表現している。形式があらかじめ用意されているからこそか。「台風の来るを喜ぶ不精髭小便のみが色濃く熱し」「男の子はまるで違うねおしっこの湯気の匂いも叫ぶ寝言も」「泳ぎながら小便たれるこの俺についてくるなよ星もおまえも」。僕は意外と暴力的ものが好きらしい。

俳句は数が多く、未読が多く、次々に新しいのが生まれており、追いつけない。ここに載せられた作品もいつかは読みたいが、記憶に残らないこともあるだろう。しかし、すべてを記憶しておかないと不安だというのも強迫観念に過ぎない。読んだその場で一期一会幸せを覚えれば、それでいいのかも。ちなみに、俳句が作者の目の前で論評されるバラエティは、かつて通った小説創作講座を思い出して胸が苦しくなるから、見ていない。あれ残酷だよね。

こうしてみればわかると思うが、平安時代文学と比べると、まだまだ読めていないのが江戸時代作品だ。開き直って現代語訳でどしどし読みたい。

古典は急がない。いつまでも待ってくれている。世間流行っている作品とか必読書とかそんなのとは無縁だ。千年前の作品を読むのが一年や二年遅れたところで、どうということはない。

ところで脱線するけれど、いま生きている人を推せる人って偉いと思う。だって、いつスキャンダル裏切られるかわからいからだ。それこそ明治文豪クズだったとかいう話はよく聞くけれど、今となっては本人を含めて関係者がみんな死んでるので、多少は冷静でいられる。新たに醜聞が掘り起こされても「昔の人だからね」とどこか冷静になれる。今の人だとこうは行かない(以下、きちんと謝罪をしなかったためその態度に非常に腹が立ってファンをやめた人や、音痴イケメン歌手実例を事細かに挙げるつもりだったが、見苦しいので削除した)。他にも存命人物だと、事件を起こす前のオウム真理教面白がってた著名人や、古本屋で見つけたロリコン写真集に「これぞ芸術」と推薦文を寄せていた文化人に「逃げるなァァァ」と言いたくなることがある。

やっぱり推しは死んでいる人に限る。どんな差別発言をしていても過去の人間だから納得できてしまう。そんなことを頭の片隅に置いてネットサーフィンをしていたら、芥川龍之介が「侏儒の言葉」で似たようなことを言っているのを見つけた(正確には、悲観主義について調べており、そこから哲学者フィリップマインレンダーを見つけ、そこから偶然にも「侏儒の言葉」の言葉にたどり着いた)。

   古典

 古典の作者の幸福なる所以兎に角彼等の死んでいることである

   又

 我我の――或は諸君幸福なる所以兎に角彼等の死んでいることである

侏儒の言葉」は好きなんだけど、読んでいると段々と彼の鬱に巻き込まれていく。いつか芥川全集をぶっ通しで読みたいが、晩年作品を読むと真実を言い当てすぎていて心底気分が悪くなってくる。二十代の頃のようにシニシズムを楽しむだけの体力がもはやない。ネヴァーモア! 昔はアンブローズ・ビアス悪魔の辞典」とか大好きだったんだけどな。

とはいえ、数百年前の古典を無批判に読んでいると、人間身分上下があることやとりあえず天皇家が偉いことが自明に思えてくるし、人命がアホみたいに軽いことに感覚がマヒしてくるので、これもまたよろしくない。

こういうことを考えている時は大抵は体調不良ときなので、筋トレなりストレッチをしたりするのがいいのである。僕らは結局肉体を備えた存在で、そこから入力がどんな言葉よりも助けになることが多い。というか、言葉自家中毒を起こすことはよくあるのだ。ペッペデス。頭が良すぎて不幸になった人間物語は好きだが、芥川には生きて戦後を見てほしかった。

さて、池澤夏樹全集では、これ以降の巻では明治作品が扱われる。しかし、ここまで書いてきてかなり長くなってしまった。ひとまず、江戸時代までで一区切りとし、近代作品はまた別の機会としたい。おそらく本気になって書いたら、作家ごとに思い入れのある作品は多く、言いたいことはたくさんあるので、もっと長いエントリになることだろう。近現代作家集に至ってはIからIIIまであり、合わせて何十人もの作家が紹介されている。倍近くになるだろう。

ただし、その機会がいつ訪れるかはわからない。先にドストエフスキー中島敦ポーラブクラフトについて書くかもしれない。あるいは、文学にかこつけた自分語りが一段落したので、これで終わりにすることも大いにありうる。

なお、次のエントリでは、有名どころだが話の流れから言及できなかった作品について述べる。

INTERMISSION④

さっきは何が苦手かについて書いてしまったので、逆に何が好きかについても少しは語ろう。芥川賞をはじめとした現代文学を読んでいて、どういう作品自分に刺さるかを整理すると、知識豊富な語り手の小説が一番好きで、その次が自分の巨大な感情論理的言語化するのがうまい人が語り手であるものだ。それから、無軌道な性欲や暴力衝動、ひがみなどの負の感情を抑えきれない人間が出てくるのが続く。自分中高生の頃、そうしたダークな受賞作が連続していたと記憶している。田中慎弥共喰い」とか、時代は下るが西村賢太苦役列車」とか、砂川文次「ブラックボックス」とか、自分暴力衝動に屈する人間を描いたのが好きだ。青来有一「聖水」とかもそうだ。世間からはみ出してしまった、汚らしい人間が好きだった時期がある。おそらく「悪とは?」が内なるテーマだったんだろう。

芥川賞は一つの賞でしかなく、世間的には評判が良くてもピンこと来ない作品はどうしてもある。若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」は最初から自分の中の無意識の声たちについて説明しすぎていて、「それだったら最初から意識の流れとか無意識って言えよ」って思ってしまって、それ以来ずっと批判的にしか読めなかった。あれは高齢者向けの一人で生きることを学ぶ教養小説なんだよな。あと、又吉直樹作品結構な頻度で、的外れ批判をしてくる劇団員女性が出てくるけれど、「お前、本当は社会的作品批評が嫌いだろ?」っておちょくってやりたくなる。村田沙耶香コンビニ人間」については前回のエントリ名前を伏せてチクリとやってしまった(最後まで読んでいないくせに!)。

理想を言えば性別だとか人種だとか国籍だとか年齢だとか思想だとか、そういうのを抜きにして作品評価したいんだけれど、ある程度年齢を重ねてくると、十代の頃のように素直にストーリーを受け止められず、若いころのように思考の柔軟性がなくなり、労働で疲れていては異質なものを楽しむゆとりが減る。どうしても自分属性性格が近い人の文章面白く感じるので、公平に評価するためにマイノリティ枠を設けるってのは、いくつかの問題点があるとはいえ、一つの知恵だと思う。なお、文学的に優れていることと、そのとき自分に刺さって面白いのと、今の社会必要としているのとは、まったく違うので、話題小説がいつも面白いわけにはいかないのはしょうがないのだろう。

脱線すると、芥川賞を取ってもその後書き続けられた作家のほうが面白い。というか、受賞作がつまらなくてもその後面白くなる作家も多い。しかし、逆に芥川賞を取る前の青臭い作品しかない魅力もある。長編を連載するだけの構成力も体力もないデビューしたての漫画家の初期短編からしか得られない栄養素があるのと同じだ。

なお、僕は大体漫画を買うとき短編が多い。「Fellows!」「ハルタ」「エロティクス・エフ」「楽園」「アフタヌーン出身漫画あたりから、絵が好みなのを選んでいるようだ。

というか、みんなあれだけ長編少年漫画を読むだけの体力があってすごい。ただし、僕がなかなか長編漫画が読めないのは、活字のようにぶっ通しで一気に読もうとしているからという可能性がある。連載を追うペースで、ゆっくりと読めばいいはずだ。

なんでこんなことを言うのかというと、僕は同世代経験相対的に乏しいためだ。例えばゲームが下手すぎて、ドラクエファイナルファンタジーなどの多くの作品プレイできていない。ポケモンでさえ途中で飽きる人間なのだ自分が好きなペースで刺さった作品を読んでいるだけなのだが、時折どうしても疎外感を覚える。若いころにもっと流行りのJ-POP聞いてりゃよかったよ。そりゃあ人は人、自分は自分だけれど、寂しい。

とはいえ少年漫画の多くは恋愛が扱われるので、そこまで読みたい気分でもないのである

こういうことを書くと「課題の分離」とかいう話になりそうだけど、個人的にはアドラー心理学はそこまで信用していない。さっき書いた「課題の分離」をはじめとした有益概念は多いし、原因を探るよりもまず対処法を考えるのは、実生活で非常に役に立つ。というか、実際に役に立った。だが、「嫌われる勇気」をはじめとした本ではいいことを言っている一方で、「私に反論するとしたら、それは私の理論理解していないからだ」という、反証可能性を潰すような自己完結した思考をしているのがいただけない。これは初期のフロイト派の「私に反論するとしたら、それは私に父親見出しいるからだ」とか、古い時代フェミニストの「私に反論するとしたら、あなた女性差別を乗り越えられていないからだ」とか、それらと同様の理屈だ。なにか自己完結した、人の話を聞かない嫌らしさを感じる。

自己完結と言えば、たとえば何人かの反出生主義者が(もちろん別の哲学的立場でもいい、実例は見たことがある)、予期される反論に対してすべて想定問答を作ってガチガチ自己防衛をしているのを見ると、圧倒的な壁のような「他者」を感じる。この人と議論しても、自分相手も何も変わらないだろうなという、諦念を感じることがある。互いに変化をもたらす「対話」にならないのだ。

意識の高い人たちが叩かれるのはこれも理由かもしれない。会話をしても意見を変えてくれないだろうと感じるのだ。一方的議論をしたいのなら活字でいい。僕は対話がしたいのだ。

沖縄風の恵方巻き

沖縄風の恵方巻きは、沖縄ならではの食材を使った巻き寿司です。一般的恵方巻きとは少し異なる具材や味付けが特徴です。

材料

ご飯酢飯

焼きのり

ポークランチョンミートスパム

卵焼き(厚焼き卵)

ニンジン

キュウリ

レタス

マヨネーズ

(お好みで)沖縄そば、島豆腐ゴーヤーなど

作り方

ニンジンは千切りにし、軽く炒めるか茹でる。

キュウリは細長く切る。

卵焼きは厚焼き卵を作り、細長く切る。

ポークランチョンミートは焼き目がつくまで焼く。

巻きすに焼きのりを広げ、酢飯を均一に敷く。

手前に具材を乗せる。

マヨネーズをかける。

奥に巻き込み、形を整える。

食べやすい大きさに切る。

ポイント

具材はお好みでアレンジ可能です。

ポークランチョンミートの代わりに、沖縄風の豚肉料理であるラフテーや、沖縄県民が愛するポークたまごおにぎりポーたま)の具材を入れても美味しいです。

沖縄そばを入れても美味しいです。

島豆腐ゴーヤーなど、沖縄ならではの食材を加えても良いでしょう。

マヨネーズの代わりに、沖縄産のシークワーサーを使ったドレッシングや、島とうがらしを加えてピリ辛にしても美味しいです。

その他

沖縄では、恵方巻きの代わりに、旧暦1月1日旧正月)に「フーチバー巻き」と呼ばれるヨモギの葉を使った巻き寿司を食べる習慣があります

沖縄スーパーでは、恵方巻きの時期になると、沖縄風の恵方巻き販売されます

2025-01-29

anond:20250129130356

もちろん何度もクルッポーと声掛けしたんだよ

anond:20250129125039

鳩にクルッポーと言って欲しいのなら増田が先にクルッポーと言うのが礼儀では?

公園に鳩がいたけどクルッポーとは言ってくれなかった

2025-01-28

エコーチンポー効果の分かりやす説明

チ ン ポ ー  チ ン ポ ー  チンポー チンポー…

2025-01-25

十角館の殺人の何がそんなに面白いのか全くわからない

ドラマを全部見た。

例の「衝撃の一行」については、まあこのシーンだろうなというのは感じた。

でもそれがどう面白いのかが分からない。

「実は正体は……」というのが陳腐化しているとも思えない。

そもそもこの展開は神話聖書でも多用されているほどのありがちな物語類型だ。

洗練された形にしたという点で意外性が有るかと言えば、まさしくポーモーリス・ルブランの手によって形作られていった技法といえる。

ハッキリ言えば、この作品日本でここまで評価されている最大の理由は「日本人の手によって作られ、日本舞台である」という点だろう。

いや、うん、これが日本ミステリーマニアにとっては滅茶苦茶重要な話なのかも知れん。

特にミステリー作家を目指していたり、趣味ミステリーを書いてた人からすれば「日本人にもミステリーが書けるぞ!」という感動があったのだろうな。

江戸川乱歩で止まっていた時計が動き出した音を聞いたのかも知れない。

いや、マジで、しょーもないな。

ここまで女々しい持ち上げ方があるか?

マジで、しょーもないな。

この小説過大評価してる奴らのしょーもなさと来たら本当にしょーもない

2025-01-20

金木犀香り

金木犀香り

幼かった僕が弟と宇都宮引越し来た頃。僕の親父の家が建つ前。僕の親父の家が建つ土地のには、キンモクセイが一杯咲いていて。良い匂いを発した。

親父は「だからな種買ってやるから我慢しろって」

「ううう・・」じいちゃんが言った。何でもお袋が嫌がってじいちゃんの家と離れて家を建てた。通路を作って、行き来できるようにしそこに権利書を置いといたらじいちゃんが持ってっちゃった。親父はカンカンになり

「返せ権利書」って言ったら

「返すもんか」

「何だよやっぱりじいちゃんがもってっちゃったのかよ」って親父は言っていた。親父の家を建てるのに、キンモクセイの木が邪魔になった。じいちゃんの家は土地が広いと言っても庭になっていたからそこに親父の家を建てた。元はと言えば、じいちゃんが「寂しい」ってんで、日光から宇都宮引越しになった。僕と弟は嫌がったがしょうがなかった。小学校中学校でも虐めみたいのに遭った。「ギザギザは猿だ猿があだ名だ」「俺は猿か?」虐めなんか田舎では、無いから虐められている感覚は無くも

ギザギザはつかいっぱだぞ」僕は困っていた。泣いていた。ライオンの子が虐められるがごとく締め付けられた。

調子に乗るなよ」何が、調子に乗るなだよ。天下のギザギザ様だぞ今では言ってやりたい、ぶん殴ってやりたい。やり返したい。ぶっ潰してやる。中学校牛乳のパックをぶん投げて遊んでいたら先生がこれもまた先生ではないがせんこうだが

「誰だ?やったの?」僕は黙っていた。帰り道ガツンと後頭部を殴られ

「いってー」

「てめーがやったんだろ」威張っているやな奴ら。下駄箱置きに連れられて汚い数人掛かり右目をガツンと殴られた。痛かった。眼科にも行ったがあんなのは暴力事件学校側はもみ消した。教育委員会ももみ消しに出てきた。先生も一緒になって虐めたと僕が言ったから、実際そうだった。僕をぶん殴った生徒は名誉だとお褒めの言葉でも貰ったのであろう、満足気な顔をしていた。後でそのせんこうはつるんでいた。やな奴と手ごわそうな奴らなんで、僕なんかを誰が何やったのかを黙ってったって言って50発も、僕を殴った。殴ったって言うか叩いた。

嘘吐きは大嫌いだ」一緒に虐めてやれみたいなせんこうだった。

後に、「やってません」と嘘がバレて、どっちが嘘吐きだよ思った僕は、せんこうはお陰で親父は小学校先生をやっていたが、定年間際に校長になれなかった。全てはそのせい。僕が悪いんだ。僕が全て黙ってれば事は無いのであったが、僕は統合失調病みかけていた。そのせんこうは僕を商業高校に入れたがっていた。親には大学進学をしなさいと言われ僕も一時期悩んだが、親の言う事を聞いた。これが正解だったのかは?未だ分からない。

キンモクセイ香りは随分昔の事だ。でも今でも思い出す。僕は後にその家から出て単身大宮に向かった。予備校だった。統合失調を患い掛けていたが、まだ健常者の身分だった僕は、予備校時代大分無茶した。って言うか、無茶苦茶だった。ゲームセンターに行ったり。犯罪に近い事もした。パチンコで大損し僕はギャンブルに狂っていた。賭場のやな空気を吸った。それは大学まで続き被害妄想やら幻聴やらで、学校に行けなくなった。本当に仲の良い友達同士で、麻雀やらパチンコも行ったが統合失調ピークに達し、引っ越しマンション隣の女の子の声が聞こえ始めた

「助けて下さい自殺しそうです」

「どうすれば?」

「窓をかち割って入ってきて下さい」幻聴だとは正に気が付かないから拳骨で窓をかち割った。中に入ると、誰もいない。ギターが有るだけ。何だこれは?僕は訳が分からなくなった。昼間の出来事

小さい子供

「あれ割っているよ」と言った。お母さんらしき人が

「見ないの」って言っていた。

幻聴は今度は

警察に行きなさい」と「行きなさいよ」2人になっていた。僕は、坂の下に交番が有るのを思い出し、行ったが誰も居なかったので電話を掛けた。

もしもし、人の家に入っちゃったんだけど」

「分かったそこで待ってなさい」警察パトカーで来た。

僕は、親父お袋が心配するだろうと思いつつも、幻聴だとは知らなかった。これでいんだ。警官に両脇を抑えられ

トランクトランク」って幻聴の奴が言うから

トランクに誰か乗っているのか?」と真面目に質問した。警官不思議そうに

「ないない」とだけ言った。取調室みたいな所で幻聴は盛んに話し掛けてきた

。「ミラーの後ろ」

ライターの下」

ライターの下」次第に増えていく幻聴の数に、怯えはしなかったが、戸惑った。色んなアクションをした。鏡に向って手を振ったり、後ろから見える鏡だ、と思っていたらしい親は呼ばれて8時間後来たが

「どうしたんだ?」と言った。

「助けてくれって言うから・・」

「何訳の分からない事言っているの?」上野の駅で電車が無くなり泊まった。ホテル親父はカップ麺を買って来てくれた。寒い夜だった。次第に病状が出た。複数の声

「帰ってきて」

「帰ってきなさいよ」町田から宇都宮往復した。

最後は親父が

「俺はギザギザに殺されても良い」とお袋に言って僕を捕まえに来た。マンションの一室で僕は幻聴に拝んでいた。

御免なさい」言った。

「帰ろう」親父は言った。

幻聴ピークのピークになり僕は押入れの中に入ってみたり、念仏を唱えだしたぞと後から聞かされた。決してここで言いたいのは、僕は薬物汚染でこうなってしまったので無く、全く天然性の病気持ちだった。チック症みたいのは元々有って髪の毛を散々に弄くったり耳を触ったり、高等学校時代も1年生の時オール10が、2年、3年で、オール学校に行けなくなってしまった。小さい頃からの病状で臭いに執着した。みたいのは自覚していた。統合失調の他に症状で、鬱の何時間でも眠るとか言う奴で、夜中の4時頃起きて2時間単語帳を読みまた寝るを繰り返していた。親には

「虐めが有って行けない」と言った。実際、高等学校での、虐めは無くたまに学校行って「こいつが馬鹿馬鹿言うんだ」とか訳の分からない事を泣きながら言うから学校先生も手に付かず。先生専門家でないので、それでも家に

「お宅のお子さんおかしいですよ」と何遍も電話してくれた。結局散々苦労して入った大学中退登録抹消の憂き目に遭ってしまうのであった。入院。僕は精神科先生をぶん殴り看護士に両脇から羽交い絞めにされ牢屋保護室)に入れられた。薬を打たれた。寒い便器けが有って、一般病棟に移る頃僕は薬でフラフラになった。涎を垂らしつつも、何だこれはと思った。

「汚いなあっち行けよ」言われた同じ入院患者に。20年30年がゴロゴロ居る社会入院じゃないか?僕はもがいた。夜叫び声を上げた。

或る人が「友達になりましょうね」と言ってくれた。1年3ヵ月後退院し、したが金が無い学生年金無給者の辛さを知った。大学を辞めるのにもお金が無い僕は何も言わなかった。何も買えなかった。500円だけ1日ポーンと渡されてゴールデンバット当時110円を吸っていた。神奈川県川崎市引っ越した僕はアルバイトをしようとしていた。警備の仕事。ジリジリした太陽が照り付ける中頑張ったが仕事をくれないので辞めた。暫く後そこの会社倒産した。後ガソリンスタンドアルバイト「何で?4時間しか働かないんだ?」4ヵ月後解雇。その後行った別のガソリンスタンドがまたガラ悪く僕は仕事メガネが曲がっちゃったかな?って、思っていたら休憩室に連れてかれ店長だか何だか知らんが禿げたおっさん

「てめー」って胸倉掴むから

「こんにゃろ」左フックを浴びせた。僕は成人のライオンに成長していた。やられる一方の自分でないが、無茶苦茶になった。警察に行くと、警官

民事裁判でどうのこうの言っているぞ」と言った。

「関わんない方が良いかも」言われたか

「ああそうですか」と引き返してきた。パチンコ屋で仕事もしたが

「何だお前?なっちゃない」とおっさんと当時35位の男にいびられた。只働き、給料取りに行けば良かった。僕は親を恨んだりしてない。親も可哀想だった。神奈川県マンションを買って5000万。借金地獄で僕の小遣い所では無い。じいちゃんも、今では死んでしまったが当時株で大損し「寂しい」言い出して日光に有る大部分の土地をうっぱらってしまった。それこそ名の有る家庭だったが今ではバラバラに成りつつも弟は結婚し家を出僕はと言うと、或る病院デイケアを紹介され、精神保健法32条なんてのも障害年金の事などそこで知らされた。マンションに親と暮らしていたが、親といざこざが有って、川崎市の援護寮「もみの木」(仮称)に行く事になった。そこから病院に通いデイケアにそしてそこを無事に卒業し、生活保護を貰って、一人アパート暮らしている。僕の今の状態になった。僕は静かに地域人達と一緒に生活している。誰も何も恨んでない。ぶっ潰すと言ったが無しにしてやるよ。全部。キンモクセイ香りは良い匂いだと思う。宇都宮の家は何でもじいちゃん土地の売買で又何かやらかして亡くなったせいか上の家は親父のなんだが下の土地がどうこうって、ややこしい話だ。一番悲しかったのは親父。にっくき、じいちゃんとは言え親父の親父だから、死に目にも会えなかったって笑って見せる。キンモクセイ匂いが漂う頃。大分切ってしまった僕んちのキンモクセイが懐かしい。僕は僕の弟も親父お袋が大好きだ。このペンネームも僕と弟が小さい頃お祭りの時、腰が痛いと言いつつも連れてってくれたお祭りで、「ギザギザ仮面」良く売っている奴を2人とも買ってくれとは言えなかった。貧乏だった家は、そこから来ている。単に「ギザギザ仮面」を名乗っている訳でない。キンモクセイは懐かしい香り品が高い香り親父とお袋の悲しさの香り

END

2006年7月17日(月)

2025年1月21日(火)訂正

ギザギザ仮面

金木犀香り

金木犀香り

幼かった僕が弟と宇都宮引越し来た頃。僕の親父の家が建つ前。僕の親父の家が建つ土地のには、キンモクセイが一杯咲いていて。良い匂いを発した。

親父は「だからな種買ってやるから我慢しろって」

「ううう・・」じいちゃんが言った。何でもお袋が嫌がってじいちゃんの家と離れて家を建てた。通路を作って、行き来できるようにしそこに権利書を置いといたらじいちゃんが持ってっちゃった。親父はカンカンになり

「返せ権利書」って言ったら

「返すもんか」

「何だよやっぱりじいちゃんがもってっちゃったのかよ」って親父は言っていた。親父の家を建てるのに、キンモクセイの木が邪魔になった。じいちゃんの家は土地が広いと言っても庭になっていたからそこに親父の家を建てた。元はと言えば、じいちゃんが「寂しい」ってんで、日光から宇都宮引越しになった。僕と弟は嫌がったがしょうがなかった。小学校中学校でも虐めみたいのに遭った。「ギザギザは猿だ猿があだ名だ」「俺は猿か?」虐めなんか田舎では、無いから虐められている感覚は無くも

ギザギザはつかいっぱだぞ」僕は困っていた。泣いていた。ライオンの子が虐められるがごとく締め付けられた。

調子に乗るなよ」何が、調子に乗るなだよ。天下のギザギザ様だぞ今では言ってやりたい、ぶん殴ってやりたい。やり返したい。ぶっ潰してやる。中学校牛乳のパックをぶん投げて遊んでいたら先生がこれもまた先生ではないがせんこうだが

「誰だ?やったの?」僕は黙っていた。帰り道ガツンと後頭部を殴られ

「いってー」

「てめーがやったんだろ」威張っているやな奴ら。下駄箱置きに連れられて汚い数人掛かり右目をガツンと殴られた。痛かった。眼科にも行ったがあんなのは暴力事件学校側はもみ消した。教育委員会ももみ消しに出てきた。先生も一緒になって虐めたと僕が言ったから、実際そうだった。僕をぶん殴った生徒は名誉だとお褒めの言葉でも貰ったのであろう、満足気な顔をしていた。後でそのせんこうはつるんでいた。やな奴と手ごわそうな奴らなんで、僕なんかを誰が何やったのかを黙ってったって言って50発も、僕を殴った。殴ったって言うか叩いた。

嘘吐きは大嫌いだ」一緒に虐めてやれみたいなせんこうだった。

後に、「やってません」と嘘がバレて、どっちが嘘吐きだよ思った僕は、せんこうはお陰で親父は小学校先生をやっていたが、定年間際に校長になれなかった。全てはそのせい。僕が悪いんだ。僕が全て黙ってれば事は無いのであったが、僕は統合失調病みかけていた。そのせんこうは僕を商業高校に入れたがっていた。親には大学進学をしなさいと言われ僕も一時期悩んだが、親の言う事を聞いた。これが正解だったのかは?未だ分からない。

キンモクセイ香りは随分昔の事だ。でも今でも思い出す。僕は後にその家から出て単身大宮に向かった。予備校だった。統合失調を患い掛けていたが、まだ健常者の身分だった僕は、予備校時代大分無茶した。って言うか、無茶苦茶だった。ゲームセンターに行ったり。犯罪に近い事もした。パチンコで大損し僕はギャンブルに狂っていた。賭場のやな空気を吸った。それは大学まで続き被害妄想やら幻聴やらで、学校に行けなくなった。本当に仲の良い友達同士で、麻雀やらパチンコも行ったが統合失調ピークに達し、引っ越しマンション隣の女の子の声が聞こえ始めた

「助けて下さい自殺しそうです」

「どうすれば?」

「窓をかち割って入ってきて下さい」幻聴だとは正に気が付かないから拳骨で窓をかち割った。中に入ると、誰もいない。ギターが有るだけ。何だこれは?僕は訳が分からなくなった。昼間の出来事

小さい子供

「あれ割っているよ」と言った。お母さんらしき人が

「見ないの」って言っていた。

幻聴は今度は

警察に行きなさい」と「行きなさいよ」2人になっていた。僕は、坂の下に交番が有るのを思い出し、行ったが誰も居なかったので電話を掛けた。

もしもし、人の家に入っちゃったんだけど」

「分かったそこで待ってなさい」警察パトカーで来た。

僕は、親父お袋が心配するだろうと思いつつも、幻聴だとは知らなかった。これでいんだ。警官に両脇を抑えられ

トランクトランク」って幻聴の奴が言うから

トランクに誰か乗っているのか?」と真面目に質問した。警官不思議そうに

「ないない」とだけ言った。取調室みたいな所で幻聴は盛んに話し掛けてきた

。「ミラーの後ろ」

ライターの下」

ライターの下」次第に増えていく幻聴の数に、怯えはしなかったが、戸惑った。色んなアクションをした。鏡に向って手を振ったり、後ろから見える鏡だ、と思っていたらしい親は呼ばれて8時間後来たが

「どうしたんだ?」と言った。

「助けてくれって言うから・・」

「何訳の分からない事言っているの?」上野の駅で電車が無くなり泊まった。ホテル親父はカップ麺を買って来てくれた。寒い夜だった。次第に病状が出た。複数の声

「帰ってきて」

「帰ってきなさいよ」町田から宇都宮往復した。

最後は親父が

「俺はギザギザに殺されても良い」とお袋に言って僕を捕まえに来た。マンションの一室で僕は幻聴に拝んでいた。

御免なさい」言った。

「帰ろう」親父は言った。

幻聴ピークのピークになり僕は押入れの中に入ってみたり、念仏を唱えだしたぞと後から聞かされた。決してここで言いたいのは、僕は薬物汚染でこうなってしまったので無く、全く天然性の病気持ちだった。チック症みたいのは元々有って髪の毛を散々に弄くったり耳を触ったり、高等学校時代も1年生の時オール10が、2年、3年で、オール学校に行けなくなってしまった。小さい頃からの病状で臭いに執着した。みたいのは自覚していた。統合失調の他に症状で、鬱の何時間でも眠るとか言う奴で、夜中の4時頃起きて2時間単語帳を読みまた寝るを繰り返していた。親には

「虐めが有って行けない」と言った。実際、高等学校での、虐めは無くたまに学校行って「こいつが馬鹿馬鹿言うんだ」とか訳の分からない事を泣きながら言うから学校先生も手に付かず。先生専門家でないので、それでも家に

「お宅のお子さんおかしいですよ」と何遍も電話してくれた。結局散々苦労して入った大学中退登録抹消の憂き目に遭ってしまうのであった。入院。僕は精神科先生をぶん殴り看護士に両脇から羽交い絞めにされ牢屋保護室)に入れられた。薬を打たれた。寒い便器けが有って、一般病棟に移る頃僕は薬でフラフラになった。涎を垂らしつつも、何だこれはと思った。

「汚いなあっち行けよ」言われた同じ入院患者に。20年30年がゴロゴロ居る社会入院じゃないか?僕はもがいた。夜叫び声を上げた。

或る人が「友達になりましょうね」と言ってくれた。1年3ヵ月後退院し、したが金が無い学生年金無給者の辛さを知った。大学を辞めるのにもお金が無い僕は何も言わなかった。何も買えなかった。500円だけ1日ポーンと渡されてゴールデンバット当時110円を吸っていた。神奈川県川崎市引っ越した僕はアルバイトをしようとしていた。警備の仕事。ジリジリした太陽が照り付ける中頑張ったが仕事をくれないので辞めた。暫く後そこの会社倒産した。後ガソリンスタンドアルバイト「何で?4時間しか働かないんだ?」4ヵ月後解雇。その後行った別のガソリンスタンドがまたガラ悪く僕は仕事メガネが曲がっちゃったかな?って、思っていたら休憩室に連れてかれ店長だか何だか知らんが禿げたおっさん

「てめー」って胸倉掴むから

「こんにゃろ」左フックを浴びせた。僕は成人のライオンに成長していた。やられる一方の自分でないが、無茶苦茶になった。警察に行くと、警官

民事裁判でどうのこうの言っているぞ」と言った。

「関わんない方が良いかも」言われたか

「ああそうですか」と引き返してきた。パチンコ屋で仕事もしたが

「何だお前?なっちゃない」とおっさんと当時35位の男にいびられた。只働き、給料取りに行けば良かった。僕は親を恨んだりしてない。親も可哀想だった。神奈川県マンションを買って5000万。借金地獄で僕の小遣い所では無い。じいちゃんも、今では死んでしまったが当時株で大損し「寂しい」言い出して日光に有る大部分の土地をうっぱらってしまった。それこそ名の有る家庭だったが今ではバラバラに成りつつも弟は結婚し家を出僕はと言うと、或る病院デイケアを紹介され、精神保健法32条なんてのも障害年金の事などそこで知らされた。マンションに親と暮らしていたが、親といざこざが有って、川崎市の援護寮「もみの木」(仮称)に行く事になった。そこから病院に通いデイケアにそしてそこを無事に卒業し、生活保護を貰って、一人アパート暮らしている。僕の今の状態になった。僕は静かに地域人達と一緒に生活している。誰も何も恨んでない。ぶっ潰すと言ったが無しにしてやるよ。全部。キンモクセイ香りは良い匂いだと思う。宇都宮の家は何でもじいちゃん土地の売買で又何かやらかして亡くなったせいか上の家は親父のなんだが下の土地がどうこうって、ややこしい話だ。一番悲しかったのは親父。にっくき、じいちゃんとは言え親父の親父だから、死に目にも会えなかったって笑って見せる。キンモクセイ匂いが漂う頃。大分切ってしまった僕んちのキンモクセイが懐かしい。僕は僕の弟も親父お袋が大好きだ。このペンネームも僕と弟が小さい頃お祭りの時、腰が痛いと言いつつも連れてってくれたお祭りで、「ギザギザ仮面」良く売っている奴を2人とも買ってくれとは言えなかった。貧乏だった家は、そこから来ている。単に「ギザギザ仮面」を名乗っている訳でない。キンモクセイは懐かしい香り品が高い香り親父とお袋の悲しさの香り

END

2006年7月17日(月)

2025年1月21日(火)訂正

ギザギザ仮面

金木犀香り

金木犀香り

幼かった僕が弟と宇都宮引越し来た頃。僕の親父の家が建つ前。僕の親父の家が建つ土地のには、キンモクセイが一杯咲いていて。良い匂いを発した。

親父は「だからな種買ってやるから我慢しろって」

「ううう・・」じいちゃんが言った。何でもお袋が嫌がってじいちゃんの家と離れて家を建てた。通路を作って、行き来できるようにしそこに権利書を置いといたらじいちゃんが持ってっちゃった。親父はカンカンになり

「返せ権利書」って言ったら

「返すもんか」

「何だよやっぱりじいちゃんがもってっちゃったのかよ」って親父は言っていた。親父の家を建てるのに、キンモクセイの木が邪魔になった。じいちゃんの家は土地が広いと言っても庭になっていたからそこに親父の家を建てた。元はと言えば、じいちゃんが「寂しい」ってんで、日光から宇都宮引越しになった。僕と弟は嫌がったがしょうがなかった。小学校中学校でも虐めみたいのに遭った。「ギザギザは猿だ猿があだ名だ」「俺は猿か?」虐めなんか田舎では、無いから虐められている感覚は無くも

ギザギザはつかいっぱだぞ」僕は困っていた。泣いていた。ライオンの子が虐められるがごとく締め付けられた。

調子に乗るなよ」何が、調子に乗るなだよ。天下のギザギザ様だぞ今では言ってやりたい、ぶん殴ってやりたい。やり返したい。ぶっ潰してやる。中学校牛乳のパックをぶん投げて遊んでいたら先生がこれもまた先生ではないがせんこうだが

「誰だ?やったの?」僕は黙っていた。帰り道ガツンと後頭部を殴られ

「いってー」

「てめーがやったんだろ」威張っているやな奴ら。下駄箱置きに連れられて汚い数人掛かり右目をガツンと殴られた。痛かった。眼科にも行ったがあんなのは暴力事件学校側はもみ消した。教育委員会ももみ消しに出てきた。先生も一緒になって虐めたと僕が言ったから、実際そうだった。僕をぶん殴った生徒は名誉だとお褒めの言葉でも貰ったのであろう、満足気な顔をしていた。後でそのせんこうはつるんでいた。やな奴と手ごわそうな奴らなんで、僕なんかを誰が何やったのかを黙ってったって言って50発も、僕を殴った。殴ったって言うか叩いた。

嘘吐きは大嫌いだ」一緒に虐めてやれみたいなせんこうだった。

後に、「やってません」と嘘がバレて、どっちが嘘吐きだよ思った僕は、せんこうはお陰で親父は小学校先生をやっていたが、定年間際に校長になれなかった。全てはそのせい。僕が悪いんだ。僕が全て黙ってれば事は無いのであったが、僕は統合失調病みかけていた。そのせんこうは僕を商業高校に入れたがっていた。親には大学進学をしなさいと言われ僕も一時期悩んだが、親の言う事を聞いた。これが正解だったのかは?未だ分からない。

キンモクセイ香りは随分昔の事だ。でも今でも思い出す。僕は後にその家から出て単身大宮に向かった。予備校だった。統合失調を患い掛けていたが、まだ健常者の身分だった僕は、予備校時代大分無茶した。って言うか、無茶苦茶だった。ゲームセンターに行ったり。犯罪に近い事もした。パチンコで大損し僕はギャンブルに狂っていた。賭場のやな空気を吸った。それは大学まで続き被害妄想やら幻聴やらで、学校に行けなくなった。本当に仲の良い友達同士で、麻雀やらパチンコも行ったが統合失調ピークに達し、引っ越しマンション隣の女の子の声が聞こえ始めた

「助けて下さい自殺しそうです」

「どうすれば?」

「窓をかち割って入ってきて下さい」幻聴だとは正に気が付かないから拳骨で窓をかち割った。中に入ると、誰もいない。ギターが有るだけ。何だこれは?僕は訳が分からなくなった。昼間の出来事

小さい子供

「あれ割っているよ」と言った。お母さんらしき人が

「見ないの」って言っていた。

幻聴は今度は

警察に行きなさい」と「行きなさいよ」2人になっていた。僕は、坂の下に交番が有るのを思い出し、行ったが誰も居なかったので電話を掛けた。

もしもし、人の家に入っちゃったんだけど」

「分かったそこで待ってなさい」警察パトカーで来た。

僕は、親父お袋が心配するだろうと思いつつも、幻聴だとは知らなかった。これでいんだ。警官に両脇を抑えられ

トランクトランク」って幻聴の奴が言うから

トランクに誰か乗っているのか?」と真面目に質問した。警官不思議そうに

「ないない」とだけ言った。取調室みたいな所で幻聴は盛んに話し掛けてきた

。「ミラーの後ろ」

ライターの下」

ライターの下」次第に増えていく幻聴の数に、怯えはしなかったが、戸惑った。色んなアクションをした。鏡に向って手を振ったり、後ろから見える鏡だ、と思っていたらしい親は呼ばれて8時間後来たが

「どうしたんだ?」と言った。

「助けてくれって言うから・・」

「何訳の分からない事言っているの?」上野の駅で電車が無くなり泊まった。ホテル親父はカップ麺を買って来てくれた。寒い夜だった。次第に病状が出た。複数の声

「帰ってきて」

「帰ってきなさいよ」町田から宇都宮往復した。

最後は親父が

「俺はギザギザに殺されても良い」とお袋に言って僕を捕まえに来た。マンションの一室で僕は幻聴に拝んでいた。

御免なさい」言った。

「帰ろう」親父は言った。

幻聴ピークのピークになり僕は押入れの中に入ってみたり、念仏を唱えだしたぞと後から聞かされた。決してここで言いたいのは、僕は薬物汚染でこうなってしまったので無く、全く天然性の病気持ちだった。チック症みたいのは元々有って髪の毛を散々に弄くったり耳を触ったり、高等学校時代も1年生の時オール10が、2年、3年で、オール学校に行けなくなってしまった。小さい頃からの病状で臭いに執着した。みたいのは自覚していた。統合失調の他に症状で、鬱の何時間でも眠るとか言う奴で、夜中の4時頃起きて2時間単語帳を読みまた寝るを繰り返していた。親には

「虐めが有って行けない」と言った。実際、高等学校での、虐めは無くたまに学校行って「こいつが馬鹿馬鹿言うんだ」とか訳の分からない事を泣きながら言うから学校先生も手に付かず。先生専門家でないので、それでも家に

「お宅のお子さんおかしいですよ」と何遍も電話してくれた。結局散々苦労して入った大学中退登録抹消の憂き目に遭ってしまうのであった。入院。僕は精神科先生をぶん殴り看護士に両脇から羽交い絞めにされ牢屋保護室)に入れられた。薬を打たれた。寒い便器けが有って、一般病棟に移る頃僕は薬でフラフラになった。涎を垂らしつつも、何だこれはと思った。

「汚いなあっち行けよ」言われた同じ入院患者に。20年30年がゴロゴロ居る社会入院じゃないか?僕はもがいた。夜叫び声を上げた。

或る人が「友達になりましょうね」と言ってくれた。1年3ヵ月後退院し、したが金が無い学生年金無給者の辛さを知った。大学を辞めるのにもお金が無い僕は何も言わなかった。何も買えなかった。500円だけ1日ポーンと渡されてゴールデンバット当時110円を吸っていた。神奈川県川崎市引っ越した僕はアルバイトをしようとしていた。警備の仕事。ジリジリした太陽が照り付ける中頑張ったが仕事をくれないので辞めた。暫く後そこの会社倒産した。後ガソリンスタンドアルバイト「何で?4時間しか働かないんだ?」4ヵ月後解雇。その後行った別のガソリンスタンドがまたガラ悪く僕は仕事メガネが曲がっちゃったかな?って、思っていたら休憩室に連れてかれ店長だか何だか知らんが禿げたおっさん

「てめー」って胸倉掴むから

「こんにゃろ」左フックを浴びせた。僕は成人のライオンに成長していた。やられる一方の自分でないが、無茶苦茶になった。警察に行くと、警官

民事裁判でどうのこうの言っているぞ」と言った。

「関わんない方が良いかも」言われたか

「ああそうですか」と引き返してきた。パチンコ屋で仕事もしたが

「何だお前?なっちゃない」とおっさんと当時35位の男にいびられた。只働き、給料取りに行けば良かった。僕は親を恨んだりしてない。親も可哀想だった。神奈川県マンションを買って5000万。借金地獄で僕の小遣い所では無い。じいちゃんも、今では死んでしまったが当時株で大損し「寂しい」言い出して日光に有る大部分の土地をうっぱらってしまった。それこそ名の有る家庭だったが今ではバラバラに成りつつも弟は結婚し家を出僕はと言うと、或る病院デイケアを紹介され、精神保健法32条なんてのも障害年金の事などそこで知らされた。マンションに親と暮らしていたが、親といざこざが有って、川崎市の援護寮「もみの木」(仮称)に行く事になった。そこから病院に通いデイケアにそしてそこを無事に卒業し、生活保護を貰って、一人アパート暮らしている。僕の今の状態になった。僕は静かに地域人達と一緒に生活している。誰も何も恨んでない。ぶっ潰すと言ったが無しにしてやるよ。全部。キンモクセイ香りは良い匂いだと思う。宇都宮の家は何でもじいちゃん土地の売買で又何かやらかして亡くなったせいか上の家は親父のなんだが下の土地がどうこうって、ややこしい話だ。一番悲しかったのは親父。にっくき、じいちゃんとは言え親父の親父だから、死に目にも会えなかったって笑って見せる。キンモクセイ匂いが漂う頃。大分切ってしまった僕んちのキンモクセイが懐かしい。僕は僕の弟も親父お袋が大好きだ。このペンネームも僕と弟が小さい頃お祭りの時、腰が痛いと言いつつも連れてってくれたお祭りで、「ギザギザ仮面」良く売っている奴を2人とも買ってくれとは言えなかった。貧乏だった家は、そこから来ている。単に「ギザギザ仮面」を名乗っている訳でない。キンモクセイは懐かしい香り品が高い香り親父とお袋の悲しさの香り

END

2006年7月17日(月)

2025年1月21日(火)訂正

ギザギザ仮面

2025-01-15

[]サンポー食品 焼豚ラーメン

江頭が好きって言ってたの見て久しぶりに食べたいなって思ったのとリュウジもほめてたって聞いてこりゃもう食うわって思って超久しぶりに買った

160円くらい

たけーなあ

見た目100円くらいなのに

カップも小さいし足りなさそうと思ってお菓子いっしょにかおうと思ったけどガマンした

そんで食ったら見た目よりもかなり食いごたえがあった

あとカスみたいな肉じゃなくてぺらっぺらでも焼き豚入ってるとやっぱうれしいね

粉末スープと調味オイルはまあよくあるけど、こいつの違うところは紅ショウガが入ってるとこだな

七味とかスパイスじゃない、とんこつラーメン紅ショウガって組み合わせがうめえ

めん多いなと思ったら72gも入ってた

うまかっちゃんとは違うとんこつ

ただなあ・・・やっぱ高いよ

100円ならいいけど160円はなあ・・・

100円ちょいのやっすいカップ麺のほう買っちゃう

2024-12-30

>ほんとにこの国は必要なところに金回さないよね

欧州なんかは農業にはかなり補助金を出しているらしい。ほんとにこの国は必要なところに金回さないよね。

 

 

必要な所って言うか、見えない所、注目度が低い所に金出したくないって感じ。それが国のライフラインであっても。だから外国支援とか目立つところにはポーと金出すでしょ。

農家が自費でなんとかなってるならこのまま出させりゃ良いじゃない?って感じ。

2024-12-20

[] 「はてブスッキリ・オブ・ザ・イヤー2024大賞」を発表

2024年12月20日増田主催する「はてブスッキリ・オブ・ザ・イヤー2024大賞」に「エレガント・バリエーション」が選ばれました。

欧文の慣習『数行以内では、同じ語を繰り返さずに言い換えるべし』が非効率に見えて有用だった「日本語でもこれはある?」 - Togetter [トゥギャッター]

togetter.com/li/2453288

審査委員評価コメント

英語文章で見かけるアレ、なんて言うんだろ?が解決してスッキリ

適当言葉を色々組み合わせて検索しても見付かんなかった、が分かってスッキリ

はてブホッテントリーに上がってきて、エフォートレスファインド出来てスッキリ


エレヴァリで書かれた文章、そのまま日本語に訳すと違和感バリバリになるのよね。

代名詞的に使ってバラバラになった人物紹介を文章組み替えて一纏めにするとかしないと。

エレヴァリそのまま日本語文章って↓こんな感じよ。

“ジュネジャ氏”を一応補ってはいるっぽいので、それ省くとよりエレヴァリっぽさが増すわ。

インド出身亀田製菓会長日本さらなる移民受け入れを」 国際ニュースAFPBB News

www.afpbb.com/articles/-/3554104

審査委員評価コメント

・丁度良いエグザンポータイミング良くホッテントリしてて更にスッキリ

2024-12-18

18歳、19歳、20代女性立憲民主党支持率は0.0%!!

めっちゃ朗報じゃね?

https://news.yahoo.co.jp/articles/31804a720377d93d3796e1900a6d41f0a50d7487

18歳、19歳あるいは20代男性33・0%で、3人に1人が国民民主を支持していることになる。この年代女性立憲民主党日本維新の会共産党支持率はそれぞれ0・0%だった。



レンポーフェミさん達の成果かな😆

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん