以前にも何度か触れたことですが私の勤務先ではKDDIとの取引があり、KDDI発注の工事案件を請け負うこともあります。そしてKDDIは割と東京電力との関係も深いため、KDDIの設備が東京電力の局舎内に置かれていることもあるわけです。なので東京電力館内での工事も希に発生するのですが、これがまた大変なのです。世間的にはどう思われているのか知りませんけれど、東京電力が色々とうるさいので。
多かれ少なかれ、工事発注元の会社は色々と口を出してくるものです。元請けである我々だって、下請け会社の現場作業員には色々と口を出しますから、何事もそういうものなのでしょう。現場作業員は口やかましい元請け会社の営業を疎ましく思い、元請け会社の営業はアレコレ注文をつけてくる発注元の担当者を陰で毒づくみたいなことは、どこでも見られる光景だと思います。とはいえ、別に嫌がらせで現場に口出ししているわけではありません。何よりもまず、トラブルを起こさず工事を終えてくれとの意図があってのことです。
現場作業で何か事故が起これば、世間的には工事発注元が責任を問われがちで、それは当然ながら発注元は大いに嫌がります。同様に事故が起きれば、元請け会社は次回から仕事を発注してもらえなくなる恐れがあるわけです。過失であろうともトラブルを起こして発注元に損害を与えるような会社に仕事を頼みたがる企業はいません。そんなわけで、仕事を失わないために元請け会社は現場作業員の一挙手一投足に注文をつけ始めることになります。場慣れした作業員からすれば、営業や管理の人間に現場での行動を細かく指図されることを好まない様子ですが、そうはいっても発注元も元請け会社も必死なのです。
しかるに、いくら細かく作業規定を設けて杓子定規にルールを守らせたところで、いつかは事故が発生してしまいます。どう頑張ってもなかなか無事故で乗り切るのは難しく、事故0を目指して結構な頻度で会合が開かれたりもしていますが、現場で守るべき制約事項が際限なく増えていくばかりで事故件数はというと「微減」がいいところで空回りしている感も否めません。工事発注元や元請け会社の営業が考え出した「事故防止のためのルール」は概ね作業員から面倒くさいばかりの茶番としか思われていないフシがあり(現に私から見ても冗談みたいな代物もあります)、ちょっと目を離すと無視されたりもしがちです。まぁ、事故を減らすための努力はしなければならないものであるにせよ、そう都合のいい方法は見つかっていないのでしょう。
……で、圧倒的にうるさいのが東京電力なのです。KDDIだってアレコレと指図してくるわけですが、東京電力は別次元です。たかが半日の工事(それも東京電力の設備ではなく、東京電力の館内にあるKDDIの設備の工事)であっても、東京電力による監視は大変に厳しく、何度となく事前協議や計画書の提出を要求され、もれなく東京電力もしくは関電工による立ち会いが付いてきます。工事が始まるまでに繰り返された事前協議などに費やされた営業の人件費とかを考えたら、実は赤字なんじゃないかという気がしてなりません。元々セキュリティ関係には異常に厳しく立ち入り制限してきた会社ではありますが、例の原発事故後はその辺の管理がいっそうエスカレートしてきた印象です。
何せ猛烈な逆風の吹く時代ですから、KDDI所有の設備といえど東京電力の施設内部で事故でも起こされたら、これを足がかりに東京電力への非難を強めようと手ぐすね引いて待ち構えている人も少なくないのでしょう。東京電力としては決して隙を見せられない状況にあるわけです(そうは言っても事故0が不可能であるように、東京電力も落ち度0ではいられないようですが)。ゆえに、自社の館内で作業をする工事会社の人間に対しても、傍目には馬鹿馬鹿しく思えてくるほどの細かい口出しをしてくるのかも知れません。東京電力側としても絶対にこれ以上の事故を起こして欲しくはない、その結果として現場作業員はおろか元請け会社の営業その他が辟易するような状況ができあがるのです。
全ての会社や現場作業員がそうであるかは私の断言できるところではありませんが、往々にして元請けの営業なり、そして工事発注元の人間なりが現場に居座ることは、作業員にとってはあまり歓迎されていないように思います。もちろん発注元や元請け会社にしてみれば、手順書通りに施工されているかどうか目を光らせる必要があるにせよ、作業員からすれば別に手助けしてくれるわけでもないのにアレコレと文句ばかりつけてくる人でしかなく、率直に言えば邪魔な存在なのかも知れません。だからといって現場作業員に丸投げというわけにも行かないのでしょうけれど……
そこで頭に浮かぶのは、福島第一原発でのことです。世間では、やれ東京電力社員を現場で作業させろと喚く人が目立ちました。嬉々として東京電力を非難する人たちの言葉とは裏腹に、実際のところ東京電力側では少なからぬ社員を現場に派遣しており被曝量が基準値を超える人も出たわけですが、これは適切だったのでしょうか。もちろん、施設所有者が現場の状況を把握するのは必要ですし、猫の手も借りたい状態であったろうことは想像に難くありません。しかし、工事発注元の人間とはしばしば、現場作業員からすれば口うるさいだけの役立たずです。とりわけ非常時であるほど現場のことは作業員に一任した方が適切、そういう局面もあったのではないでしょうか。
現場の作業員(下請け会社の人間も多い)に任せてしまえば、当然のように囂々たる非難は輪をかけて強まったであろうと容易に想像が付くところではあります。だからといって、その世間の非難を低減するために、必要以上に自社(東京電力)の社員を、とりわけ現場作業員としての訓練を受けていない人間を事故現場に送り込んではいなかったか(私の勤務先の場合ですと、東京電力の研修を受講した人間でないと施設に立ち入りさせてくれなかったりするのですが)、その辺は批判的に検証されるべきだと思います。それは世論に応える行為ではあったかも知れませんが、決して正しいことではありませんから。