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『そぞろ歩き韓国』から『四季折々』に 

東京近郊を散歩した折々の写真とたまに俳句。

四季折々754  小山内裏公園の錦秋1

2016-11-27 17:14:56 | まち歩き

小山内裏公園に紅葉を見に行く。

小山内裏公園から鑓水小山緑地へ抜ける途中に見える芒の原。売れない分譲地。

戦車道路と呼ばれる八王子と町田の市境の道。小山内裏公園内を貫いて尾根緑道に続く。

サンクチュアリ(自然保護区)の中も紅葉。

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四季折々753  鑓水小山緑地の紅葉

2016-11-24 12:47:15 | まち歩き

八王子市と町田市の間に広がる鑓水小山緑地。晴れて暖かい日に歩いてみる。のどかな多摩丘陵の散歩道。

紅葉の遊歩道。

紅葉した葉っぱ。

道の向こう側には草野球場が出現。売れない分譲地を有効活用か?

道の向こうの売れない分譲地はススキの原と化している。

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四季折々752  トウカエデの並木

2016-11-20 18:34:50 | まち歩き

多摩美術大学から小山内裏公園にかけてトウカエデの並木が続いている。今、まさに紅葉の季節。

右側が多摩美術大学。

右側の高台が鑓水小山緑地。

鑓水給水塔。

左側が鑓水小山給水所。

太田切歩道橋から見たトウカエデの並木道。左側が小山内裏公園。 

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読書感想206  「風土記」にいた卑弥呼

2016-11-13 20:10:37 | 時事・歴史書

 読書感想206 天照大神 「風土記」にいた卑弥呼

著者      古田武彦

生没年     1926年~2015年

出身地     福島県

出版年     1984年

出版社     朝日新聞社  

☆感想☆☆☆

本書は古田武彦の日本古代史の仮説を中国の古典や朝鮮半島の歴史書から古事記・日本書紀・風土記、さらに現地に伝わる伝統芸能や伝承などから証明しようとしたものである。その仮説とは戦前の皇国史観と戦後の津田左右吉の古事記・日本書紀の造作史観に共通する「天皇家を中心とする一元史観」を否定し、新たに日本列島における多元史観の主張である。考古学的成果も踏まえ、諸文献の考察を経て仮説を打ち立てている。目次を見てみよう。

第一部       日本古代史の夜明け

第一章       日本人の始源

第二章       日本人はどこへ行ったか

第二部       日本神話の多元性

第一章       国生み神話の謎

第二章       天国の所在

第三章       国ゆずり神話

第四章       「アマテル大神」の原型性

第五章        弥生新作神話の誕生

第六章       日本列島各地の神話

第三部       隣国の証言

第一章       「三国史記」

第二章       「三国遺事」

第四部       金石文の証言

第一章       志賀島の金印

第二章       室見川の銘版

第五部       倭人伝との対面

第一章       倭国前史

第二章       里程論

第三章       首都・宮室論

第四章       物証論

第五章       卑弥呼論

第六部       倭国の鳥瞰図

第一章       社会構成

第二章       倭国の暦

 

どの章も面白いが、「日本人の始源」と「天国の所在」「国生み神話の謎」「アマテル大神の原型性」に絞って紹介しよう。

「日本人の始源」の中で、中国の文献の中に倭人が登場するのが、従来から知られているような後漢の時代ではなく、周の時代まで遡ると指摘していることである。弥生人ではなく、縄文人が周初貢献倭人である。福岡県板付地域に縄文水田が発見されており、これは周から伝わった水田耕作地だと推論している。

「天国の所在」では、記紀神話の中で「天降る」という表現が使われているが、「天国」からの「他領域」へ行くことを示している。その「他地域」は記紀によると、筑紫・出雲・新羅だけであり、天国はここではない。「天の」という呼称がつくのは一つの例外を除いて対馬海流上の島々に限られている。著者は結論として対馬海流圏の島々を「天国」と見なしていたと結論づける。「天=あま」は「海=あま」の美称であり、もともとは「海国」だったであろう。「天孫降臨」の地はどこか。「筑紫の日向の高千穂の久士布流多気(くしふるたけ)に天降りまさしめき。」(『古事記』天孫降臨)から、筑紫(福岡県)以外にありえないという。そして、筑紫→日向→(高千穂)→くしふるの三連続で地名が一致する土地を福岡県の中に見出したのだ。この場合高千穂は修辞句としての位置づけだ。天孫降臨の意味は対馬海流圏の天の国の海人族が海の支配から陸の支配へ踏み出したことである。「葦原の千五百秋の瑞穂の国は、是、吾が子孫の王たるべき地なり。爾皇孫、就きて治せ。」(『日本書紀』)九州北岸への侵出は縄文以来の豊穣な稲作水田が狙いである。そうした侵出を可能にしたのは大陸・朝鮮半島からの金属器を一番最初に手にできたからである。日本列島の他地域に対して優勢な武力を持ちえたのだ。

「国うみ神話」では玉のついた矛、「天之沼矛」を振って新しい国を作る。銅矛は九州、特に博多沿岸に集中しており、近畿地方では出土していない。弥生期を象徴するものである。これから、記紀の神話は弥生期の筑紫で作られたと著者は推定する。

「アマテル大神の原型性」では、天照大御神の原産地を探っている。記紀には「天照大神」の表記が通例だが、本居宣長がこれを「大御神」と読み、「天照」も普通によめば「アマテル」なのに、「アマテラス」と原文改変を行った。対馬にある「阿麻氐留神社」では「アマテル」と読み、原型が残るここが、「アマテルオオカミ」の原産地と考えられる。著者はこの神はもともと海の安全を祈願する神だったのだろうと推測している。地元に残る伝承では、1年に1回神無月に出雲に参るが、出雲に参る神の中で一番遅くでかけ、一番早く帰ってくる。ここでは出雲の神が主人でアマテル大神は家来なのである。それが「国ゆずり」では、主従関係が逆転する。記紀神話について著者は次のように述べている。「武力による権力奪取という既成事実を、『神話』(かたりごと)の形で合理化し、民衆説得の用具とする。然り、神話は筑紫の弥生権力者たちにとって、権力正当化のために不可欠なP・Rの手段として、まさに創作されたのであった。」と結論づけている。

筑紫を中心にした九州王朝と近畿王朝、すなわち大和朝廷の関係がもう少しわかってくると、古代史はますます楽しくなる。新しい研究の進捗に期待したい。

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