さて、 昨日の続き だけれども、「七面山は江戸時代までご多分に漏れず女人禁制の山であったが、家康の側室、水戸黄門のお祖母さんのお万の方が白糸の滝で7日間身を清めて山に入って家康の冥福を祈願してから女人禁制が解かれた。その滝がここから車で10分ほどのところにある。近くの旅館に声をかけたら車を止めさせてくれるから、声をかけるように。その先にも男の雄と書いて雄滝があるからそこも行くといい」と高齢の方から伺った。石畳の赤沢宿の時代を感じる街並み、こんな急勾配にまっ平らに石を敷き詰め、さらに石積の土台の家を建てる技術は凄いと思った。白糸の滝に向かう道も極狭、5ナンバーがやっとだと思うが、先には旅館があると言う。どうやって建てたのだろうか。ましてや鎌倉時代に七面山の山頂に寺を建立は山の木は使わず、 建材を登山道から上げてのこと 、先人の熱意ご苦労は凄いことだ。 女人禁制を切り開いたお万の方もどのような方だろうか、想像もつかなかったが、白糸の滝を見て、凄さを感じた。先に「白糸の滝」と聞いていたので、水量が少ない白い糸のような滝だと想像していたが、落差は33mあり、降雨のせいか水量も多かった。お万の方の7日間の滝行はどれほどの憶いだったのかと思った。 着いて車を駐めた旅館に声を掛けたが昼時だったからか、応答がなかったので帰りに声を掛けた。滝行は自由にできるのか伺うと、この白糸の滝は、その旅館の土地だという。先の雄滝は、直ぐ脇の日蓮宗のお寺の土地とのことだった。 雄滝 雄滝に向かう途中、家内は、下が金属の網状で下が見えるのが苦手みたいだった。高いところがこわいという。でも絶対に落ちないと知っているでしょと聞くと、スキーもそうだけど、どうしても落ちるかもと思ってしまうとのこと。それよりも落石注意の立て札があったが、進むと小石が落ちている。大きな石が脇にあるので、それらは随分と前に落ちたものなのか。川の音が大きく、石が落ちて来ても気付けないかもと思った。 雄滝の方が落差が8m位少ないが、水量は、白糸の滝、雌滝よりも多かった。注連縄に幤、滝の前に張ってあり、修行場然としていた。 家からガイドブックを持ってきていたら、多分、こんな出逢いはなかっただろう。 感謝