ギャル憧れ世代のギャルサーを──valknee+ANTIC
2020年、ギャル文化の再評価の波がキています。しかしコギャル、マンバギャルといった90年代のリバイバルではなく、個性的なファッション・センスと物怖じしないマインドを持つ女性が、“ギャル”として注目を集めているのではないでしょうか。思うにマイノリティが声を大きく上げる事で多様化が進む今だからこそ、自分を疑わない彼女達はアイコンになり得ます。
今月インタヴューをしたのは小柄な赤髪ギャルのvalknee。「人生最高のSSS」や「折衷案じゃん」など、ギャルらしいパンチラインに溢れたリリックと、特徴的な声に耳を奪われてライヴを観にいったところ、その場で魅了されてインタヴューをお願いしました。ゴリゴリのトラックを提供しているANTICとあわせて、突如現れた謎の2人のバックボーンを根掘り葉掘り質問すると、意外な彼女の音楽遍歴が明らかに。ハロプロ、タマフル、田中面舞踏会…2010年代のサブカルを受けて育ったギャルがここに!
パンチラインだらけの8曲入り2ndEP!
INTERVIEW : valknee+ANTIC
インタヴュー&文 : 斎井直史
編集 : 鎮目悠太、高木理太
取材協力 : DJ 1an
ラジオのヒップホップを夜中まで録音していた
──valkneeさんのラップは良い意味で影響が見えないので調べましたら、6年も前にハロプロの曲にラップを載せてSoundCloudに沢山あげていたんですね。
valknee(以下、v) : 元々私はハロプロのオタクで、ハロプロのDJイヴェントとかに遊びにいってたんですよね。次第にそのイベントに出たくなってきて、ハロプロの曲に自分がヴァースを蹴ったものをサンクラに出すという事を思いつき、その頃はそれだけでライヴをやってました(笑)。
──その場合、自分のパート以外はどうするんですか(笑)。
v : ハロプロが歌ってる間はちょろっと一緒に歌ったりとか適当に動いているだけ(笑)。でも、そのイべントでは基本ハロプロの曲が流れていて、皆で被せたり揺れたりしているので苦ではないんです(笑)。そこにANTICさんと地元の近い子達がアイドル・オタクとして出ていて。
ANTIC(以下、A) : それが多分初めて会った時だよね。
v : そうですね。で、私はビート探してるという話になり。
A : 僕もずっとラッパーとやりたかったんで。
──ちなみにANTICさんは結構キャリアが長いですよね。
A : そうすね。今39歳ですけどビートを作り始めたのは14歳くらいです。やらされていたエレクトーンのせいで音楽が大嫌いだった頃、偶然深夜に聴いたスチャダラパーの完全ワン・ループの音楽に鳥肌が立ちまして。当時二ッポン放送でヒップホップが良く流れてて、菅野美穂が自分の番組でMICROPHONE PAGERの“七転八倒”をかけたりしたんですよ(笑)。毎日学校から帰れば夜中までずっと録音して、良い部分だけを切ってセロテープで繋げたりしていてましたね。そんな様子を見た母親から「そんだけ好きだったら」とお金を貸りる事ができてMPCを買ってからは、ひたすらに親のレコードをサンプリングしてましたね。
──その頃は、どういう感じの曲を作っていたんですか?
A : 昔は日本のヒップホップオタクでしたから、めちゃベタなヒップホップですよ。高校の時はもうタンテもあって、毎日のように渋谷行ってました。
v : ちなみに学校にヒップホップが好きな友達はいたんですか?
A : DJ MAYAKU君は中学の時の友達で、DJ黒人君と3人で川崎チッタの鬼だまりに高校生の時に行ったのを覚えてます。端で座り込んでたら「めっちゃZEEBRAがステージから睨んでるよ」なんて立たされたり(笑)。
──現場が今より怖かった時代ですね(笑)。でも、ANTICさんの作るトラックはガチガチのエレクトロやトラップですよね。
A : DJ KRUSHを聴いて、自分はラップよりもトラックが好きなんだなって気づいてから、一気にアブストラクトの方向にのめり込んだ時期がありまして。当時エレクトロニカのブームもあったんで、どんどん音響系に走っていって、途中からヒップホップの曲を作らなくなっていくんですね。娘が生まれてからは機材も売って、子育てと仕事をひたすらに頑張ってました。でも偶然聴いたMinchanbabyに衝撃を受けて、自分が繊細なビートに拘りすぎてしまっていた事に気づかされて、もっと自由にやっていいんだなと思い急に音楽に戻ってくるという。娘も小学校に入って、ちょっと時間ができたのもありますね。逆に音楽から離れる時期が無かったら、今頃頭でっかちのおっさんになってたなって思います(笑)。
アイドル音楽は1番尖ったジャンル
──valkneeちゃんの昔も聞きたいのですが、気になったのはハングル語もリリックに混ぜるあたり、前に韓国に住んでいたんですか?
v : そうですね、小5から中3まで親の転勤で住んでました。当時私は日本を離れるのが嫌だったし、その頃はK-POP以前でアイドル文化も魅力的に見えなかったから、日本から雑誌やMステを録画したヴィデオを送ってもらってましたね。小学生でRIP SLYMEとかORANGE RANGEを聞いて、中学でアジカン、バンプ、エルレとかを聞いたりする全然普通の子でした。てか、ヒップホップが入ってくることが無い環境でしたね。唯一、小6ぐらいの時に2人だけクラスにラップが好きな子がいたんですけど、それがJin Doggなんですよ(笑)。
──マジですか!?
v : 仲間の子にエミネムを貸してもらってたりしました(笑)。でも高校に入った頃、the telephonesとかPOLYSICSとか踊れるロックが流行って、私は四つ打ち好きだと気づくんですね。それでダフトパンクとかも聴いていたんですけど、大学入学前くらいに小さい頃に好きだったモー娘。とかを回顧していた時に「ハロー!プロジェクトって、めちゃやばい音だしてる! 」とサウンド面でめちゃくちゃ魅力があると気づいたんですよ。そこから、つんく♂さんのオタクみたいな大学生時代でしたね。大学でバンドをやったりしたんですけど、まだヒップホップにはハマってないんですよ(笑)。ただ、予備校の先輩がRHYMESTERを教えてくれた時は「なんだこれ? 説教か? 」みたいに思っても、その先輩がかなり格好いい先輩で、Perfumeも好き、アイドルも好き、バンドも好きと何でも知ってる人なので、この人がRHYMESTERをお勧めするならもう少し聴かなきゃダメだな、と思っては借りてました(笑)。
──その先輩、TBSラジオの『ウィークエンドシャッフル」が好きだったんじゃないですか?
v : そうです。タマフル・リスナーでしたね。私も徐々にRHYMESTERにハマって、タマフル・リスナーにもなり、〈申し訳ナイト〉とかにも行くようになりました。だからアイドルが好きな自分と、現行のものを探る自分の2軸みたいですよね。でも、自分の中では踊れるものとして一緒で、そう捉えているのが申し訳ナイトの人達。「ハロプロがサウンド的にヤバいと思っているのは私だけじゃないんだ! 」みたいな感じでがっつりそっちが好きになりました。
──不勉強ながら〈ハロー!プロジェクト〉にその印象は無かったのでビックリしています…。
v : 聴き直すと、結構ファンキーですよ。その殆どはダンス☆マンさんが編曲をしていて、“LOVEマシーン”とか“ザ☆ピース!”とか全部ディスコって感じですね。作詞作曲はつんく♂でも、編曲者によって大きくテイストが変わるのもハロプロの楽しみ方の1つですかね。
A : J-POPのマッシュアップをいっぱい作っていた時期に、他のアイドルよりもハロプロは何故かジュークやインダストリアルなビートに乗せてもすごい合うんですよね。
v : なんかハローのクラブ・イベントって、やっている人達もお客さんも、音楽的な知見が広くてヤバいもの好きが多いんです。
──アイドルって無個性なタレントのように思っていましたが、実際は真逆なんですね。
A : それは真逆でしたね。
v : アイドル音楽って泥沼みたいなんですよ(笑)。私としては音楽的に1番尖ったジャンルだと思います。
──で、ラップを始める話まではまだいってないんですよね。
v : 確かに(笑)。あんまりはっきりとは覚えていないんですけど、学校の先輩に嫁入りランドの2人と、lyrical schoolのプロデューサーのキム(ヤスヒロ)さんがいたんですよ。そのお披露目ライヴとかも行ったりして、どっちも女性が砕けたラップをしてるキャッチーな感じだったんで「いや、そんなん私もできるし! 」と、美大生のイキりで始めちゃったんですよね(笑)。
──(笑)。ちなみにラップのスタイルに誰かの影響が伝わって来ないのがすごい良いんですけど、誰をお手本にしていましたか。
v : 誰なんだろう…影響? う〜ん…K-POPに入ってるラップ・パートとか?
──韓国のアイドルが曲中でするラップですか⁉︎
v : そうです。K-POPって世界を見据えて作ってるじゃないですか。だからUSのトレンドを消化したK-POPのラップを私が真似しているのかな、とか思います。
──珍しいですよね。
A : 自分はずっとミックスなどで100回、200回って聴いても飽きが来ないから、耐久性があるラップだと思います。もし誰かに似てたら、自分は飽きやすいんですぐに嫌になっちゃう。
ギャルサーをつくりたい
──ここで一つ疑問が湧くんですけど、ギャルっぽさはどこからくるんですか?
v : 最初にラッパーとしてYouTubeにアップしたMVで“SWIPE UP BITCH”という曲があるんですけど、その映像でガングロのギャルになったんですね。現代のいわゆるインフルエンサーへ、00年代のギャルから警告するというコンセプトで。それ以降は特に自称しているということもないですけど、周りからはそう思われてますよね。
──なるほど〜。じゃあ、ギャルになろうという意識もない?
v : 無い。ただ、私達は小学生の時にギャルに憧れてた世代なんです。『GALS!』っていう漫画を小学生の頃にバイブルにしてました。アクセサリーをバーってつけて、髪をメッシュしてガングロにする青春に憧れてたのに、高校に入学した頃はもうギャルなんていなかった。今ギャルやってる人って全員ギャルに憧れた世代だと思いますね。
──なるほど。去年のシーン振り返って個人的に田島ハルコ、あっこゴリラ、なかむらみなみ、少しタイプが違うけどBANANA LEMONとか、日本特有と言えるギャル文化の延長線上に立つような彼女達が目立ってきたと思うんです。
v : わかります。私もガールズ・エンパワメントみたいなEPを、ギャルのアーティストを客演に呼んで作りたいなって思っているので(笑)。
──リリックもギャルっぽい自己肯定感や無敵感に溢れていますが、決まった書き方はありますか?
v : 仕事帰りに、ちょうどフラストレーションが溜まった時や、ちょっとお酒飲んで感情に波があるときとかにめちゃくちゃ書けるんです。今は良い環境に行けたんでストレスは無くなっちゃたんですけど、そうなると売れてるアーティストへの愚痴になりがちで良くないですね(笑)。
──“折衷案じゃん”はどこから出たんですか?
v : まず「折衷案じゃん」という言葉を使いたいなって思ったんですが、雰囲気が良いけど内容なんもないラップに対するヘイトが溜まってできた感じです。「世の中、こんな中途半端な曲で売れてんだぁ。へえぇ〜」って(笑)。
──それはわからないでもなくて、男性ラッパーのメロディアスでナイーヴな曲が増えたせいか、女性のエネルギッシュなラップが目立つ気がします。
v : 確かに。皆が怒りムードなんじゃないですか?
──そうになったきっかけは何だとおもいますか?
v : えー…なんでしょう。#MeToo運動とかを見ていて、そういう主張をしている女の人たちが出てくる事がきっかけになったのかな。あとはSNSですよね。女性が今まで耐えてきた嫌な経験を主張できるようになって、みんな苦労してるんだなって思いますよね。私は常に自分最高って思い続けている人間だったんで、特にきっかけは無いんですけど、自己愛推しをやるにあたって世の中が揃ったな、とは思いますね。
──リリース・パーティーも色々な人達が来ていて最高でしたが、ライヴで気を付けている事はありますか? ANTICさんはミキサー(Pioneer DJM-S9)を持ち込んでますもんね。
A : 結構ヒップホップのライヴってポン出しが多い事が嫌で。RHYMESTERは2枚使いしてやってくれたりするんですけど、そうした方がライヴ特有の緊張感とか意外性もあるじゃないですか。何回も来てくれる人もいるので、キメ所はあってもそれに至るまでの展開は毎回変えるようにしています。
v : 私は誰かにお膳立てされていると思われがちなので、ライヴを見てもらえば「この子がやりたくてやってるんだ」って伝わると思います(笑)。あと、ラッパーで音源を流して盛り上げに徹する人がいるじゃないですか。それは口パクのアイドルを観てても同じで「声すら出さねえのかよっ」て思っちゃうんです。でも、ハロプロはそれが無いんです。だから私はなるべく声を出しますね。
──ANTICさんはスクラッチをライヴでは多く入れますよね。でもトラップ系統のトラックにスクラッチが乗る事って少ないじゃないですか。その現状をどう思いますか?
A : 正直自分はライヴでめちゃくちゃスクラッチを入れますけど、曲としてスクラッチを入れると雰囲気が変わってしまうのですごい難しくて。また、スクラッチ自体がヒップホップとは別のところへ向かっているようにも感じますね。
v : この間のリリース・パーティーもそうですけど、ANTICさんがチョイスした人たちを呼んで、ターンテーブリストと他のアーティストが出会う場を作っていけたらいいなと思ってます。若い子が殺到するイベントって沢山あるけど、既に人気のあるパーティーと類似の事をしても意味が無いから、新しい居場所作りをしたいですね。私みたいにギャルに憧れてた世代のギャルサーをつくりたいです(笑)。私はヒップホップから見れば余所者なんだし。
A : 永遠に余所者でいたいよね。今まで長いことやってきて、どっかに混じろうとしても、いつもうまくいかなくて(笑)。結果今になって、もう余所者でいいやってなったら、人に会うのも楽になって、音楽も凄い楽しくなった。逆に自分の世界が広がりました。
v : 〈田中面舞踏会〉とかも、仮装したりローラースケート場でイベントをしちゃうようなちょっと俗っぽさがありつつ、王道のヒップホップの人たちも呼んだりしてて、余所者の私でも遊びやすかったんですよね。ああいった余所者達が集まれる場をつくりたいなって思います。
『SMOLDER』のご購入はこちらから
過去作はこちらにて配信中
LIVE SCHEDULE
GALGAIA
2020年3月17日(火)@恵比寿BATICA
時間 : OPEN 19:00
出演 : Kick a Show / 田島ハルコ / valknee + ANTIC
DJ : Sam is Ohm / v.o.c tokyo / DJののの / ギャルまつりクルー
Lounge Talk : ラジオ屋さんごっこ
【詳しいライヴ情報はこちら】
https://valknee.theblog.me/posts/7663470
LINK
valknee
HP : https://valknee.theblog.me/
Twitter : https://twitter.com/valknee
ANTIC
Twitter : https://twitter.com/A_N_T_I_C_