AmiideとJyodanが新ユニット、Otomodatchiを結成──CIRRRCLEの解散を経て、生まれた変化とは
ライター、斎井直史によるヒップホップ連載〈パンチライン・オブ・ザ・マンス〉。前回はラップ・グループ、CBSのインタビューをお届けしました。あれから約5ヶ月ぶりとなる今回は、Hiphop / R&Bヴォーカルデュオ、Otomodatchiにインタビュー。東京とロンドンを基盤に活動する日本人R&BシンガーソングライターAmiideと、LAを拠点とするアメリカ人ラッパー、Jyodanにリモートで話をききました。2020年12月に解散したCIRRRCLEの元メンバーでもあるふたりは過去、現在、そして未来をどう捉えているのか。
第37回(2023年3月掲載)はこちら
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INTERVIEW : Otomodatchi
CIRRRCLEという元気なラップ・グループにインタビューを申し込んだのは2019年でした。色鮮やかでバウンシーなA.G.O.のビートに、それを乗りこなす緩急豊かなJyodanのラップと、落着いていて艶やかなAmiideのヴォーカル。彼らは国内外の楽曲と並べて聴いても、際立ってポジティヴでフレッシュでした。そんな彼らにインタビューをしてみると、Jyodanは日米を行き来して育ったがゆえに居場所の無さに悩みつづけており、Amiideも同性愛者として生きづらさを抱え、決してポジティヴな側面だけではない彼らが生きている現実が見えました。だからこそ、CIRRRCLEを日本におけるマイノリティの居場所として活躍させようと裏方から力強く働きかけたMariが彼女の持つ使命感と夢を熱く語ってくれた時は、筆者もその熱に感化されました。それはまるで、己の居場所を探す冒険に出る計画を聞かされたかのような印象でした。
しかしながら、2020年12月にCIRRRCLEの突然の解散。おそらくなにかあったのではないかと思いながら、遠くから行く末を眺めるしかありませんでした。そして先月、JyodanとAmiideによるOtomodatchiというユニットが初EP『We’re Still Friends』をリリース。これを機に、解散当時の話を聞いても良いのではないかと思った次第です。
解散後はどうしていたのか。過去をどう振り返るのか。CIRRRCLEとOtomodatchiの違いとはなにか。かつてよりも控え目な印象の楽曲が大半を占めた今作ですが、その理由が本人達から語られました。
Otomodatchi、はじめてのEP『We’re Still Friends』
コロナをきっかけにみんなの気持ちがバラバラに
──まずは、Otomodatchiのプロジェクトがスタートした経緯を教えていただきたいです。
Amiide:CIRRRCLE解散後、私はソロで活動していて、去年の12月にJyodanと久しぶりにパフォーマンスする機会があったんですね。それがめちゃくちゃ楽しかったので、その後Jyodanとガンガン曲を作りまくれて「これでEPもいけるじゃん」ってなったんです。
──それまでAmiideさんは音楽に対してのモチベーション低下に悩んだと明かしていますね。
Amiide:そうですね。CIRRRCLEに全部を注いでたので、頑張る目標がなくなって迷子になった時期がありましたね。だからソロも「なんかやらないと」みたいな感じもありました。その頃のプロデュースはだいたいChocoholicちゃん、あとZuma.にも時々頼んでいて、あのふたりがいなかったら多分音楽を続けていられなかったと感謝しています。
──Jyodanさんは解散後、どうでしたか。
Jyodan:辛かった。本当に辛かった。まさにあれは自己喪失だった。だって、あれは僕の全てでしたから。ただ最悪で、とても悲しくなった。
──CIRRRCLEがなぜ解散してしまったのかなっていうのは、聞きにくいけど、どうしても気になってしまうんですよね。突然の解散に見えましたから。
Amiide:やっぱりコロナがすごい大きくて。CIRRRCLEで最後に出した『BESTY』(2020年)は、〈Suppage Records〉と〈SPACE SHOWER MUSIC〉をレーベルとして出してくれたんです。それもJyodanのビザをなんとかするためにすごい動いててくれたけど、コロナがはじまってどうしてもビザが取れないってなったんですよね。
Jyodan:僕はそれまでは英会話学校の先生をしていたけど、仕事と音楽の繰り返しで貯金も尽きてきて、滞在費や食費ですら大変だった。どんどん病んでいったよ。
Amiide:Jyodanは2018年にLAへ移ってから、しばらく日本とLAを行き来する生活を続けてたんです。だけど、もっとCIRRRCLEで頑張るためにビザを取ろうと動いていた時にコロナがはじまって、その予定も動かなくなっちゃって、みんなの気持ちがバラバラになったというか…。
──とりあえずリモートで曲を作り続けていこう、とはならなかったのですか。
Amiide:そうですね。ただ、コロナがはじまる前に「これからもっと成長するにはライヴしたりとか、同じところにいないとね」みたいな話になっていたんですよ。
Jyodan:同じ国、同じ街、同じ時間にいるっていうのはとても大事なんだ。音楽だけでなく、映画、本、人生について喋ったりするのが大事なんだ。スクリーンを通したやり取りだけでは、その感覚が狂ってしまう。いまでもロンドンにLAで、いつも目が覚めてない時間でのやり取りだから大変なんだけどね(笑)。
──楽曲制作以外の時間も共有するっていうのは、大事なのでしょうね。アーティストでなくとも、容易に想像できます。
Jyodan:そう。小さなジョークとか、ちょっとした出来事とかね。誰もそういったものを大事だと思わないでしょ。それこそ、Otomodatchiでも書いていることなんだ。
Amiide:あと多分、すごく大きいのが、CIRRRCLEはずっとインディペントとでやってきたけど、スポンサーやレーベルが必要になると、やっぱり、納期とかもあるじゃないですか。インディペンデントだと自分たちのタイミングで予定が立てられますけど、『BESTY』を作ったときは結構ギリギリだったんですね。Jyodanも実は風邪ひいてて(笑)。
Jyodan:あの時は飛行機のなかで風邪をひいてしまって、本当に体調が悪かった。それでも1回のセッションで全部録り終えたんだ。いま聴き返しても、あの自分の声は嫌いだよ(笑)。
Amiide:間に合わせる意識が結構強かったから、制作の楽しさが失われていってたんじゃないですかね。