“宇宙時代”で感じる人間の豊かさ──レトロフューチャーを描いた、Klang Rulerの初作
宇宙にぽつんとひとりで浮いているかのような感覚になる、Klang Rulerの初アルバム『Space Age』。しかし、そこに孤独は感じない。むしろ無重力空間を散歩しながら地球を眺めているようで終始ワクワクするのだ。SFの要素をたっぷりと含んだスケールの大きな楽曲で構成されているはずなのに、懐かしさや親しみも同時に覚えるのはyonkey(Vo)の類ないトラックが魅せる不思議な魔法のようでもある。そんな巧妙なサウンドに〈愛の返し方をボクはまだ知らない〉(“きらめき”)、〈またあいたい またあいたい〉(“ロストインメモリ”)なんて歌詞をのせるから、日々のなかで憂いや喜びを感じ、言葉にすることができるのは人間の特権だな、なんてことも考える。最も遠い宇宙空間、誰もが知らない“宇宙時代”を想像して制作された本作に自分の日々を重ね合わせ、ちょっと苦しくなったり、嬉しくなったりするのはどうしてだろう。(梶野)
テーマは「宇宙時代に聞かれているミックステープ」
INTERVIEW:Klang Ruler(yonkey / やすだちひろ)
新しい学校のリーダーズへの楽曲提供や、ブラックビスケッツ「タイミング ~Timing~」のカヴァーが大きな話題となった、トラック・メイカーyonkey率いる5人組バンドKlang Rulerによる、初のファースト・アルバム『Space Age』がリリースされる。本作は、「宇宙時代」と銘打ったSF仕立ての一大コンセプトアルバム。70年代〜80年代サウンドをベースにしつつ、モダンにアップデートされたレトロフューチャーな世界観が全編にわたって展開されている。壮大なテーマを掲げながら、孤独や喪失感と向き合うパーソナルな歌詞も印象的。アルバムの制作エピソードについて、全曲の作詞作曲を手がけるyonkeyと、ファッション・デザイナーとしても活躍するヴォーカルのやすだちひろにたっぷりと語ってもらった。
取材・文:黒田隆憲
ライヴ写真:Ryuji Kainuma
壮大な宇宙を舞台にしながら、人間の「心」の部分を描くSF作品に惹かれる
──まずはアルバムのテーマやコンセプトについて聞かせてもらえますか?
yonkey(Vo):「宇宙時代」という架空の未来を設定し、聴かれているであろうミックス・テープを想像しながら作ったアルバムです。テクノロジーが発達した未来の世界では、たとえばAIで作られた音楽も流通していたり、ちょっと懐かしいサウンドなども流行っていたりするのではないかと。未来といっても、70年代〜80年代の人たちが思い描いていたようなレトロフューチャー的な光景を描いています。
──すでにAIで音楽や映像、テキストなどが簡単に、しかもクオリティ高く作れてしまう。改めてオリジナリティとはなにか、人間がモノを作る意味とはなにかを考えさせられますよね。
yonkey:本当にそうですね。たとえば僕が作る新しい学校のリーダーズのデモ音源は、メンバーの声を学習したAI技術を使って僕の声を置き換えたものを提出しているんです。そんなふうに、自分の作品を作る上でAI技術を導入している人は結構いるのではないかと。そのうち、AIによる曲がチャートインしてくる未来とかも容易に想像できてしまう。
とはいえ僕は、その先の未来では「やっぱり人間が作る音楽の方がいいよね」となってくれるはずだと、いまのところは期待しています。あくまでもAIは、人間がクリエイトする上でのツールとして考えていますね。
──やすださんはどう思いますか?
やすだちひろ(Vo):いまって、たとえば自分で歌った鼻歌を入力すると、それにあったコード進行をいくつか提案してくれるツールとかもあって。感覚的に音楽を作って発信しやすい世の中になってきていると私も思います。誰でも簡単にはじめられるからこそ発掘される才能も増えていくだろうし、それを踏まえた上で、自分たちにしかできないことや強みみたいなものが、より求められるようになってくる気がしますね。
──アルバムを作る上で、なにか影響を受けたSF作品などはありますか?
yonkey:大好きな映画『インターステラー』からの影響はかなり大きいです。壮大な宇宙を舞台にしながら、そこで描かれているのは家族愛や、恋人への想い、そういう人間の「心」の部分を描くSF作品に惹かれるんです。今回のアルバムも、「宇宙時代」を舞台にして入るけれど、多くの曲で〈きっと会えるはず〉〈また あいたい あいたい〉("ロストインメモリ")とか、〈さよなら彼方のアナタ〉("彼方のアナタ")など、人に対しての寂しさを思わせる言葉を使っていて。
もし本当に「宇宙時代」が到来したとして、自分たちの世界が一気に広がり、惑星間を自由に飛び交うようになった時に、「会えない距離」みたいなものも、より広がっていくと思うんですよね。そうなると人はより寂しくなるのかなと。そんな「宇宙時代」の人が聴く音楽を想像したら、なにか冒険心を掻き立てるような言葉より、「あの人にもう一度会いたい」みたいな言葉の方が響くのかなと思ったんです。
──以前のインタビューでyonkeyさんは、「いまはアルバム全体を通して聴くという機会が少なくなっている時代」とおっしゃっていました。そんな時代にあえて「アルバム」というフォーマットでリリースするにあたり、特にこだわったことや心がけたことはありますか?
yonkey:その時に話したように、僕はアルバムを通して聴くことってそんなにないんですけど、なかには「通して聴きたい」と思わせる作品もあって。それはどういうアルバムかというと、曲順の意図が明確だったり、曲自体がシームレスにつながっていたり、通して聴く価値のある仕掛けが施されていることが多いんですよね。今回、アルバムを作るにあたって「宇宙時代」という設定を決め、インタールード的な小曲を差し込んだり、曲と曲の間にSEなどを入れ世界観を増幅させたりしたのも、そういう理由からなんです。
──なるほど。なにかリファレンスにしたアルバムはありましたか?
yonkey:最近だとザ・ウィークエンドの『Dawn FM』は、ラジオ番組仕立てになっていたり、楽曲同士がつながっていたり、同じトラックなのに上物だけが変わっていったり、聴けば聴くほど曲への理解が深まる作りになっていて。「アルバムを通して聴くのって楽しいな」と思わせてくれる作品だったので、大いに影響を受けました。
それと、もともと僕は80年代のサウンドが大好きで、たとえばプリンスのサウンドなどを研究していくなかでLinnDrumを導入し、今作では全ての楽曲で使っています。シンセもMini MoogやRolandのJunoシリーズ、Oberheimなど時代感のあるモデルを5台くらいに絞り込み、それでサウンドのカラーを統一させました。
やすだ:私がKlang Rulerに加入してから、ずっとやり続けている『MIDNIGHT SESSION』という新世代アーティストたちとコラボするYouTubeカヴァー企画があるのですが、そこでは70年代や80年代の楽曲をはじめ、ずっと引き継がれている日本の懐かしい楽曲をKlang Rulerなりにカヴァーしてきたんですよね。おかげでファースト・アルバムを作るとなった時も、そうしたサウンドのテクスチャーが自分たちの大きな特徴というか、強みになったのではないかと思います。
──レトロフューチャーなテクスチャーなのに、全体的にモダンな音像に仕上がっているのも印象的ですよね。
yonkey:最近、外観は木造っぽいのに中身や基礎の部分が鉄筋で出来ている建物とかあるじゃないですか。Klang Rulerのサウンドって、それに似ていると思うんです。つまり、低音などはその時代になかった帯域を補正するためのシンセを使ったり、LinnDrumもそのまま使うのではなくプラグインを通してよりモダンなサウンドにしたり。そうすることで、懐かしさがありながらもいまの楽曲と比べて遜色のないサウンドを目指しているんです。