フル・アルバムに映された、ニュートラルな阿部真央──「らしさ」を飛び越えた表現を語る
デビュー14年目の阿部真央に訪れた、大きな変化とは──いまの彼女のフラットな状態をパッケージしたという10枚目のフル・アルバム『Not Unusual』。本作には新しい表現への挑戦が随所につまっている。これまでにないほどの優しいヴォーカル、シンプルな歌詞、白いセットアップにスニーカーを着用したアート・ワーク。どれをとっても、これまでの“阿部真央らしさ”の枠を飛び越えた、ユニークな変化を感じることができるだろう。「らしさ」から飛び出ることは簡単なことではない。しかし、その恐怖を捨てたことで生まれた数々の表現は阿部真央をより輝かせている。やりたいことへと突き進む、いまの彼女に迫る。
阿部真央、10枚目のフル・アルバム!
INTERVIEW : 阿部真央
ピアノでの曲作りや英語詞といったアプローチは先行配信曲に顕在化していたが、約3年ぶり、10枚目となるニュー・アルバム『Not Unusual』の音楽的なレンジの拡張と多彩なヴォーカル表現には「こんな阿部真央を待っていた!」という音楽ファンとしての喜びが自然と溢れる。期待される自分像に応えることはある意味、どんな結果でも傷つくことはあまりない。でも、「それを繰り返していて自分は納得できるの?」という自問自答を経たことで、阿部真央は阿部真央らしさという期待を新しい自分の音楽で超えてきた。いま、ここからの阿部真央はこれまでよりさらにおもしろい。
インタヴュー・文 : 石角友香
自分に起こした変化をちゃんと感じてもらえるアルバムに
──アルバムがリリースされるまで、先行配信楽曲に予兆はいろいろありましたけど、今回のアルバムのビジョンはありましたか?
阿部真央(以下、阿部):アルバムを作りはじめたのが、去年の秋の頭だったので、それまでに自分に起こした変化をちゃんと感じてもらえるアルバムにしたかったですね。だからコンセプトとかこういう世界観にしようっていうのはいままでより逆に考えずに、いまの自分のフラットな状態を曲、歌詞もそうだし、それだけじゃなくてアレンジとか響きとか音の数とか余白とか、そういうので感じてもらえる作品にすることを目指しました。
──いろんな曲の方向性があって歌い方も多彩になったと思うんですけど、そもそもいろんな歌のアプローチをやってみようと?
阿部:念頭にはなかったです。作ってプリプロしたりとか、アレンジが入ってからそうなってたみたいな感じですかね。ただ、歌い方の面でいうと、プラスアルファ変化があったのは例えば“とおせんぼ“や”ふたりで居れば“、最後の“My hair you liked”は、いままでないくらいに弱く歌ってるんですよね。どちらかというといままでちょっと避けてた歌い方だったんですが、いまの自分が誰かの優しいヴォーカルを聴いてる分にも心地いいし、自分でもそういうのを表現したときに、「これがいまやりたい形のひとつなんだ」ってしっくりくるんで。それだけはちょっと予感してましたね。そういう優しく歌う曲はきっとアルバムに入るし、なんなら1曲じゃないだろうなっていう予想は曲を作っている段階からありました。それがレコーディングしてってより明確になってるって、歌いながらどっか他人事で思ってましたね(笑)。
──阿部真央節みたいなものはあえて出さなくてもいいという、自信があったからですか?
阿部:そもそも折に触れてたまに言われる、その阿部真央っぽさとか、阿部真央節っていうのが自分では全然分かってなかったんです。でも確かにキャリアがある程度あるから、自分のなかの例えば強い曲とか、そういうカテゴライズはあったんですよね。で、それってある種求められてるものでもあったと思うんで、それを自然にやろうとしている自分がいたと思うんですよね。ただそれをただ否定するんじゃなくて、そこを飛び出しても自分の表現であるっていう自信はすごくある結果なんだと思う、このアルバム。だからそれは前より怖くなくなってる部分ですかね、表現において。
──今回の座組でいちばん驚いたのがESME MORIさんで。ESMEさんはどういうところが良かったですか?
阿部:もう明確で、音もいいんですけど、それ以上に音が楽しいと思ったんです。「この人の音っておもしろいでもなくて、楽しい音を作るな」と思って。 いろんな音が聴こえてくるんですよね。で、展開がある。音で展開を作るから、曲やコードの構成じゃなくて、循環してるコードでも絶対世界観を作ってくれるし。なんか「こういう感じだよね、やりたいの」って直感的に思ったんですよ。いい感じに余白があるところが現代的でもあるし、音がわりと尖ってるんですけど、温かみも忘れない。人柄もすごくいい方で、優しくて。そういうのも出てるのかもしれないけど、不思議な魅力でしたね。おしゃれで尖ってるのに暖かくておもしろくて楽しいみたいな。多分そこに私が意見を出せば、もう少しポップになるんだろうっていう予想もあって。
──ESMEさんがアレンジを手掛けた、“Never Fear”も“I Never Knew”も歌詞がシンプルですよね。(“Never Fear”は和田建一郎と共同編曲。)
阿部:確かに。そこはちょっと目指したところで。どうしても、いっぱい歌詞を書いちゃうんですよね。行き詰れば行き詰る曲ほど説明しようとするの、口で(苦笑)。それやめようと思って。だからそこは作る時、意識してました。さっき言った、いまの自分のニュートラルをいろんな側面で感じてもらうのがテーマだったんで、いままで歌詞で曲のメッセージを説明しようとしたんですよ、知らず知らず。デビューした時はそんなことしてなかったんだけど。なんかね、頭を使いはじめるんですよね。でも、そういう頭の使い方をやめようと思って。曲をぱっと聴いた時の楽しいなのか、あったかいなのか、そういうところを表現することを目指してたんで、歌詞の作り込みはカロリーを減らしましたね。
──これまでリスナーの人にとっていちばん新鮮というか、聴いたことがないタイプの曲かもしれない。
阿部:“I Never Knew”の次に“Never Fear”の順番で録ったんですけど、1、2ヶ月ズレるだけで時期はほぼ一緒なんです。“Never Fear”をやる時に、私が他の曲をアレンジしてもらってるギターの和田建一郎さんにも入ってもらったんですけど、ESMEさんのカッコいい音にワダケンの持ってる、もっとアットホームな感じを入れたいなと思って。はじめて、私以外の編曲者をふたり立てたんです。どうなるかなって実験だったんですけど、なんとなくイメージしてた通りのポップじゃないですよね。ちょっとファミリー感っていうかワダケンが持ってる優しさが出て、よりいいなとやってみて思いましたね。正解だったな、このふたりに頼んで、ってすごく思います。