ボーダーレスに混ざりあうHelsinki Lambda Club──現実と幻想の“エスケープ”の先にあるもの
Helsinki Lambda Clubが、5曲入りのEP『月刊エスケープ』をリリース。ここに収めれているのは、英米アジアでのライヴの経験が基となった“THE FAKE ESCAPE”“キリコ”、ヘルシンキらしさが大放出された“My Alien”、そして特筆すべきは、堀江博久をプロデューサーに迎えた“たまに君のことを思い出してしまうよな”。これまでの独自のバランス感覚で進めていた曲作りから一歩離れ、堀江のディレクションのもと土台作りから緻密に設計していったこの楽曲は、新しいヘルシンキを感じさせる仕上がりだ。さあ、お楽しみが詰め込まれた『月刊エスケープ』を開いてみよう。
海外ツアーでの経験が存分に活かされた、風通しのいいEP
INTERVIEW : Helsinki Lambda Club
先行配信された“THE FAKE ESCAPE”のMVをまだ観ていない人がいたら、観てほしい。そこでは、イギリス・ツアーでのライヴの様子や飲食店での仲間との食事、現地の人たちとの他愛のないやり取りが写されているのだが、ひとり残らずいい表情をしているのだ。心の壁のようなものがなく、全員がその瞬間を純粋に楽しんでいるのが伝わっていくる。国や文化関係なく、いい音楽さえあれば一緒に分かち合うことができる──海外でのライヴを経たHelsinki Lambda Clubは、そんな本質的で普遍的な気づきを得たそうだ。持ち前の創造性に富んだアイデアやグルーヴ感だけではない、もっとピュアな喜びを今作の『月刊エスケープ』からは感じる。いまのHelsinki Lambda Clubは、とても風通しがよい。世の中きれいごとばかりではないけれど、世界はもっと広いし私たちはもっと自由になれる──そんなことを思わせてくれる。
インタヴュー : 飯田仁一郎
文 : 石川幸穂
写真 : 堀内彩香
音楽的にもマインド的にも、もっとボーダーレスに
──2023年から2024年にかけて海外ツアーに行っていましたね。どこを回ったんですか?
橋本薫(Vo./Gt.)(以下、橋本):イギリス、中国、台湾、アメリカ、シンガポール、あと香港も行きました。僕らを知らないまっさらなところで演奏して、新鮮な気持ちを味わいたかった、というのはあります。10代の頃は特に欧米の文化に憧れがあったんですけど、アジア人である自分と欧米の文化をフラットに見ることができたきっかけでもありましたね。
──欧米でいい出会いはありましたか?
橋本:アメリカのSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)では、Brainstoryっていうロスのバンドがいちばんよかったです。ロスの風を感じる音で、育ってきた環境が音楽ににじみ出ていて、センスの良さをすごく感じました。あとは、対バンしたブルースのシンガーの人が、なんてことないアンプとギター1本でめっちゃいい音を鳴らしてたんです。ただ自分が気持ちいいと思う音を探して素直に音楽をやっているんだろうなと感じました。大喜利的にこねくり回さずに、好きなようにやってる姿をみれたのは嬉しかったです。
熊谷太起(Gt.)(以下、熊谷):イギリスのバーミンガムで対バンしたおじさん3人組のバンドは、ドラムとベースとピン・ヴォーカルっていう編成で。ベースをギター・アンプみたいなのに繋いでずっとリフを弾いていて、印象に残っています。
──アジアと欧米の文化をフラットに捉えるようになったのは、アジア・ツアーも影響している?
橋本:それも大きいですね。アジアのいろんな国では、ここ近年は特に面白い音楽が出てきてるし、グルーヴも独特なんですよ。刺激もたくさん受けました。中国は特にこってりというか、カルチャー的にはかなり閉ざされていたので、国内で熟成されている感じはしました。SXSWにも出てた法茲FAZIっていうバンドはすごくこってりでしたよ。
──海外ツアーで新たに得た気づきはありましたか?
稲葉航大(Ba.)(以下、稲葉):言葉が通じないから、お客さんは演奏をみるわけですよね。いい演奏をしていると自然と盛り上がってくれるし、踊ってくれる。だから技術力がキーになってくるのかなって。イギリスで“Horse Candy”っていう曲をやったら、イントロでみんなが大合唱してくれたりとか。
橋本:マジでイギリスだなって思いました、リフで歌うって。
熊谷:純粋に音を聴きにきてる感じだったよね。
橋本:自分たちらしい音を出せていれば、国や文化は関係なく楽しんでもらえるのを確認したことで、もう1回スタート地点に立てた感覚があります。あとは、もっと音楽的にもマインド的にも、ボーダーレスに混ざり合いたい気持ちにもなりました。日本の滞空時間というバンドは、インドネシアのガムランの要素を取り入れたりして面白い表現をしているんです。そういう試みは自分の中でもフィットするので、いろんな要素を混ぜていきたいですね。
──なるほど。今回リリースしたEP『月刊エスケープ』ですが、これはどういった発想だったんですか?
橋本:最初は、統一感のある作品にしたいと思っていて。海外を経て音で踊らせたいという思いもあり、踊れる曲だけを集めたEPにしようとしていたんですが、自分の性格と合わなくて。で、各曲が「エスケープ」というキーワードで繋がりそうなのが徐々に見えてきたので、そこからまた再構築していった感じです。“たまに君のことを思い出してしまうよな”という曲はポップスとしてしっかり機能させるために、堀江博久さんをプロデューサーとして迎えました。
──「エスケープ」というテーマになったのはどういう経緯で?
橋本:去年から今年にかけて自分自身忙しくて、世の中を見ていても気が滅入ることが多くて。そこに対する単純な「逃避行」という意味もありますし、逃避行の先に何があるんだろうと考えることで、最終的には現実と向き合うのも「エスケープ」になるというか。その両面性を出しましたね。
──事前資料では、真木よう子さんの写真集『月刊 真木よう子』(2007年)が言及されていましたが、『月刊エスケープ』というのは?
橋本:まず、語感が何となくいいなと。『月刊 真木よう子』はたしかに頭の片隅にあって(笑)。あの写真集は藤代冥砂が撮っていて、作品にすごくお金をかけていた豊かな時代の作品なんですよね。僕らはその2000年代の「Y2K」というカルチャーで10代を過ごしたので、そこで通じてるのかなと。あとはいろんな要素が詰め込まれた『少年ジャンプ』とかの楽しみ方をしてもらえたらという意味でも、「月刊」とつけました。『少年ジャンプ』は週刊誌ですけどね。
稲葉:EPの構成の話をしたときに今の話をされたんですけど、『月刊 真木よう子』に関してはよくわからなかったです(笑)。ジャンプのところはピンときたけど。