堀江博久をプロデューサーとして迎え、ポップスへ接近
──今作のレコーディングで特にこだわったことはなんでしょう?
橋本:前作(『ヘルシンキラムダクラブへようこそ』2023年)は“自分”がすごく出た作品になったんです。今回は、周りの人のアイディアで作っていくことを意識しました。
稲葉:レコーディングが大変でした。今までは曲の方向性が固まったら、近いテイストの曲を聴いてリファレンスにしていたんですけど、今回は直感的に自分の中に眠っているものを出し切るつもりでやりました。
──熊谷さんは?
熊谷:今までよりグルーヴを意識してギターを弾きました。それもライヴでの演奏力を上げたいという話につながるというか。自分のクオリティを上げるという意識が強い1年でした。
──“たまに君のことを思い出してしまうよな”では、「ポップスに最も接近した」そうですね。堀江博久さんを迎えたことで、どんな「ポップス」要素がプラスされましたか?
橋本:僕らは雑味を肯定するようなバンドなんですが、「ポップス」というふうに考えると、そういう隙間は減らして、素直にスッと耳に入ってくるような音楽にしたほうがいいと思って。なので堀江さんには、土台作りの段階で、ベースとドラムと歌だけで十分聴ける状態にしていきたいということを相談しながら制作を進めました。自分でやったら詰めが甘い部分があったと思うし、そういった作業はすごく勉強になりましたね。今までは最後の詰めまで曲の全体像が見えないことが多かったんですけど、今回は最初から作り込みました。
──土台作りの段階では、何を詰めていくんですか?
橋本:歌に対するベースとか、刻み方のニュアンスとかも細かく調整しました。堀江さんがドラムの打ち込みで、909(TR-909、Rolandが1980年代前半に発売したドラム・マシン)の実機を使ってくれたのが個人的に良かったですね。
──それはなぜ?
橋本:実機でやってもらって、元気な音になったなと。あと909自体、出てきた当初は人気がなかったと思うんですけど、「何をやりたいんだこいつは?」という雰囲気が、ヘルシンキの音楽と通じるなという気づきもありました。僕らは808ではなく、909なんですよね。
──稲葉さんは堀江さんからどんなアドバイスやディレクションを受けましたか?
稲葉:たぶん僕がいちばんいろんなアドバイスを受けました(笑)。ベース、ドラムに仮歌が乗ってる状態のデータをLogicでずっとやりとりしてたんですが、ベースの配置の仕方とか、ベロシティをどうするかとか、感覚では何となくわかってたことをちゃんと言語化してくださいましたね。堀江さんは僕らの良さもわかってくれるので、あくまでもバンド目線でのアレンジをしてくれました。
──“Yellow”もだいぶ苦労したらしいですね。
橋本:歌はかなりチャレンジしました。ヒップホップとかR&B的なブラック・ミュージックからの影響が大きい楽曲だったので、文化の盗用にならないようにと思って悩みましたね。最初はSteve Lacyっぽい雰囲気だったんですけど、そこからいろんな要素が加わって。
──“Yellow”というのは?
橋本:「Yellow」が指すのは、歌詞にも出てくる「雷」ですけど、正直いろんな捉え方はできます。「自由に生きたい」っていう曲でもあるけど、自由に生きたい中での自制心を歌ってもいて。各々の「Yellow」です。
──なるほど。稲葉さん、熊谷さんはどうでしたか?
稲葉:この曲も大変でした。元のデモからもすごく変わってますし、ベースラインも試行錯誤して、試作品が何個もあります。そういう紆余曲折がありつつも、詰め込めるだけ自分を詰め込みました。
熊谷:普段はあまり悩まずに決めるんですけど、この曲のソロ・パートは何回も入れ直しましたね。僕も大変でした(笑)。