KOHHとKEIJUの新作から考える“コンシャス”──斎井直史「パンチライン・オブ・ザ・マンス」 第25回
2月はあっという間ですね! ギリギリ滑り込みで今月の「パンチライン・オブ・ザ・マンス」をお届けです! 前回は現在20歳のビートメイカー/ プロデューサーしてANARCHYが新プロジェクトとして立ち上げた〈1%〉からアルバム『Arsonist Under』をリリースしたYamieZimmerをピックアップしました。今月は『DIRT II』から2年半ぶりの新作となったKOHHと〈Sony Music Labels〉と契約後まとまった音源としては1枚目となるKEIJU、どちらもゲリラ・リリースで話題を集めた2作品を取り上げます。
第25回 KOHHとKEIJUの新作から考える“コンシャス”
KOHH『UNTITLED』について
2月はサプライズリリースされたKOHH『UNTITLED』とKEIJU『heartbreak e.p.』の2枚を聴き込むうちに、改めてラップは内省的な歌詞へと伸びていっている事を痛感しました。今月はその2枚と、コンシャスである事について書きたいと思います。
まず、KOHH。耳を疑うほど真っ直ぐに毒を吐いた『DIRT II』から2年半。新曲リリースは少なかったものの、昨年88risingの北米ツアー全公演にスペシャル・ゲストとして参加し、依然としてKOHHは世界で活躍しています。
かつてのKOHHは海外のトレンドをオンタイムに取り入れる早さで注目を集めました。ファッションやフロウだけでなく、リリックに中身が無くてチャラいのもUSラップ的。なのに舞台が東京都北区の団地の日常で、どうやら彼はタフな生い立ちを経験しているらしいぞ、と。その組み合わせの珍しさと謎の説得力で、KOHHは即座に注目の若手となりました。
しかし自らのスタイルに飽きてきたと語るKOHHは、2014年の「Fuck Swag」で、彼の内なる価値観を吐き出します。それがチャラい団地の兄ちゃんの言葉なのに、異様に鋭い。(自分を含め)KOHHを半笑いで見ていた人間すら、カリスマとして彼を語るようになりました。実際に何者でも無い彼が成功する度に、リリックは説得力を持ち、聴いていて鼓舞させてくれる力があります。今回は彼のリリックの凄さを説明する、良い例を見つけました。『UNTITLED』のジャケットは芸術家であるエイドリアン・パイパーという方の作品『Everything #2.8』をモチーフにしたもので間違いないと思います。僕は美術には疎いので調べる中で、彼女の論文「モダニズムの論理」で興味深い箇所を見つけました。いわく「西洋美術は異文化の芸術を引き抜く事で革新的なアートを産み出してきた」と。具体例として浮世絵とゴッホ、アフリカ美術とパブロ・ピカソを挙げるのですが、これって「Fuck Swag」の〈真似するの無し。でも奪うならあり〉ですよね。あえてKOHHの言葉のシンプルさを際立たせる為に、今度は論文をそのまま抜粋します。「西洋美術の特色の占有とは、非西洋圏の芸術文化からインスピレーションを引き抜く事である。(By the appropriative character of Euroethnc art,I mean its tendency to draw on the art of non-Euroethnic cultres for inspiration.)」。仮にKOHHはパイパー氏の言葉を知っていたとしても、ここまで圧縮できる言語感覚は凄い。
「Fuck Swag」以降は、ジュエリーやセックスといった俗物的な単語と、シュールレアリズムや死生観までごちゃ混ぜにしたトピックでも平易な言葉だけでパンチラインの山を築いてきたKOHH。今作の1曲目「ひとつ」は、美しく重厚なストリングスに乗せ命の繋がりを歌うのですが、本作で光が差し込むような曲はこれだけ。4曲目「Fame」では偶像として扱われる事へのネガティブな感情を吐き出し、次の「まーしょうがない」では諦めの感情すら覗かせ、「いつでも」に至っては自身の日常に対して感謝を述べているものの、その声は力が無い。前作のように半端な気持ちで近寄る者を全否定するようなKOHHからから少し大人の丸みを帯びたかのように感じられます。しかし、それよりも今作の印象を強く残すのが最後の3曲。「Leave Me Alone」と「I’m Gone」は相手を思うが故に自ら去るような歌詞で、もはやラップでもポエトリー・リーディングでもなく、呻き声に近い。一聴すると最近父になった人間とは思えないほどに暗いのですが、これも冷たく尖った過去作と比較すれば父親になった事も影響しているかのように思えます。極めつけに最後の「ロープ」。今まで破壊的で刹那的という、高いレベルの自由を表現し(恐らく実行し)てきたKOHHが、自由になりたいと喉を枯らせながら叫んで終わります。この一連の展開から無理にでも意味を見出そうとするならば、ひとつの地球に生きているのに、他人同士が理解し合う事に諦めを感じ、最後はひとつに縛られたくないと叫ぶという展開でこの世の矛盾を現している。
思えばトラップ以降、ラップのリリックには「やりたいようにやる」が決まり文句のように増えました。KOHHはその先駆者ですが今は誰に伝えるべく「自由になる日も来る」と声を張っているのか。それは本人にしかわかりえないのですが、同日にリリースされたLoota『Gradation』収録の「Endless feat.KOHH」では〈Why you wanna be like me? なんで俺みたくなりたい〉とも叫んでいます。Lootaの続くフックからも、最前線を歩む2人は決して自由ではなく、終わりのない修羅の道のように感じているのだとするならば、皮肉ですらあります。
KEIJU『heartbreak e.p.』について
KEIJU『heartbreak e.p.』もまた、普段は表に出さない部分を音楽に昇華させた作品でした。本人は2018年をとても暗い年だったと振り返りますが、それが自分にとっては意外。何故ならDJ CHARI & DJ TATSUKI『THE FIRST』に収録された「Right Now」は、頭一つ抜けて良かったからです。カッコつけた今までの彼のイメージを残しながらも〈俺、お前と居たかったな 今向かえばまだ間に合う〉と心の中を見せたフックで、KEIJUの事を一気に身近に感じられました。
ともあれ、ソニーと契約するも1曲しかリリースせずに試行錯誤中だったというKEIJU。振り返るとその1曲目であった「Let Me Know」のように早めのテンポでメロディアスにラップする姿は、華々しくも少しだけ違和感がありました。KEIJUのラップはストレートで短く完結する文を、コラージュのように貼り合わせて描写をします。会話のようなテンポで声も張ることもなく、漂う余裕には品があり、都会的。今作は「get paid」のビデオからも伝わるように、そのシックなKEIJUへ戻っています。今月のパンチラインもこの曲から。
大事なものは増えても 減ってくお金は大事にならないからいい
これ、自分は最初「大事なものは / 増えても減ってく / お金は大事に / なら無いからいい」と切るタイミングで意味が理解できていなかったんですね。よくわからないけど曲名も「get paid(稼ぐ)」ですし「嘘みたいになりたいよ金持ちに」と始まるこの曲は一種の強がりであり、ボースティングなのかな、と。だからその真逆と気がついた時には、何度も聴いていたのに一気に愛着が湧きました。 他にも叙情的なメロディーのフックをJin Doggが歌う「alone」や、後腐れのない一夜の虚しさが伝わるYoung Yujiroとの「tacit」など、KEIJUが五里霧中の中で孤独感を感じている事が滲み出たEPでした。
以上の2枚を分析するように聴けば、個人的には今までスキルやセンスを競わせる事が多かったヒップホップが、より内省的でコンシャスな音楽へと伸びている事を改めて感じました。エモ・ロック(正しい発音はイーモゥ)やゴスなどの影響を受けたエモ・ラップのトレンドとも、自然と結びあわせて考えてしまいます。エモの定義としては、自殺願望やドラッグ、メンタルヘルスに関するトピックと、鬱蒼としたメロディが特徴とされ、エモ・ラップの代表と言えばLil PeepとXXXTENTACIONの名が挙がりますが、世代を考えるとロックよりもキッド・カディ「Day ‘N’ Nite」、カニエ・ウエスト『808 & Heartbreak』、ドレイク『So Far Gone』など弱った内面を描いた作品も大きな影響を与えたに違いありません。
突き詰めるとエモさとは、普段口にする事が憚られる心の声を出す事ではないでしょうか。聴き手は音楽のエモさに触れ、普段はやり過ごそうとしていた感情を目覚めさせる。そして現実がまた違って見えるようになるなら、不安定なメンタルにとっての啓蒙や処方薬に近い。
だけど、ちゃぶ台を返すようですがKOHHに熱狂している海外のファンは、彼が何を言ってるかなんて二の次ですよね。ツラツラと論文の真似みたいな事を書ちゃったけど、これは音楽。
まず、KOHHのラップは本当に聴き取りやすい。語彙力を養ってしまっては不可能な程に平易な言葉しか使わない事が、音にも現れています。端的な例が「It G Ma」の「ありがと」の瞬間。曲の雰囲気や巧みな韻で誤魔化さない潔さすら感じます。YouTubeのコメント欄やGeniusを見ると、KOHHのリリックについて英訳よりも先にローマ字変換が投稿される事も、聴きやすさ、口にしやすさが人気の所以である事を現しています。
次に、声が表情豊かである事。リズミカルでハメやすい三連符フロウの発明で、聴きやすく口にしやすいラップは良くも悪くも増えましたが、表現力が豊かなラップとなるとやはり多くはない。その点、KOHHの『UNTITLED』で言えば美しい歌声にはじまり、エネルギッシュに叫び、憔悴した声から最後には泣き叫ぶような声へと、非常に表情が豊か。その感情の起伏をそのまま伝える事こそがエモさ。こう考えると彼のラップには言語の壁を超える魅力がいかに多いか。
最後に私見を。内面の発露という意味でのエモい作品が目立つラップ・シーンですが、ロックが先にエモ・ロックというブームを10年前におこしたように、ラップも同じ道を辿るのでしょうか。未来はわかりませんが、この曲を紹介して終わりたいと思います。
Alex O’Connorのソロ・プロジェクトであるRex Orange Countyで「Loving Is Easy」でした。彼はタイラー・ザ・クリエイターがこれまでとは違い虚無感や孤独をテーマにしたアルバム『Flower Boy』に参加した事で一躍有名になりました。ヒップホップやグライムが豊かな時代に育った20歳のアレックスが、鬱蒼としたラップ・アルバムに美しいメロディを添える意味。その彼が「愛することは簡単」と歌う様子を急に思い出したのは、THE NEW ORDER MAGAZINEでのKOHHのインタビューを読んだ時でした。KOHHはこの世で最も好きなものを訊ねられ、小声で女と答えますが、優しさと答え直し、本当は愛であるべき、と答え直します。かつてゴキブリを食って首を吊ったタイラーが若い世代の助けを経て内面を吐き出せたように、いつかKOHHが違う面を見せる日も来るのでしょうか。
斎井がSpotifyにて公開中のプレイリスト「下書きオブ・ザ・マンス」はこちら
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