Location via proxy:   [ UP ]  
[Report a bug]   [Manage cookies]                

帝国陸軍とは? わかりやすく解説

帝国陸軍

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/08 00:11 UTC 版)

軍医 (日本)」の記事における「帝国陸軍」の解説

大日本帝国陸軍#階級1944年-廃止時)」も参照 帝国陸軍においては歩兵・砲兵・騎兵工兵輜重兵航空兵憲兵といった職種兵科兵種)と、軍医獣医経理軍楽技術法務といった後方職種各部とし、医療関連各部衛生部称した定色兵科色)は深緑色)。また衛生部は更に軍医薬剤歯科医衛生細かく分類される現役軍医医学部1年生の中から陸軍軍医委託生を試験採用し卒業後は各歩兵連隊軍医見習士官として隊附勤務を行う。委託生は、毎年夏休み軍人としての最低限基礎訓練を受けるために歩兵連隊1ヵ月ほど入営入隊)し、主として歩兵としての教練学んだちなみに1年生2年生歩兵連隊訓練を受け、3年生以上は騎兵連隊砲兵連隊乗馬教育受けた。これは、軍医将校乗馬本分者である事から考慮されたものである入営中の委託生は陸軍士官学校陸軍航空士官学校などの士官候補生準じる者として取り扱われた。軍服士官候補生同じく下士官兵用の官給服に、また士官候補生見習士官と同じ金星の襟部徽章を右襟に、左襟には隊附勤務行っているアラビア数字連隊番号(隊号章)を付する。さらに金星の隣には、医学の神である大国主命オオクニヌシノミコト)の神話にちなむ五本の蒲の穂デザインし昭和5年制式までの立襟上衣には衛生部定色深緑色襟章を、昭和13年制式折襟上衣には右胸のM字型の胸章佩用した。 その後大学医専卒業と同時に、陸軍曹長階級将校待遇である軍医見習士官となり、歩兵連隊において3ヵ月歩兵見習士官教育(主に将校教育)を受ける。その後実施学校たる陸軍軍医学校乙種学生となり、同校入校同時に大卒者は陸軍軍医中尉医専卒者は陸軍軍医少尉任官し晴れて軍医将校となる。乙種学生教育期間1年であり、さらに上級教育課程として甲種学生課程があった。これは乙種学生卒業者から、師団軍医部長の推薦経て選抜試験行い採用する。期間は乙種同じく1年であった。また精神科口腔外科基礎医学など専門的な科目専攻する者は2年間の部外研修認められていた。 予備役軍医場合は、もともと一年志願兵制度により予備役軍医任官したが、1932年昭和7年)から幹部候補生制度改められている。これは医師免許有する者が現役兵として入営した場合一期師団長検閲後、衛生部軍医予備役士官志願するというものである試験選考により合格者甲種(甲幹。将校要員)と乙種(乙幹。下士官要員)とに分けられ階級陸軍衛生上等兵になる。原隊内で実務教練を受けながら、3ヵ月後に甲幹は陸軍衛生軍曹になり陸軍軍医学校入校半年間の教育受けて陸軍衛生曹長となり軍医見習士官となる。乙幹は陸軍病院などで訓練を受け、3ヵ月後に陸軍衛生伍長となり部隊配属された。 日中戦争支那事変)の影響1937年昭和12年)から医師の不足が深刻化し軍医予備制度発足した。あらかじめ軍医予備員を志願した45歳以下の医師は、教育召集受けてもいきなり陸軍衛生上等兵階級与えられる。そして、一般内務班とは別に軍医予備員のみで歩兵連隊1ヵ月教育されそののち陸軍衛生伍長任官し3ヵ月陸軍病院教育を受け、召集解除時に予備陸軍衛生軍曹になる。そして再び召集されときには、ただちに軍医見習士官任官された。このように陸軍予備役軍医制度には2種類があった。 同じ予備役軍医になるにしても幹部候補生では3ヵ月初年兵として他の一般兵と共に良くも悪くも平等な軍隊生活余儀なくされる。その点軍予備員を志願しておけば、はるかに楽をして軍医になれるので、中年上の医師はほとんど全て軍医予備員を志願した。しかし、中には志願しない医師もおり、軍当局そのような医師懲罰の意味召集し衛生兵のまま戦地送ったので、志願しない医師はまず存在しなくなった。この制度では、たとえ大学医学部教授であっても軍医見習士官待遇でいきなり軍医将校には成れなかった。

※この「帝国陸軍」の解説は、「軍医 (日本)」の解説の一部です。
「帝国陸軍」を含む「軍医 (日本)」の記事については、「軍医 (日本)」の概要を参照ください。


帝国陸軍

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/11 08:41 UTC 版)

パンプキン・シザーズ」の記事における「帝国陸軍」の解説

あくまで本分帝国における陸軍であるが、情報部は国家公安兼ね立場となっているなど権限はかなり大きい。政治面でも国政武力直結しており、警察権力軍部によって抑圧されている。組織体系として完全な縦割りであり、たとえ同一目的があっても他部署に対して非協力的であったり、時には弱味握ろう動いたりしている。 帝国陸軍では戦車単なる兵器ではなく騎士代用品考えており、戦車乗員(特に車長)は「貴族貴族血縁者貴族から許可された者」しかなれないまた、平民団結して貴族を倒す様を連想させる」「戦車地雷等の安価な兵器破壊される貴族権威落ちる」との理由多人数運用する対戦車砲等の対戦車兵器開発公に行われていない。 少尉上の将校士官)は基本的に貴族のみで構成されている。戦時中、将校の不足を補うため平民でも士官学校入学できる「平民採用制度」が施行されていた(ハンクスなどはこの時期卒業任官している)が、停戦後廃止されその時点で士官学校在学中だった平民出身者(オレルドやマーチスラーン)は将校でも下士官でもない准尉」という階級留め置かれている。

※この「帝国陸軍」の解説は、「パンプキン・シザーズ」の解説の一部です。
「帝国陸軍」を含む「パンプキン・シザーズ」の記事については、「パンプキン・シザーズ」の概要を参照ください。


帝国陸軍

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/15 15:30 UTC 版)

二等兵」の記事における「帝国陸軍」の解説

大日本帝国陸軍では、現役兵として入営したものは、入営したその日から特に辞令用いずして各兵科区分により第三級兵卒命じられたものとみなされた。兵卒等級上等兵一等卒二等卒であったので、入営したばかりの兵卒は、兵科ごとに歩兵二等卒騎兵二等卒などになった明治期においては在営期間は三年で、入営し半年間は生兵せいへい)と呼ばれた海軍は期間が来れば原則として全員等しく昇進したが、陸軍においては選抜制がとられた。そのため、在営二年目二等卒や、在営三年目二等卒存在したのである同時に、二年兵の上等兵と、三年の上等兵並存することになった大正時代在営期間が2年となって以降二等卒昭和三年以後二等兵改称)は「初年兵」ともよばれ、全員概ね第2期検閲後の半年後(初期には1年後)には一等兵進級するシステム改められた。また、翌年新たに初年兵入営すると、かつての初年兵同じよう新兵指導当たった二等卒である期間は、時期によって異なり日清戦争の頃では木口小平喇叭手入営してから1年半程度経過して戦死時点では歩兵二等卒であった

※この「帝国陸軍」の解説は、「二等兵」の解説の一部です。
「帝国陸軍」を含む「二等兵」の記事については、「二等兵」の概要を参照ください。


帝国陸軍

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/16 02:39 UTC 版)

サクラ大戦シリーズの登場人物」の記事における「帝国陸軍」の解説

京極 慶吾きょうごく けいご) 声 - 神谷明 1880年2月26日生まれ身長179cm、体重70kg、栃木出身陸軍大臣。「戦神」とも呼ばれた戦略家であるのと同時に、古の陰陽師血を引く高レベル霊能力者でもある。 サクラ大戦シリーズの登場人物#黒鬼会参照天笠 士郎(あまかさ しろう) 声 - 三木眞一郎 『2』より登場陸軍少佐傲慢な性格持ち主で、大神いざこざがあった際、女性であるさくらと一緒にいる等を理由難癖をつけ、「鉄拳制裁」と称して彼に暴行行っている。京極心酔しており、「太正維新計画」に自らも維新軍の指揮官として参戦するも、帝国華撃団正規軍反抗によって失敗に終わる。 クーデター失敗後反乱軍将校一人として逮捕され年明け待たず獄死した。

※この「帝国陸軍」の解説は、「サクラ大戦シリーズの登場人物」の解説の一部です。
「帝国陸軍」を含む「サクラ大戦シリーズの登場人物」の記事については、「サクラ大戦シリーズの登場人物」の概要を参照ください。


帝国陸軍

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/28 06:36 UTC 版)

日本の連隊」の記事における「帝国陸軍」の解説

大日本帝国陸軍では、連隊聯隊)は鎮台時代から置かれた。1874年明治7年1月近衛歩兵連隊編成されたのが最初である。以降、各鎮台にも歩兵連隊編成された。帝国陸軍の連隊はその管轄地域連隊区)の徴兵によって充足されたることから「郷土連隊としての意識高かった。なお近衛師団隷下の各近衛連隊は、禁闕守衛宮城・天皇の警護の意味合いから衛戍地こそ東京なものの、連隊構成する下士卒は出身地拘らず全国津々浦々から選抜される徴兵によって編成されていた。帝国陸軍の連隊は3ないし4個大隊から編成されることが多かった騎兵連隊など一部兵科兵種連隊大隊持たず連隊直下中隊がある編制となっていた。 詳細は「軍旗#大日本帝国陸軍」を参照 帝国陸軍の歩兵連隊騎兵連隊有した軍旗連隊旗、旧「陸軍御国旗」)は、連隊創設時大元帥たる天皇より下賜されるものであった歩兵騎兵以外の連隊には軍旗下賜されなかったものの、軍旗の意匠として帝国陸軍が考案採用した旭日旗元帥徽章などで(意匠が)用いられるなど、「(歩兵騎兵連隊象徴のみならず「帝国陸軍の象徴」として内外認識されていた。1930年代から天皇崇拝昂進すると、軍旗重視意識高まり時としてこの旗への配慮のために作戦上の合理性損なわれることもあった。なお、現在の陸上自衛隊において帝国陸軍時代軍旗相当する自衛隊旗は天皇より下賜されるものではなく職種問わないが、各連隊授与される

※この「帝国陸軍」の解説は、「日本の連隊」の解説の一部です。
「帝国陸軍」を含む「日本の連隊」の記事については、「日本の連隊」の概要を参照ください。


帝国陸軍

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/21 05:10 UTC 版)

パンプキン・シザーズの登場人物一覧」の記事における「帝国陸軍」の解説

陸軍情報部第3課パンプキン・シザーズ)については#陸軍情報部第3課パンプキン・シザーズ)を参照のこと。

※この「帝国陸軍」の解説は、「パンプキン・シザーズの登場人物一覧」の解説の一部です。
「帝国陸軍」を含む「パンプキン・シザーズの登場人物一覧」の記事については、「パンプキン・シザーズの登場人物一覧」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「帝国陸軍」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「帝国陸軍」の関連用語

帝国陸軍のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



帝国陸軍のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの軍医 (日本) (改訂履歴)、パンプキン・シザーズ (改訂履歴)、二等兵 (改訂履歴)、サクラ大戦シリーズの登場人物 (改訂履歴)、日本の連隊 (改訂履歴)、パンプキン・シザーズの登場人物一覧 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS