2022年07月31日11時00分
前回の、「裏山の奇人」こと昆虫学者の小松貴氏との虫探しは、冷水の中での苦行だったが、振り返ってみると結構楽しかった。インタビューではカエルキンバエ(検索すれば分かるが、見た目は写真を載せるのもおぞましい、ただのキンバエだ)の話が無限に続きそうで参ったが、その後キンバエを見るたびに無意識にカメラを向けている自分がいることに驚愕(きょうがく)する。しかし、食事中かもしれない一般読者におぞましいキンバエの写真を見せつけるわけにはいかないので、昆虫記者は小松氏から、もう少し一般的な虫の情報も強引に聞き出していた。(時事通信社 天野和利)
「カエルキンバエも非常に興味深いのですが、もう少し普通の虫で、生態解明を狙っているものはないですか」
「すいません、どうしても誰も知らない方へと突き進んでしまうので。一般的な虫は何かあったかなあ。そう、そう、今年はオオミノガの野外交尾シーンを撮りたいと思っているんです」
ミノムシの仲間のオオミノガなら、一般読者も少しは関心を持つかもと、昆虫記者はホッと一安心した。オオミノガの雄の成虫は普通の蛾(が)だが、雌の成虫は羽も足もないばかりか、目も口もなく、生殖、産卵のみに機能を特化させるという究極の進化(退化?)を遂げている。興味のある人(ほとんどいないだろうが)は、ネットなどでぜひ調べてほしい。
ついでに昆虫記者は、自分がまだ見たことのない貴重な虫の生息場所の情報を小松氏から聞き出した。実を言えば、これこそが、身勝手な昆虫記者の真の狙いだったのだ。
「フチグロトゲエダシャクを見たいんですけど、秘密の場所とかありますか」。フチグロは、生息場所が局地的で、日本各地で絶滅危惧種に指定されている昼蛾(昼間飛ぶ蛾)だ。関東では2月下旬から3月初めという、虫の少ない季節に現れる。
春限定のかれんな虫や花のことを、スプリングエフェメラル(「春の妖精」、「春のはかない命」などと訳される)と呼ぶことがあり、昆虫記者はフチグロもその端くれだと思っている。
フチグロもまた、雌には羽がない。「今年は何としても、雄と雌で全く姿の違うフチグロの交尾シーンを撮るぞ」と意気込んでいたのである。
そして小松氏は、客人を長時間冷水漬けにした罪滅ぼしの気持ちもあったのか、とっておきの観察場所を教えてくれた。
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