世界を一変させた新型コロナウイルスの感染者が国内で初めて確認されてから、1年以上が経過。2度の緊急事態宣言で、夜の街から多くの明かりが消えた。政府の要請に伴う飲食店の休業や時短営業により、「日本の台所」である東京・豊洲市場(江東区)は、かつてないほどの危機に陥り、魚の活発な取引が影を潜めた。コロナが収束する兆しは見えておらず、卸や仲卸業者の途方に暮れる姿が目立つ。(時事通信社水産部長・川本大吾)
昨年秋に感染者急増
2018年10月に築地市場(中央区)から移転・開場した豊洲市場では、昨年秋に水産仲卸を中心に感染者が急増した。一時は「クラスター発生か」と警戒されたが、年末までには落ち着きを取り戻した。仲卸や卸は自主的に大規模なPCR検査を行うとともに、開設者である都の呼び掛けの下で感染対策を徹底。「市場は危険」とのイメージを払拭(ふっしょく)しようと懸命だった。
ただ、年末から都内の感染者が1日1000人~2000人と増え続け、全国では一時8000人近くに達したことで、豊洲では築地時代から経験したことのない年末年始の薄商いとなった。
初競りは自粛ムードに
ある種異様な雰囲気で年を越してから、今年1月5日に行われた新春恒例の初競りは、それまでとはまったく異なる自粛ムードとなった。一部には億単位の超高値を期待する向きがあった生マグロの競りだが、「すしざんまい」を展開する「喜代村」の木村清社長は、1番の青森県大間産マグロの確保を競りの途中で断念した。
すしざんまいが落札を見送ったことで、1番マグロは豊洲仲卸「やま幸」がキロ当たり10万円、1匹(208.4キロ)2084万円で競り落とした。豊洲では18年10月の開場後、初競り最高値のマグロを19、20年とも木村社長がゲット。特に移転直後の19年の初競りでは、史上最高の3億3360万円を記録した。18年はそれに次ぐ1億9320万円だっただけに、21年は相当低い水準となった。
やま幸が競り落とした初物は早速、銀座のすし店に運ばれ、高級ランチに使われたほか、米国・ロサンゼルスなどへ空輸されたという。近年は、初物が中国など海外へ送られるケースも少なくなく、初物信仰が日本だけではないことをうかがわせる。
すしざんまい「派手にやるのは…」
すしざんまいの木村社長は初競りの直後、「今年は派手にやるのはいかがなものかなと思った。店も自粛しなければならないから。(1番のマグロを獲得するのは)来年だね」と複雑な表情を浮かべていた。初競りの5日には、新型コロナの感染急拡大で政府が緊急事態宣言の再発令に向けた調整を進めており、自粛ムードが漂っていた。
そもそも木村社長は20年末に時事通信社のインタビューで、「やはり1番を狙いたい。みんなコロナで大変だから、おいしくて良いマグロを買って、お客さんにいっぱい食べてもらいたい」と意欲を示した一方で、コロナの状況に配慮する考えも語っていた。すしざんまいも時短営業を強いられる可能性が高まる中、億単位のご祝儀相場で初競りを飾るのは気が引けたのだろう。
初競りから2日後の7日には、政府が東京のほか埼玉、千葉、神奈川1都3県を対象とする緊急事態宣言の再発令を決定。その後対象地域が拡大され、自粛ムードは一層高まった。豊洲では年末からマグロの見学が禁止されるなど、市場のあちこちで既に閑散とした光景が広がりつつあっただけに、マグロの競りのほか、アジやサバ、イワシといった小型鮮魚の卸売場では、不安な表情を浮かべる卸の競り人や仲卸が多かった。
魚の扱い3分の1-仲卸
「今回ばかりはどうにもならない。コロナの収束を待つしかない」―。豊洲で多種類の鮮魚を扱う仲卸は、あきらめ顔だった。昨年秋から少しずつ魚の動きが良くなってきたものの、年末からの感染急拡大の後、飲食店の時短営業などにより荷動きはぱったり。「去年の春、初めて緊急事態宣言が出た時も、確かに魚は売れなくなった。われわれは主に料理屋の仕入れを担っているから、多くの店が時短とか休業とか言われては、商売にならない。東日本大震災直後よりもきつかったと感じた。ただ、あの時は急に小・中学校の休校が決まり、会社員も経験のない在宅勤務により家庭での巣ごもりが増えたことで、スーパーなど鮮魚量販店の売れ行きは良く、大衆魚や加工魚はそれなりに売れた。ところが今回はだいぶ違う。休校もないし、巣ごもりにも慣れたためか、大衆魚の動きもいまひとつ。そもそも1月、2月は売り込む魚も少ないから、話にならない。多くの仲卸は、以前の3分の1くらいしか魚を扱えなくなった。これじゃ、つぶれる店も出始めるんじゃないのかな」と話し、やるせない表情を浮かべていた。
高級魚が行き場なくし安値に
仲卸の窮状は、魚を仲卸へ販売する卸業者にも当然影響を与える。国内外から水産物を集荷する豊洲の卸は受託拒否の荷受けが前提となる。多くの産地から、他の地域にはない目利きの下で水産物をさばく機能を担っている。
コロナ禍でしかも料理店の休業が相次いだ中、産地からの水産物のうち、特に高級水産物の売れ行きが極端な不振に陥り、卸の競り人も頭を抱えるばかり。漁港からやってくるホタテやタコ、カレイ、ヒラメなどを扱う卸の担当者は「すし屋さんも休んでいる店が多く、まったく荷が動かない。こんな状況だから仲卸からの注文が少なく、産地からの集荷を抑えざるを得ない」(第一水産)と肩を落とした。
別の豊洲卸会社「築地魚市場」の幹部からは、意外な話が聞かれた。豊洲まで大事に生きたまま運ばれてくる「活魚」の人気が低下し薄商いとなってしまった結果、「競りで値が付かなくなってしまって、産地で締めた通常の魚よりも卸値が下がってしまうケースがある」というのだ。
「活き造り」を売りとする料理店も休業が多くなっているためなのか、漁港から酸素を注入しつつ、大切に輸送されてくる鮮度抜群の活魚も引き合いが極端に弱まった。「仲卸と連携して、どうにか新たな販路を見つけなければ」(同)と競り人も頭を悩ませた。
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